女性の健康増進に向けた取り組みは、企業の持続的成長にどのようなインパクトをもたらすのか。
2024年3月22日に経団連が開催した「ダイバーシティと女性の健康増進~キャリアとウェルビーイングを考える組織の作り方~」セミナーでは、政界、行政、企業、医療の各界から、この問題に取り組むリーダーが登壇。
頑張る自分が「ガラスの天井」になっていた
サニーサイドアップグループ代表取締役社長の次原悦子さんによる取り組み紹介。 提供/経団連冒頭、開会の挨拶に立ったのは、サニーサイドアップグループ代表取締役社長の次原悦子さんだ。次原さんは2021年に経団連のダイバーシティ推進委員会 委員長に就任。経団連では2030年までに女性役員比率を30%にする目標を掲げ、さまざまな取り組みを行なっている。
昨今、女性の妊娠・出産・育児の両立支援については多くの企業で制度が充実してきたが、追いついていない分野もあると次原さんは指摘。「生理や不妊治療、更年期障害など、働き盛りの女性を襲う健康課題に取り組む企業は限られている。企業としてできること、すべきことに正面から向き合う意思が必要だ」
次原さんはサニーサイドアップの事例として、日本の民間企業で初めて卵子凍結補助を導入したことを紹介。女性の健康にコミットする理由として、自身の経験にも触れた。
「17歳で起業し、30代で妊娠したときは出産日まで仕事をして、2週間後に完全復帰。頑張ることで後に続く女性を勇気づけたいと思ってきたが、“ついていけない”と会社を去る人もいた。私のような頑張りすぎる女性の存在こそが、女性にとっての“ガラスの天井”だったと痛感した」(次原さん)
この現実を受け止めてから、女性の健康に目を向けるようになったと次原さん。経団連がこのようなセミナーを開催することで、男性リーダーにも学びの機会を提供したいと語った。
女性の健康課題を「見える化」し、三方よしを目指す
衆議院議員の加藤勝信さんが自民党「明るい社会保障改革推進議員連盟」の活動を紹介した。 提供/経団連基調講演を行ったのは、衆議院議員の加藤勝信さんだ。「明るい社会保障改革と女性の健康について」と題し、自身が顧問を務める自民党「明るい社会保障改革推進議員連盟」の活動を紹介した。
少子高齢化や医療費の高騰など、社会保障については暗い話題が多くなりがちだ。そんななか、少しでも前向きに議論を深めたいと2019年に結成されたのが「明るい社会保障改革推進議員連盟」であり、2023年には「女性の健康」に焦点を当てた提言をまとめるなど、活発な活動を展開している。
「健康には3つの側面がある。まずは個人の幸せ。2つ目は社会保障制度の持続可能性だ。支えられる側の人が、支える側として頑張れる社会を築くことで、社会保障や保険財政の安定につながる。そして3つ目が、病気の予防や健康づくりの分野がビジネスチャンスになるということ。明るい社会保障改革推進議員連盟では、この三方よしを目指して取り組んでいく」(加藤さん)
一方、女性の健康課題については、月経困難症や更年期障害、妊娠・出産、不妊治療などにより、十分に能力を発揮できなくなるケースがあると指摘。「この点を経営者や管理職、同僚がしっかりと理解しながら対応し、女性の健康課題を『見える化』することが大切だ」と呼びかけた。
さらに進行中の施策として、国立成育医療研究センター内への「女性の健康」ナショナルセンター機能の設置、事業主健診での女性特有の健康項目追加などを紹介。
「女性の健康」への関心が世界共通のテーマに
オルガノンCEO ケビン・アリさんは、セクターの枠を超えた連携の必要性を伝えた。 提供/経団連続く特別講演では、米国の大手製薬会社から女性の健康に特化したヘルスケア企業として誕生したオルガノン(Organon)CEO、ケビン・アリ(Kevin ALI)さんが登壇。「Empowering Women's Health: Innovations,Investments, and Impact」と題し、「なぜ今、女性の健康促進が重要なのか」という問いを投げかけた。
アリさんによると今後、日本に加えて世界22か国で人口の50%が減少すると言われており、少子化対策の面からも女性の健康促進が世界共通のテーマとなっているという。
「不妊治療へのアクセス改善、育児休暇・福利厚生の充実、企業文化の醸成などを通じた女性へのエンパワーメントが重要だ。こうした変化は、ひとつの企業、ひとつのセクターだけでは起こせない。パートナーシップの構築が鍵を握る」と、アリさんは世界と日本の状況を俯瞰しつつ、セクターの枠を超えた連携の必要性を伝えた。
経済損失は年間約3.4兆円。女性の健康促進は行政・企業の急務
民間企業、医療従事者、省庁のDEI関係者が登壇したパネルディスカッション。 提供/経団連最後に行われたパネルセッション「キャリアとウェルビーイングを考える組織の作り方」では、オムロン サステナビリティ推進室長の劉越さん、上場企業統括産業医・産婦人科医の平野翔大さん、熊谷組 管理本部ダイバーシティ推進部長の黒嶋敦子さん、経済産業省 経済産業政策局 経済社会政策室長の相馬知子さんが登壇。モデレーターはW society/日本ウェルリビング推進機構の谷村江美さんが務めた。
2020年からサステナビリティ推進室長を務めるオムロンの劉越さんは、「30~40代の男性がバリバリ働いているときに、女性は生理による体調不良や妊娠・出産など、女性特有の健康課題を抱えながらキャリアに挑戦している。
熊谷組の黒嶋敦子さんは、女性が少ない建設業界だからこそ、10年ほど前から女性活躍推進に取り組んできたと話す。「まずはハード面の環境整備から始め、女性用トイレや更衣室を設置。ソフト面では『ダイバーシティパトロール』を実施し、『快適トイレ』のチェック項目なども設けた」と説明し、地道な活動の成果が「なでしこ銘柄」選定などの評価にもつながったと、これまでの活動を振り返った。
右から、W society/日本ウェルリビング推進機構の谷村江美さん、経済産業省 相馬知子さん、熊谷組 黒嶋敦子さん、上場企業統括産業医の平野翔大さん、オムロン 劉越さん。 提供/経団連平野さんは産業医の立場から、職場における女性の健康課題の「見えにくさ」を指摘。「熊谷組のようなベーシックな環境づくりは本当に大切」とした上で、「企業側と女性社員の間に意識のギャップがある。コミュニケーションを深めて課題を可視化し、専門家の知見を活用しながら適切な対応につなげていくことが肝要だ」と提言した。
経産省の相馬さんは、女性の健康課題による労働機会等の経済損失について、社会全体で年間約3.4兆円に上るとの推計結果を報告。課題解消のための施策についても、「女性従業員側のニーズが大きい一方で、企業側がニーズを把握しづらく、何をすべきか分からないというミスマッチが生じている」と分析し、ダイバーシティ推進にはこの課題への対応が欠かせないと改めて強調した。また、フェムテックを活用した実証事業で女性参加者の仕事のパフォーマンスが向上したデータを示し、今後のフェムテック活用への期待感も示した。
モデレーターの谷村さんは、「女性の健康課題は人によってつらさが違い、女性同士でも明らかにしたくないという場合もある。企業が対策するのが非常に難しい分野だが、だからといって個人だけに任せるという時代ではない。会社として取り組むことで人材確保にもなり、社員のエンゲージメントも高まる」と、セッションを総括した。
この日の議論を通じ、女性の健康促進と企業のサステナブルな成長との深い関わりに、多くの参加者があらたな気づきを得たのではないだろうか。課題解決の道のりは平坦ではないが、その重要性と可能性に対する理解は確実に深まったと言えるだろう。