撮影/MASHING UP

経済産業省(METI)では、ダイバーシティ経営を「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」と定義。気候変動や人権問題などで多様な課題が増加し、企業の存続を脅かすリスクが高まりつつあるなかダイバーシティ経営は「日本企業の競争力向上につながる」とし、推進のためのさまざまな施策を行っている。

2024年2月、経済産業省 経済産業政策局 経済社会政策室主催、KESIKIが運営するかたちで複数企業が参加し、「ダイバーシティ経営についての意見交換会」が行われた。

異なる一人ひとりが同じスタートラインに立つ意義

ワークショップを主催した経済産業省 経済社会政策室長の相馬知子さん。 撮影/MASHING UP

まずは経済産業省が掲げる「ダイバーシティ経営の実現のポイント」として、以下の3つが示された。

① 経営者の取り組み
② 人事管理制度の整備
③ 現場管理職の取り組み

「この3つが一緒になってこそ、ダイバーシティ経営が進む」と話すのは、経済産業省経済社会政策室長の相馬知子さん。「関係者が腹落ちして、自身の立場で進めていくことが非常に重要で、ひいてはそれが組織風土につながっていく」。

多様性はもちろんのことインクルージョンも必要だと指摘。

「多様な人材を獲得するだけではなく、一人ひとりが個性を発揮できる環境づくりがダイバーシティ経営の重要なポイントです。

個々で異なる人たちが同じスタートラインに立てること。『みんなが公平に、同じ制度、同じ施策を』ではなく、歴史的に、社会的に異なる扱いを受けてきた人たちが同じ機会に立てる環境をつくることが、ダイバーシティ経営の実現に不可欠です」(相馬さん)

平等(イクオリティ)と公平性(エクイティ)は異なる意味を持つ。ワークショップでは「自転車」の一例が示された。

「平等」とは、男性も女性も子どもも脚に障がいがある人にも「同じ自転車」を与えるということ。一方、「公平性」とは男性には大きめの自転車を、女性や子どもには体のサイズに合ったものを、脚に障がいがある人には、その人が漕げる形の自転車を提供するということ。後者によって初めて、一人ひとりが自転車に乗るという機会が提供されている。

この違いが重要で、ダイバーシティ経営には「公平性」が極めて重要だと相馬さんは話す。

何のためにダイバーシティを推進するのか?

当日のワークショップ資料。 撮影/MASHING UP

経済産業省では、ダイバーシティ経営の推進を後押しするために「ダイバーシティ経営診断ツール」や「ダイバーシティ・コンパス」などのツールを用意している。

ダイバーシティ・コンパスとは「VISION(目指す姿)」を中心とした4層構造の円(コンパス)。片方が組織の行動指針、もう片方が個人の行動指針の問いかけから構成されている。原点に立ち返り、「何のためにダイバーシティを推進するのか」を考え、目指す姿や指針をコンパスの形で整理できる、経済産業省とカルチャーデザインファームのKESIKI が共同で作成した確認ツールだ。

今回のワークショップではダイバーシティ・コンパスを使って各社の課題を洗い出し、次なるステップを検討することを体験してもらった。

課題やアクションがみるみる導き出される

ダイバーシティ・コンパスのワークシート。経済産業省のサイトからダウンロードして誰でも使うことができる。

今回のワークショップに参加したのは、建設会社、商社などの4社。各テーブルに経済産業省、KESIKIメンバーが入り、まずは各人が付箋に課題と思われる具体例を書いてコンパスに貼っていく作業を行った。

・女性活用が目的になっている
・管理職のダイバーシティへの意識の欠如
・ゴールはどこ?
・長時間労働を良しとする文化
・うしろめたい育休
・ロールモデルがいない
・キャリアステップに個人視点がない
・変化に組織が耐えられるのか?

付箋の数は数えきれないほどに。普段感じていることを忖度なくアウトプットする作業で、今まで気づかなかったような細かな課題も見えてきた。

次にテーブルを移動し、他社の付箋を見る。ここで新しい気づき、視点をもらえることも多い。さらに、課題の裏がえし、つまり「理想の姿」を書き出す。

・ダイバーシティのメリットを言語化
・中計に「社員の幸福」を組み込む
・他業種との意見交換の場をもつ
・組織のマネジメントとプロジェクト(事業)のマネジメントを分ける
・管理職の働き方を変える
・潜在的なマイノリティを見える化

あくまでも一部であるが、具体的な理想の組織を思い描くことで方向性が見えてきたようだ。最後に、各社から今後取り組みたいアクションがシェアされた。

「商社という業種で海外とのビジネスが多く、24時間対応を求められるケースもあり、管理職の負荷が高い。

忙しすぎるマネジメント層が多いため、課長や部長の役割を分ける、人材のマネジメントとプロジェクトのマネジメントを分けるのはどうか、という案が出た。経営層にも他社事例を知ってもらうために交流の場を持つなどマネジメントの意識改革を進めたい」(商社)

「方針はあるものの、ダイバーシティを何のためにするのかが、社員の腑に落ちていない気がします。社会が変化する中で、お客様に幸せな住まいをご提供していくためにも、まずは『社員の幸福』が必要だと結論付けた。経営と課題のループが回るように、エンゲージメントサーベイに『幸福』を追加する必要があると考えた」(建設会社)

「自動車関係の部品の製造業で、男性が8~9割の会社。ダイバーシティ経営の価値、多様性から生まれる喜びはどんなことなのかが現場に伝わっていないのが課題。男性主体の現場で女性がどう活躍できるのかをマネジメント層がもっと具体的にイメージする必要がある

加えて、管理職の労働時間が長いことも人材育成の観点で大問題だと再認識した。まずは早く帰ることを実践したい」(自動車関連メーカー)

「創業のきっかけが“はたらきたいと望むすべての女性が活躍できる社会にしたい”からはじまっていることや、幾多のM&Aで多様性が当たり前の風土。課題は、一歩先に進みたい。それが潜在的なマイノリティと、個人の生きがいやライフワークをオープンにできる会社になること。そのような企業文化の発信を人事視点で行っていくことではないか。プライベートも含め、自分をもっと開示できる環境づくりができればいい」(人材サービス企業)

何のためにダイバーシティ経営を推進するのか。今一度原点に戻り、VISIONに向けて行動指針を見直してみると、今すべきアクションが見えてくるはずだ。

ダイバーシティ・コンパスは経済産業省のサイトからダウンロードできるので、各企業、個人でもトライしてみては。