--「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。--
あまり知られていないが、5月9日は「アイスクリームの日」だった。
「私はアイスが苦手」という人には、ほとんど会わないように、アイスクリームはずっと人気の商品だ。近年は市場規模の拡大も続いている。全国各地の小売店で買える「家庭用アイス市場」は6年連続で伸長し、2017年度は5114億円となった。
アイス市場は、記録的な猛暑で需要が伸びた1994年度に4296億円まで拡大したあと、それを上回る年は20年近くなかった。ところが2013年度に4330億円と記録を更新すると、その後は過去最高を更新し続けている。伸び悩む業界も多いなか、なぜアイス市場は好調なのか。各方面への取材を基に、消費者心理の視点で探ってみた。
●夏が天候不順でも「冬アイス」で盛り返す
アイスといえば夏の風物詩だが、最近の食べるシーン(喫食)では、かなり季節性が薄れてきた。特に象徴的なのは「冬アイス」と呼ばれる、冬に暖房の効いた室内でアイスを食べる行為だ。購入層も広がり、定年後の世代もアイスを好むようになった。
たとえば、書き入れ時の真夏に天候不順で雨が続いたり、数年前のようにお盆時期が肌寒かったりすると、アイスの消費は伸びない。だが、冬の時期に盛り返す年もある。
冬アイスには、送り手(メーカー・小売り)と受け手(消費者)双方にとってメリットがある。たとえば次のようなものだ。各社・各人で事情が異なるので、一例として紹介しよう。
・メーカーの場合…夏に比べて小容量で訴求しやすく、単価が高い商品も訴求できる。秋冬は生産ラインに余裕もできるので、これまでにない形状や味覚も試しやすい。
・消費者の場合…盛夏時期よりもイベントの多い秋冬は“ごほうび感覚”でアイスを楽しむ意識が高まる。特に年末年始は、小容量・高単価でも買う人が多い。
「当社の場合、夏アイスが7割弱なのに対して、冬アイスの割合は3割強に高まっています」(株式会社明治)という声も聞いた。昭和時代から、クリスマスに「アイスケーキ」を楽しむ消費者はいたが、近年はずっと日常的になり、安く・手軽に楽しんでいる。
●夏アイスは「暑さしのぎ」や「気分転換」
これに対して、これからの季節のアイスは「暑さしのぎ」の要素も増える。
特に近年、若い世代は「風呂上がりに、ビールではなくアイスを好む」という話も聞く。昨年、近畿地方のメーカー取材時に、そのことを伝えたところ、「ウチの20代の息子はまさにそうだ」(50代の部長)と話していた。
気温が上がると、後述する「氷菓」のような氷系も売れる。「最高気温が25度を超えるとアイスクリームよりも氷菓が売れる」との説も耳にするが、取材した限りでは完全な確証が取れていない。ただし、そうした傾向はあるだろう。夏の帰宅後に、冷凍庫から氷系を出して、一瞬、額に当ててから食べる人もいる。
●「エッセルスーパーカップ」を筆頭に、バニラアイスが強い
家庭用アイスブランドの「売り上げベスト10」は次のとおりだ。
1位…「明治エッセルスーパーカップ」(明治)245億円(取引制度の変更数値。前回算出方法では265億円)
2位…「パピコ」(江崎グリコ)172億円
3位…「パルム」(森永乳業)171億円
4位…「モナカジャンボシリーズ」(森永製菓)170億円
5位…「ガリガリ君」(赤城乳業)147億円
6位…「ピノ」(森永乳業)137億円
7位…「クーリッシュ」(ロッテ)108億円
8位…「ジャイアントコーン」(江崎グリコ)104億円
9位…「爽」(ロッテ)97億円
10位…「雪見だいふく」(ロッテ)86億円
※いずれも2017年度(2017年4月~2018年3月):「アイスクリームプレス社」の推計数値。
一度は食べたことのあるブランドも多いだろう。ちなみに、首位の「明治エッセルスーパーカップ」の人気フレーバーベスト3は「超バニラ」「チョコクッキー」「抹茶」の順だが、「超バニラ」は「チョコクッキー」の約4倍も売れるという。
●「ラクトアイス」も「アイスミルク」も楽しむ
実は“アイス”商品は、日本では乳成分や乳脂肪分によって次の4種類に分けられる。
(1)「アイスクリーム」(乳成分15%以上、うち乳脂肪分8%以上)
(2)「アイスミルク」(乳成分10%以上、乳脂肪分3%以上)
(3)「ラクトアイス」(乳成分3%以上、乳脂肪分は問わず)
(4)「氷菓」(上記以外)
上位ブランドのうち、「明治エッセルスーパーカップ」と「パピコ」は(3)のラクトアイスだ。「パルム」は(1)のアイスクリームに属し、「チョコモナカジャンボ」は(2)のアイスミルク。単価は低いが年間販売本数は圧倒的に多い「ガリガリ君」(赤城乳業)は、(4)の氷菓となっている。
近年の調査データでは(1)~(4)それぞれが伸長傾向にある。つまり、消費者は種類別を気にせずアイスを楽しむ。これも消費者心理として興味深い。
●今回のアイス好き日本一は「浜松市」
一般家庭が「どんな品に消費したか」を探る定期調査がある。「総務省・家計調査」というものだ。
それによれば、「1世帯当たりのアイスクリーム・シャーベット」の支出金額は、過去10年で15%増えており、特に冬場の増加率が高いという。ここでも「冬アイス」の伸びが指摘されたが、興味深いのは「都道府県庁所在地、政令指定都市別のランキング」だ。
2011年から17年までの7年間で、金沢市(石川県)が首位になること5回、残り2回は富山市(富山県)だった。「北陸勢強し」だが、18年の調査では浜松市(静岡県)が1位で、山形市(山形県)が2位、名古屋市(愛知県)が3位。金沢市は15位に沈んだ。この要因について、地元では「冬季の大雪での外出機会減少」を指摘する声もある。
●春夏向け商品でも「スイーツ」を意識
また、最近はスイーツ市場を意識した200円前後の「プレミアムアイス」も人気だ。特にコンビニでは、新商品を試し買いする消費者も多い。アイスとしては高額だが、ケーキなどのスイーツと比較すると割安感もある。
春夏向け商品として、3月25日には首位ブランドから「明治エッセルスーパーカップSweet’sフルーツタルト」(172ml、メーカー希望小売価格は220円+税)という層状アイスが発売された。文字どおり、スイーツを意識した商品だ。
「一番下にクリームチーズ風アイスを敷き詰め、その上にバタークッキー、ヨーグルト味のアイス、そして一番上に5種類の果実を使用したフルーツソースを乗せました」(明治)
これはカップアイスでの訴求だが、消費者はその日の気分でバーアイス(棒のついたアイス)も食べる。バーアイスは“ながら食べ”もしやすい。
最近の喫食シーンは「スマホを操作しながら食べることも多い」と聞く。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)
高井 尚之(たかい・なおゆき/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)
1962年生まれ。(株)日本実業出版社の編集者、花王(株)情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を生かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。
足で稼いだ企業事例の分析は、講演・セミナーでも好評を博す。
近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。これ以外に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(同)、『「解」は己の中にあり』(講談社)など、著書多数。