森林伐採、生物の乱獲、乱開発……。

人間の手によって生物多様性の損失が続いてるが、新型コロナウイルスをきっかけに、感染症と環境破壊の意外な関係性も注目を浴びている

急激な開発がもたらすモノカルチャー化や、野生動物との関わりが引き起こす思わぬ副作用など、ネガティブな影響が危惧されているためだ。

WWFジャパンが2021年4月16日、「食と生物多様性の回復」をテーマに、人間と自然環境が共生する持続可能な社会実現のために必要な生物多様性と私たちの関係性ついて勉強会を開催。講師を務め、『有機農業で変わる食と暮らし: ヨーロッパの現場から』(岩波ブックレット)の著者である、名古屋大学大学院 環境学研究科 教授の香坂玲氏が、生物多様性が日常の生活や経済の発展に与える影響などを、具体的な事例を交えて解説した。

元生物多様性条約事務局スタッフとして会議運営に関わり、長年自然資源管理の研究に従事する香坂教授。

自然に支えられている私たちの暮らし

「生物多様性」とは、地球上の生きものたちが、それぞれの個性や特性を持ちながら、お互いを利用しあう相互作用のなかで直接的・間接的につながりあっていること。単に個性があるだけではなく、双方に網の目のような関係性があることがポイントだ。

地球に暮らす数多くの生物は、それぞれの役割を果たしながらも、複雑で繊細なネットワークを築いている。

環境の損失や劣化行為により、特定の種の数が増減し全体のバランスが崩れてしまうことは、将来的に人間にもはねかえってくる行為でもあり、避けるべき問題である。

スケールの大きな話で身近に感じづらい、という人もいるかもしれない。しかし、豊かな自然からインスピレーションを得たり、夏になれば緑のカーテンで暑さをしのいだり、自然の力で災害や病気を防いだり……、このような健康で豊かな社会生活は、どれも生物多様性の恵みによってもたらされている。

例えば、食。

最近では、全国区で大量に生産されるお酒よりも、地酒が注目を浴びている傾向があるという。人口減少に伴い、商品を大量に生産することよりも、背景に込められたストーリーや地域ならではの特徴にこだわったものが増え、消費者にとってもそれが商品選びの基準になっている。

生物多様性によって土地ごとに自然環境や風土が異なるからこそ、楽しみが広がる例といえるだろう。

さらに、伝統野菜も生物多様性がもたらした恵みのひとつ。地域ならではの野菜は、その起源や産地から文化・歴史、さらには受粉などの生態系にまつわる学びを広げるほか、遺伝資源として地産地消などコミュニティの活性化に貢献することもある。生物多様性は、私たちの食卓ともつながるテーマなのだ。

「ワンヘルス」とは? パンデミックを繰り返さないために

また、生物多様性は私たちの健康問題とも密接なつながりがある。

現在、経済や社会のあらゆる側面に大きな影響を及ぼしている新型コロナウイルス感染症。そのパンデミックをきっかけに、「ワンヘルス」という考え方に注目が集まっている

地球環境はもちろん、経済、社会、ビジネス、政治などさまざまな分野に関わりがあるという考え方で、横断的に対応する各分野が連携して取り組んでいくことを目指すものだ。パンデミックが発生した根底には、環境、生態系、動物、人間の健康が絡み合って作り出した課題があり、ワンヘルスの概念を踏まえた上でそれらを対処し、環境を守ることが必要とされている。

新型コロナウイルスは野生動物から家畜や人に感染する動物由来の感染症だ。動物の生息環境が人間の手によって破壊された結果として、新しい感染症は発生する『The Guardian』の記事によると、プランテーション開発により天然林がモノカルチャー化した場合、パンデミックを引き起こすリスクが増大すると警鐘を鳴らしている。今後も自然破壊が進めば、新型コロナウイルスに続く、新たな感染症のパンデミックが再び世界を襲う日も近いだろう。

一方で、「野生生物とその生息地を保護することで、ウイルスの波及を抑止できる」ASEAN生物多様性センター(ACB)テレサ・ムンディタ・リム事務局長は言う。自然、動物、人間それぞれの健康が独立して守られればよい、ということではなく、三者それぞれを等しく健全な状態に保つこと=生物多様性を守っていくことが、パンデミックを引き起こさないためには重要なのだ。

パートナーシップで自然を守る

(当初の2020年から1年延期を経て予定されている)2021年10月に中国・昆明で開催予定の生物多様性条約第 15 回締約国会議(COP15)では、2030年に向けた生物多様性回復のための国際的な枠組みが決定される見通しだ。2010年にCOP10で採択された名古屋議定書(2011年~2020年の戦略目標、通称愛知目標)の教訓をもとに、各国代表が、2030年に向けた新しい目標設定のための話し合いを行う。

愛知目標では、自然環境の保護や外来種の制御、生物多様性に関する意識喚起など、具体的な目標が挙げられた。また、日本政府と国連大学は共同で2010年から、「SATOYAMAイニシアティブ」という、持続可能な土地利用の推進を目的とした国際的イニシアティブを提唱。人類の幸福な暮らしと生物多様性の維持の両立、人と環境の共生に焦点を当てた

しかし、国際的な調査によると、現状は愛知目標、さらに2015年に採択されたSDGsの達成にはほど遠い状況であることが明らかになっている。そこで注目されているのがSDGsのゴール17にもある、「パートナーシップ」生物多様性を保全し持続可能な社会を実現するためには、今や国家の力だけでは不十分。公的、官民、市民社会の協同が欠かせないのだ。

また、これまでは、生物多様性が失われる直接的な要因ばかりに焦点が当てられていたが、今後は人々のライフスタイルや価値観など、間接的な要因への取り組みを強化し、さまざまな分野で構造的な変化をもたらすことが求められる。

生物多様性を将来世代まで残していくことは、私たちの健康で豊かな暮らしを守ることでもある。

この問題を国のトップの議論だけに留めずに自分ごととして捉え、生活や社会活動のあり方を考え直すことこそが、今私たち一人ひとりに求められているのではないだろうか。

WWF勉強会資料

https://www.wwf.or.jp/activities/activity/4477.html?a#section3

このトピックとかかわりのあるSDGsゴールは?

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