ページをめくる手を加速させる小説だった。

 信国遥『あなたに聞いて貰いたい七つの殺人』(光文社)は、新人作家登竜門公募企画「Kappa-Two」で選出された、作者のデビュー作である。

この企画は同様の公募「KappaOne」からデビューした石持浅海、東川篤哉が選考委員を務めるもので、これまで阿津川辰海や犬飼ねこそぎ、真門浩平などの人材を輩出している。講談社のメフィスト賞にも似ているが、編集者ではなくミステリー作家、しかもかなり謎解きに力を入れている二人が選考委員であるという点が特色になっている。

『あなたに聞いて貰いたい七つの殺人』の主人公、〈僕〉こと鶴舞尚は私立探偵である。といっても、地方銀行員の職を辞して事務所を開いてからまだ一年という新米である。その鶴舞を訪ねてきたのが桜通来良という美しい女性だ。彼女の依頼はヴェノムの正体を割り出し、捕らえることだった。

ヴェノムとはつまり毒だ。

 少し前からネットを騒がせている「ラジオマーダー」という配信があった。映像はなく音声のみで、配信主はヴェノムと名乗っている。その中身は残酷な殺人劇である。これから人を殺すと宣言し、実際に頸動脈を切る音や、頭蓋骨を割る音を実況中継で聴かせる。配信は二週間ごとで、全七回だと宣言されていた。

同じ所業、殺人が七回繰り返されるということなのか。

 桜通来良は純粋な正義感からヴェノムを追うことを志したのだという。フリージャナーナリストという職業はそれに関係しているのか、いないのか。高額の報酬と、自分は探偵であるという自負、そしてたぶん桜通来良の美貌に惹かれて鶴舞は殺人鬼狩りを開始する。

 いわゆるシリアル・キラーものである。関係者の数が限定されている謎解き小説、たとえば〈雪の山荘〉もののような作品と違って、初めは容疑者となるべき母集団が存在せず、推理のための情報が乏しいのが作品の特徴だ。

広がりきった網を絞るのに必要なのが、犯人を指し示すための手がかりである。あることがきっかけで鶴舞はこれを掴み、捜査の対象を狭めることに成功する。桜通の提案に従い、自らも仮面をつけて「ラジオディテクティブ」という動画に出演した。薬師と名乗り、ヴェノムに挑戦状を叩きつけたのである。かくして、ラジオマーダーVSラジオディテクティヴという対立図式ができあがる。

 語りの肝は、ネット上の闘いを捜査に当たる刑事たちが観ていることだろう。

それはそうだ。事件に関係しているかもしれない出来事を見逃すようでは刑事失格である。彼らは番組から、一つの結論に到達する。これは誰でもそう考えるだろうというもので納得度が高い。

 記述は鶴舞と桜通の作戦会議を中心に進んでいく。彼らの推理は成果を挙げ、ヴェノムに向けて一直線に進んでいくように見える。

果たして捕まえることはできるのか。

 本書がミステリーとして評価されたのは、探偵の推理はどこまで正しいのか、という謎解き小説特有の問題に意識的だったからだろう。先に書いたように、茫洋とした広い場所に網を投げて、一握りの真相を集めるような推理が行われる小説だ。無限大から唯一の解へと進む道筋は正しいのか、ということが常に問われることになる。この問いが成立する物語であるということは、ミステリーをある程度読みこんだ人ならかなり序盤から意識するだろうし、初心者でも中盤で薄々感じるような構成になっている。あることが起きて後半の展開は様相をがらりと変える。

そこからは否応なく、推理の確からしさについて考えざるをえなくなるはずである。冒頭でページをめくる手が加速すると書いたのはそのためで、小説の主題が明らかになった途端、無性におもしろくなってくる。

 偶然の結果ではなく、作者はこの加速を意図して作り出している。その証拠がキャラクター造形である。ヒロインの桜通来良は美貌の持ち主で、しかもオッドアイ、右と左で瞳の色が違う人物として描かれる。二次元キャラクターでは頻繁に使われる設定なので、なるほど萌え狙いか、と深く考えずに読者は受け入れるだろう。だが、こうした些細な要素も、後半の加速のために準備されているのである。読者の思い込みを誘い、それを伏線に用いるという技法が徹底している。前半傑作とは、最初はおもしろいけど失速する、という作品に対して故・瀬戸川猛資がつけた呼び名だ。『あなたに聞いて貰いたい七つの殺人』は正反対、後半のほうが絶対におもしろい。いや、物語だから尻上がりによくなっていくべきなのだが、それにしても後半のわくわく感は特筆すべきものがある。よいものを読んだ。

 信国遥は1993年生まれで、愛知県出身ということしかわからない。巻末のプロフィールを見る前から愛知県出身だろうな、とは思っていた。だって鶴舞にしろ桜通にしろ名古屋市内の地下鉄路線だから。これで香川県出身だったら逆にびっくりだ。他にも東山とか名城なんて刑事も出てくる。飯田、というのは豊橋が始発の秘境線のことだと思うが、JRもあるのか。名鉄はどうなんだ、と作品とは関係ないところも気になった。愛知県の書店、読者はご当地作家としてぜひ贔屓にしてもらいたい。

(杉江松恋)