ブランディングプロデューサー、柴田陽子さん。

柴田陽子事務所の代表取締役であり、アパレルブランド『BORDER at BALCONY』デザイナーであり、2児の母でもある。

柴田さんは日本のビジネス界に"ブランディング"という概念を普及させた立役者のひとりと言っても過言ではない。

「渋谷ヒカリエ」レストランフロアのプロデュースや「グランツリー武蔵小杉」の総合プロデュース、ローソン「Uchi cafe Sweets」、ミスタードーナツ......など、彼女の携わったプロジェクトはどれも印象的だ。

「スケジュールは毎日5分の隙間もない」と軽やかに言い放つ柴田さんに、ビジネスのことからファッション観、プライベートについてお話を伺った。

「してあげたい」思いが自然に湧いてくる

2004年に柴田陽子事務所(以下、シバジム)を設立以来、華々しく活躍されている柴田さん。スタッフと共有される柴田さんのスケジュールは、まず柴田さんがみずからのスケジュールを入れた後、次々とスタッフたちの手によって予定が埋まり、オンラインで管理されている。毎日5分の隙間時間もない。

「平日はランチもスタッフに用意してもらい打合せすることも。夜も会食があったりでゆっくりできませんが、すべて好きな人たちに囲まれての生活なので苦痛には感じません。私にとってはすべてがオンであり、オフであるんです」

「つまりオンオフの区別はない」ときっぱり言えるのは、柴田さんご自身が快適で心地よい環境をつくってきたから。

「キャリア形成するうえで大切にしてきたのは、『権利を主張するより義務を果たせ』ということ。何が欲しいとか、何が不満だとか言うよりも、私に機会を与えてくれた方に対して、どうしたらその期待をより上回って『あなたにお願いしてよかった』と喜んでもらえるかということを常に考えています。

たとえば、社会人になりたてのころは、『30分でコピーして』と頼まれたら20分でできたら相手は喜んでくれるか、どんな風に書類を留めたら見やすいかと、いつも相手のことを考えて仕事をしていました。

気づいたら自然とすべてそんな感じで、クライアントのみならず友人とのプライベート面やシバジムのスタッフたちにも、どんなことをしたら喜んでもらえるかを考えているんです」

"とにかく相手を喜ばせたい"......。これが名だたる企業からオファーを受け、結果を出し続けるブランディングのプロたるゆえん。

とは言え、シバジムでは常時20以上のプロジェクトが同時並行で進んでおり、柴田さんはそのすべてを把握。ときにはスタッフに対して厳しい指示を出すことも。

「結果をお褒めいただくことがあっても、それが成功とは思いません。常に『自分よりうまくやる人はどうしただろう』と考えていますね。"悔しい"という気持ちではなく、どうしたらもっとうまくできるんだろう、と。小さいころから理想が異常に高いんだと思います(笑)。

たとえば、ひとつのプロジェクトをやり遂げ、滑り出し好調という案件でも、その事業が5年、10年続いてようやく形になるものも多いですから、すぐに成功とか失敗という判断はできないんです。もちろん相手の期待に応えられなければ、それは成功とは言えません。失敗して落ち込むこともありますが、日々たくさんの案件が進んでいくので、落ち込んでいる時間もないですね」

長く続く"良い会社"をつくっていきたい

柴田さんがいまのスタイルを確立するまでには、多くの先輩経営者や尊敬する人たちからのアドバイスがとても重要だったと振り返る。


「20歳ぐらいのときに『強く優しい女性になってほしい』と、尊敬する方から言われたんです。

それからずっと、この言葉の意味みたいなものが私のなかにあります。

ほかにも、『何かのアイデアを100人に聞いたら90人はあると答えるけれども、それを実行できるのはたった1%の確率以下』という話や、『伝えたいことが相手に伝わっていなければ、何もしていないと同じ』『結果がすべてだ』という話など、私のまわりにいる先輩の経営者や尊敬する方からのアドバイスで自分のものさしが増え、いまの私があるのだと思います」

何よりも会社が大切と語る柴田さん。2004年の設立から約13年経った現在のシバジムには、女性ばかり20名のタッフが働いている。

「柴田陽子個人として活躍したいとはまったく思っていなくて、とにかくシバジムを良い会社にしていきたいですね。

社員は9割が女性。女性の会社ならではの悩みも多くときには心が折れそうになることもあります。それでも20年、30年と続け、シバジムが世の中のお見本のようになったら嬉しいです。

ただ単に儲けたらいいということではなくて、関わった人たちに"小さいけれど濃い会社だな"と思ってもらえるような会社にしたいです。と同時に、仕事をすること、利益を出すことでも、しっかりと人の心に伝わるようなプロジェクトを手がけていきたいと思っています」

プロジェクトの大小に関わらず、デザインなど人の目に触れるものはすべて柴田さんがチェックする。

「クリエイティブに関して、私は、会社のなかで常に先端でなければなりません。それはファッションもコミュニケーションでも同じで、常にみんなのお手本にならないといけないと思っています」

柴田さんの仕事に対する真摯な姿勢は、「マイスター」という言葉を連想させる。

軽やかでありながらも、常に最高の状態を目指す。

そしてその根底にあるのは「相手を喜ばせたい」という想い。

クリエイターではなく、経営者ですか? という質問に対して、「そうですね、完全にそうだと思います」と頷いた柴田さんの眼差しに、多くの責任を背負いながらも、しなやかに、たおやかに生き抜く、芯の強さと美しさを感じた。


>>後編に続く

撮影/柳原久子

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