このような文章を書く仕事をさせていただいている身なれば、原則として本は買って読むべきものであることは重々承知しているが、私は図書館も大好きなのである。実家は率直に言って貧乏な家庭だったので、もし図書館や学校の図書室がなかったら、私はどうやって本を読む手段を得ることができたかわからない。
本書は、主人公で語り手の〈わたし〉と年上の友人・喜和子さんの友情の物語であり、明治初期に建造された上野の図書館(現:国際子ども図書館)が見てきた歴史の物語であり、何より本の物語である。...と、いまさらっと流してしまいましたけど、図書館が"見て"きたってなってました? 図書館が"見る"って、どういうことです? と思われた方もいらっしゃるかもしれない。そう、この小説はふたつのパートから成り立っている。ひとつは〈わたし〉が語る、15年前ほどから続いてきた喜和子さんとの交流とそこで明らかになってきたさまざまなエピソードや謎が描かれるパート。もうひとつは果たして誰が書いたものなのか、図書館の歴史について記述される「夢見る帝国図書館」のパート。
後者のパートにおいては、図書館がいかに人々に必要とされ、いくども存続の危機にさらされながら関係者たちの尽力によってそれらを回避してきた歴史が語られる。それだけでなく、図書館はしばしば自分の意識を持っているかのように描写されるのだ(6などはとりわけおもしろい心理描写となっているし、17のあたりでは本同士の会話なども繰り広げられている)。図書館の擬人化ということ(昨今、軍艦や刀剣までが人間の形となって活躍するような時代ではあるけれども)? まあ、確かに建物に心なり意識なりがあるなら、歴史の証人としては申し分ないとも思う(脚色はあるとしても図書館に通った明治の文学者たちの様子や、上野周辺で起きた事件や時代風俗についても言及されるし)。何十年何百年と同じ場所に存在し続けることもあるのだから。
喜和子さんにとって、図書館は特別な空間であった。大切な人との出会いの場所であり、自分として生きるための心の拠り所のようなものであった。そんな図書館を主人公にした小説を書いてくれと、喜和子さんは〈わたし〉に頼み込む(その小説のタイトルは「夢見る帝国図書館」にするよう、指定までして)。
喜和子さんは、図書館が"見て"きた多くの人々のうちのひとりにすぎない。しかし喜和子さんは、たったひとりの替えの効かない存在でもある。人の命はいつか尽きても、人の思いは受け継がれる。図書館はそんな人々の思いとともにそこにあり続ける。変わりゆくものもあれば変わらないものもあると、思い切り簡単に言ってしまえばただそれだけのことがこんなにも愛おしい。ただそれだけのことをこんなにも胸に迫る物語として書き上げてくださった著者に、心からお礼を申し上げたいです。
(松井ゆかり)
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