日立「Decide Yourself」のメンバー。左から、日立社会情報サービス 喜納真里子さん、日立製作所 大澤郁恵さん、日立製作所 戸田麻友さん。
撮影/大崎えりや

「『女性』というだけで感じる仕事のモヤモヤを諦めてしまう人がたくさんいる。それっておかしくない?」

そんなシンプルな理由で会社を動かした人がいる。日立社会情報サービスの喜納真里子さんだ。「女性のトータルウェルビーイングを考え、選択肢を広げる」ことをテーマに掲げ、コミュニティ「Decide Yourself」を立ち上げた。同コミュニティは、女性が働くうえで、また生きていくうえで直面するあらゆる課題の解消に取り組んでいる。

「1人の声は小さくても、多くの人が集まれば物事を動かすことができる。日立が変われば日本が変わる。政治家にならなくても、日本を変えることができる」。そんな想いを胸にDecide Yourselfを運営するメンバーが語る、立ち上げの背景や活動内容、そして将来の展望とは?

社内のアイデアコンテストを通じて出会った「同じ違和感」を持った仲間たち

日立社会情報サービスでB2Bマーケティングを担当する喜納真里子さん。BMIA認定ジュニアコンサルタントとしてのノウハウを生かし、自社商材の販売戦略を検討している。また、日立グループを対象に「女性のトータルウェルビーイングを考え、選択肢を広げる」をテーマにしたコミュニティ「Decide Yourself」を共同運営。積極的に外部のコミュニティにも参加し、その活動の幅を広げている。 撮影/大崎えりや

女性活躍は各企業の課題となり、各社がさまざまな取り組みを行っているが、その視点の多くは「女性管理職を増やすにはどうしたらいいか」というもの。

ロールモデルとなる人は、役職について子育てもしている、いわゆる「バリキャリ」の女性であることも少なくない。喜納さんはそこにずっと違和感があったという。

「もちろんキャリア形成は女性にとって課題ではあるのですが、その前に生物学的に“女性ならでは”のことを多く経験します。仕事も子育ても頑張ってワークライフバランスをとるだけが働く女性の選択肢ではないと考えています。

生涯結婚しない人もいるし、9時~17時で帰るスタイルを選ぶのも自由なのではと。自分の生き方に合わせて、女性ならではの事象に多くの選択肢を持ち、働き方を含め、自分で選べる社会をつくりたい、という想いで立ち上げました」(喜納さん)

決してキャリアを否定しているのではなく、あくまでも「選択の自由」がテーマだ。日立グループは日立製作所をはじめ688社もの連結子会社がある(2023年6月30日時点)。

喜納さんは、「せっかく仲間がいるのだから、つながるところからはじめよう」と活動をスタートさせた。現在「Decide Yourself」を運営しているのは喜納さんと、日立製作所の戸田麻友さん大澤郁恵さん

「グループ会社内の『Make a Difference!』というアイデアコンテストにフェムテックの切り口で応募していた人を見つけたのです」(喜納さん)

戸田さんがコンテストに出したアイデアは、「女性特有の健康課題に対する意識の醸成や、仕事・キャリアに関するモヤモヤをシェアしあえるコミュニティをつくろう」というもの。そして会社の制度を使いたいと思ったときに、パッと見てわかるものがないので一覧化して、足りないものは福利厚生に導入しよう、というものだった。

アイデアコンテストの「社内改革部門」への応募アイデア。
資料提供/Decide Yourself

「『同じ課題感を持っている人なら、共感してくれるかも!』と、戸田さんに声をかけたのがきっかけです。さらに、大澤さんも仲間に入ってくれることになり、Decide Yourselfがスタートしました」(喜納さん)

あっという間に会社「公認」の活動に

「Decide Yourself」は主に、女性特有のモヤモヤをテーマにオンラインイベントを企画したり、座談会や意見交換会を月に数回開催している。また、ほぼ毎日のようにチャットでコミュニケーションが交わされている。社内のイントラネットにホームページも立ち上げ、広報活動も担う。

社内で開催されたオフラインイベントの様子。 画像提供/Decide Yourself

「コミュニケーションツールを使って、全国の参加者と日々情報交換なども行っています。誰かが“モヤモヤ”を投げかけると、グループメンバーがそれぞれ意見を書き込んだり。

たとえば『生理前のPMS(月経前症候群)時の感情コントロールはどうしていますか』といったもの。グループは2つあり、男性も参加できるものと女性だけのもの。どちらも200名を超えるグループに育っています」(喜納さん)

イベントには会社の先輩社員を招いたり、有識者をゲストに迎えることもある。日立医薬情報ソリューションズのCDEIO兼事業企画部 部長の宅間恵理子さんは、「Decide Yourself」のエグゼクティブスポンサーであり、イベントにも登壇したひとりだ。

日立医薬情報ソリューションズ CDEIO兼事業企画部 部長 宅間恵理子さん。 撮影/大崎えりや

「私自身、長いキャリアの中で健康面に苦労したり、職場におけるコミュニケーションや扱いに男女で差があることに対して『それはちょっと違うんじゃないかな』と思うこともありましたが、私たちの世代は声を上げることが難しい時代でした。

むしろ、苦労していることを周囲にみせずに頑張ってきてしまったところがあります。だから、今からでも苦しいことは苦しい、女性には特有の悩みがあるということを伝えていきたいと思っています」(宅間さん)

エグゼクティブスポンサーは、運営メンバーの相談相手や日立グループ内でコミュニティのアピール活動に貢献する役割を担う。現在は宅間さんと並んで、日立ソリューションズ 山本二雄取締役社長がエグゼクティブスポンサーとなり、コミュニティは会社公認の活動として認められている。

「会社公認になったことで、『Decide Yourself』の活動も正式な業務に認められることになりました。今は勤務時間の5%をこちらの活動に充てることができます。そして、山本社長の支援により、男性社員の注目が集まってくれることにも期待しています」(大澤さん)

全国のグループ社員と関係を構築し、横の連携もできた

画像提供/Decide Yourself

活動をする中で、グループ企業の垣根を超え、横の連携もできてきた。

「日立グループといっても、各企業は別会社なので接点はほとんどありません。でも女性特有の課題というテーマを投げかけたところ、横のつながりはもちろん、全国のグループ社員とどんどんつながるようになりました。コミュニティを通じて知り合いになり、仕事以外でも関係を構築できる機会になっています」(喜納さん)

今までは仕事で違和感を感じても、誰にも話せずに「仕方ない」と諦めていた人も多い。「声を上げることができない人もいる。共有できる場ができたことは大きい」と実感しているという。

しかし活動が注目されるようになると、さまざまな意見が届くようになる。あるとき、「うちの会社は制度が充実しているのに、これ以上何を望むの?」と言われたことがあった。

「私たちは、会社の制度をもっと拡充することを望んでいるのではありません。『すべての女性が自らの選択に自信を持ち、幸せになってほしい』。そんな想いで活動していましたが、一部の人には伝わらず落ち込むこともありました。しかし、『そういうことは、必ず共有してください!』と戸田さん、大澤さんが励ましてくれました。あの時は、すごくうれしかったです」(喜納さん)

「批判が出るのはそれだけ影響力が大きくなっているということだと思います。だからそれはうまくいっている証拠なのです。無関心でいられるよりも、ずっと大事」(大澤さん)

今後は、イベント開催だけでなく、社内制度に課題を感じることにも声を上げていきたいという。

「たとえば、生理休暇とか不妊治療休暇って、名前が理由で使いにくいなどの意見もあります。こういったことも、変えていけるように活動したい」(戸田さん)

活動に共感する企業ともつながり、連携は社外にも

撮影/大崎えりや

この活動は、ビジネス上のメリットを生む可能性も秘めている。

POLAさんが行っているフェムケアの異業種合同参加型プロジェクトに参加させていただいたご縁もあり、そこに参加していた4社で何かできたらと考えています。各社で同じアンケートをとって業種ごとの違いなどを分析したり、合同でイベントやワークショップを行うことも検討中です。

Decide Yourselfの活動で広がった人脈で、『弊社にはこんなサービスもあります』という話をすると、ちょっと興味があるから話を聞きたい、という展開になることもあります」(喜納さん)

また、活動を耳にした人から「うちの会社も一緒にやりたい」と声をかけられるようにもなったという。

「人と人とのつながりはビジネスにおいて非常に重要です。グループ内でも社外の方々でも、この活動を通してどんどんつながっていければ、イノベーションが起こるかもしれません。

私たちがこの先に目指すのは、“世の中すべての働く女性の不快を軽減する動き”につながっていくこと。そして、次の世代に働きやすい環境を残してあげることです。そのために、もっと仲間を増やしていきたい」(喜納さん)

「小さな違和感」だったものは仲間の共感を呼び、驚く速さで大きな動きになりつつある。Decide Yourselfの活動は、日本中の女性の働き方に新しい選択肢をもたらしてくれるかもしれない。

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