撮影/中山実華

1958年、長野県で創業した個人商店「洋服の青木」。のちのファッション事業AOKIの前身だ。

時代は昭和30年代の高度経済成長期。「ビジネスマンが日替わりでスーツを着られる世の中にしたい」との想いからビジネスを拡大し、現在はグループ合計で約1400店舗を有している。

その成長戦略であり、コアバリューは「チェーンストアマネジメント」。最大効率を図る「均一化」こそ、事業拡大の核となっている。しかし、時代が要請する「多様化」はどのように融合するのか。財務のプロであり、投資家との向き合いも多いAOKIホールディングス代表取締役社長の田村春生さんに、DE&I戦略の現在地について聞いた。

田村春生(たむら・はるお)株式会社AOKIホールディングス代表取締役社長。東北大学 経済学部卒業後、株式会社横浜銀行入行。2003年4月 アニヴェルセル株式会社入社 取締役管理本部長 2004年10月 同社専務取締役 2006年6月 株式会社AOKIホールディングス 執行役員 グループ財務担当 2007年6月 取締役 2008年4月 常務取締役 2010年4月 グループ管理・財務担当 2010年6月 取締役副社長 2022年12月 代表取締役社長(現任) 撮影/中山実華

ESGの「S」、ソーシャルに重点を置く

──ご自身のこれまでのキャリアは?

田村春生さん(以下、田村):1980年に銀行に入行し、40代半ばの2003年にAOKIグループに入社しました。当時、結婚式場のアニヴェルセルや他の子会社の上場を控えており、その支援で銀行から出向していたのですが、AOKIグループの役員にという話があり、2003年に現在のアニヴェルセル株式会社の取締役管理本部長に。以来、グループの財務・管理全般を中心に経営を担ってきました。

──現在、グループはどのような組織形態になっているのでしょうか。

田村: AOKIホールディングスの傘下に、AOKIとORIHICAブランドのファッション事業、複合カフェ「快活CLUB」、カラオケ「コート・ダジュール」、24時間セルフ型フィットネスジム「FiT24」のエンターテイメント事業、そしてアニヴェルセル表参道をはじめとするアニヴェルセル・ブライダル事業の3つを展開しています。

コロナ後の人流回復や出社回帰により、順調に推移しています。

我々はポートフォリオ経営(※)を行っており、グループのシナジーは「人財」「店舗網」「ITインフラ」「顧客データ」の4つと考えます。「人財」はジョブローテーションによって異なる事業のキャリアを積むことで自身のキャリアアップになり、またグループ全体をマネジメントできる人財の育成も可能になります。「店舗網」については約1400店の開発・運営ノウハウが蓄積され、効率経営が実現しています。「ITインフラ」についてはグループ横断的にDX化を行い、業務効率が向上。そして「顧客データ」に関しては約4500万人のデータがあり、広告事業をはじめ、さまざまなデータ活用ビジネスが可能になっています。

※ 経営資源を効率よく分配し、事業の組み換えを行うことで企業の利益を最大化していく経営手法

撮影/中山実華

──今年5月に中期経営計画を発表し、ESG経営を強化すると宣言されています。

田村:私はずっと投資家と向き合うポジションであり、ESG投資の潮流を最も肌で感じる立場にありました。実際に、ESG情報開示は必須となり、なかでもソーシャルの部分であるDE&Iの取り組みは我々のマテリアリティ(重要課題)であると判断しました。投資家もその部分を重視しています。

我々の強みは「チェーンストアマネジメント」です。これは効率を求める戦略で、 本社で経営戦略の立案や商品開発を行い、店舗での業務や商品サービスの品質を標準化することで、スピード感をもって効率的に運営していくというものです。

そのようなビジネスモデルの中で、人的資本も財産であることは間違いありません。具体的には、女性活躍の推進、労働環境の改善(制度の策定)、従業員エンゲージメントの向上にKPIを設定し、全社員がやりがいを持って働ける環境づくりを行います。

なかでも重視しているのが従業員のエンゲージメント。スコアリングして可視化し、数字を追いかけています。 十分に満足できる数値に達していませんが、原因を探り、どうすべきか議論をしながら進めているところです。

従業員の柔軟な働き方がグループの強みに

撮影/中山実華

──ファッション、エンターテイメント、ブライダルの各事業会社がありますが、グループ全体のDE&I推進のゴールはどのようなイメージですか?

田村:「人々の喜びを創造する」というのが事業コンセプトであり、人々とは、お客様はもちろん、社員も含まれます。一人ひとりが働きやすく、やりがいの持てる環境を作っていきます。

2022 年に、グループのサステナビリティビジョン「“喜び”のイノベーションでより良い未来を」を定めました。そのもとで、マテリアリティとKPIを設定。 そこに含まれるのが、「女性管理職比率」と、「正社員一人当たり教育訓練費」と「従業員満足度(エンゲージメントサーベイ)」です。 他には、環境配慮型商品の開発やCO₂の排出削減、サプライチェーンとしての社会的責任、ガバナンスとして健全な経営体制などを定めています。

──マテリアリティでは2030年の女性管理職比率を20%と定めていますが、進捗は?

田村:女性社員の有志との対話会や、管理職に対する理解などを深める活動を行っています。まずは基礎的な理解と制度などの浸透から。

そして、会社が本気で女性活躍推進を行っていることも伝えています。

──DE&I推進の取り組みによって、ファッション事業、エンターテイメント事業、アニヴェルセル・ブライダル事業、そして AOKI ホールディングスとグループごとの組織はどのように変化しましたか?

田村:DE&Iへの意識は確実に高まってきています。役員に対しては定期的な勉強会を始めており、とくに「公平性」という考え方は浸透してきたように感じています。

ダイバーシティの実現に関するKPIも全グループ統一の目標に含まれています、全社で推進するために「サステナビリティ委員会」を設置し、実行組織として各グループからメンバーを選出してプロジェクトを定期開催し、議論を続けています。ただ、グループそれぞれが異なる業態で、店舗の営業形態も働き方も多様なため、統一することは難しい部分もあります。

たとえば、働く時間で見ても、複合カフェの快活CLUBは24時間365日営業していますし、ブライダルのアニヴェルセルは土日祝が繁忙日となります。ファッションのAOKI・ORIHICAでいうと2月~3月にスーツ販売の繁忙期がある。公平、平等という観点で制度を合わせていくのは難しいところです。

しかし一方で、このスタイルは多様な働き方を導入しやすいとも言えます。快活CLUBでは短時間労働も可能で、個々のライフスタイルに合わせて人財を配置し、回していくことができます。AOKI、ORIHICAの店舗では、繁忙期やローカルでのシニア採用、あるいはOB・OGの活用も可能。働き方の多様性が求められていくこれからの時代、柔軟な働き方は当グループの強みになり、企業の持続的成長につながると考えています。

若手が決めた「RISING2026」。従業員の満足度向上がより良いサービス提供へ

──DE&Iの推進を始められて、ビジネス上のメリットはどのように感じていますか?

田村:商品やサービスの企画に対する考え方が変わってきたと思います。 ESGのE、すなわち「Environment」の部分では、 AOKI店舗にソーラーカーポートを設置し、CO2を排出しないクリーンエネルギーを自家発電するなどの取り組みを推進しています。しかし、なにより従業員の満足度が上がることで、エンゲージメントが高まり、お客様へのサービスが向上することが一番のメリットではないでしょうか。より良いサービスを創造していくために、個性に応じたキャリア形成、人財の多様性を最大限に活かすこと。これが我々の目指すところです。

──今後の経営戦略は?

撮影/中山実華

田村:2024-2026年度の中期経営計画のコンセプトは「RISING2026」。年率10%の伸び率、成長が込められています。これは、若手・中堅社員の意見を採用しました。各グループから異なる役職のメンバーを集めて意見交換し、キャッチフレーズを決めました。役員からはさまざまな意見もありましたが、投資家からは中期経営計画に若手の意見を起用したことはポジティブに捉えられています。

中期経営計画は3年間ですが、10年先も50年先も見据えなければなりません。

やはりそこで重要になってくるのは人財であり、「働きたい職場」である必要があります。従業員は現場で心理的安全性を担保しながら自分のスキルを上げていくことができる。中途採用でも仕事の価値を感じて「選ばれる企業」でありたいと思っています。まだ道半ばではありますが、AOKIグループは本気で多様性のある企業へのスタートを切りました。

今後は、ファッション事業においてはカジュアル・レディース商品の拡充や、エンターテイメント事業ではビジネスや学びの場への拡大、 アニヴェルセル・ブライダル事業ではアニヴェルセル・ウェディングに留まらない価値提供を行うなど、グループならではのイノベーションに取り組んでいきます。そのためも、DE&Iは不可欠であり、経営戦略の柱となっていくのは間違いありません。ESG経営を強化し、人財価値と社会価値を高める活動を推進し、企業価値を向上していきます。

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