記事のポイント
- 女性起業家支援プログラムCWI、今回はケニア、オーストラリア、米国の3名を紹介。
- Plumbeeはケニアで栄養不足対策の食品を提供し、女性の経済的自立を支援。
- 音楽療法を活用し、認知症患者のケアを改善するオーストラリアの企業Resparke。
インパクト起業家を後押しするグローバルな取り組み「カルティエ ウーマンズ イニシアチブ(CWI)」は、ラグジュアリーメゾンのカルティエが運営する、多角的なプログラムだ(詳しくはこちらの記事を)。
毎年世界中から集まる応募者の中から選ばれた起業家は、「フェロー」として1年間のプログラムに参加する。フェローには助成金が与えられるほか、事業成長に活かせる知識やノウハウを学ぶ機会が得られる。また、参加年度を超えた資格として、投資家や各界の専門家からなるコミュニティに参加して人脈を築いたり、CWIのファンドから低金利で運転資金を借りたりすることができる。
前回に引き続き、2024年度のフェローたちを紹介する。
子どもの低栄養を防止する加工食品を生産しながら、女性の雇用を促進
PlumbeeのCEO、ジューン・ムチュクさん。カルティエ ウーマンズ イニシアチブ(CWI)ウェブサイトより転載。 © Cartierケニアでは4人に1人の子どもが慢性的な栄養不足に陥っている。低所得家庭で顕著な栄養不足は子どもの死亡率を高め、学業に悪影響を与え、稼ぐ力の低下にも繋がる。
Plumbee(プランビー)の共同設立者でCEOのジューン・ムチュクさんは、栄養不足の問題を自ら経験した。ケニアの田舎で農業に従事するシングルマザーに育てられ、栄養価の高い食事を滅多に口にできなかった彼女は幼少期をこう振り返る。
実体験から生まれた新たなビジネス
このような状況を変えたいと決意したムチュクさんは、英国のNGOセーブ・ザ・チルドレンや国連のワールド・フード・プログラムなどで働いた。しかし、彼女はこうした組織が提供する学校給食を食べてみてその味気なさにがっかりしたという。そして、「高栄養でありながら、子どもたちがおいしく食べられる製品を開発できないか」と考えるようになった。
英国の大学院で学んでいたムチュクはケニアに戻り、手頃な価格で買える子ども用の食品の開発に乗り出した。彼女が2021年に立ち上げた食品加工会社Plumbeeは、2つの角度から栄養不足の問題に取り組んでいる。
ひとつ目は、地元産の食材を使い、アフリカの伝統的な味をベースにした高品質で栄養価の高い食品を提供すること。鉄分やビタミンAなど、特定の栄養素の不足に対応した製品も発売している。
女性たちが経済力を伸ばせる仕組みを作る
Plumbeeのウェブサイト。 https://www.plumbee.africa二つ目は、女性が運営する農家や低所得層の女性たちとパートナーシップを結び、原材料の栽培と加工を行っていることだ。製品作りに関わるパートナーの女性たちには、5週間の研修プログラムを受けてもらっているという。同社の製品の主要顧客である母親たちをエンパワーしたいとムチュクさんは言う。
2021年の立ち上げ以来、Plumbeeは8万人の子どもたちに食事を提供してきた。また、100人以上の女性に対し、農業や金融、食品加工に関する研修を実施し、彼女たちから約1万8500米ドル(約270万円)相当の原材料を購入してきた(ケニアでは年間の平均賃金が約2000ドル〈約29万円〉なので、これはかなりの額となる)。
音楽の力を用いた認知症ケア・プラットフォーム
ResparkeのCEO、アリソン・ハリントンさん(右から2人目)。カルティエ ウーマンズ イニシアチブ(CWI)ウェブサイトより転載。 © Cartier世界で認知症を患う人の数は、2050年までに現在の3倍の1億5200万人に達すると予想されている。患者と家族、社会に甚大な影響をもたらす認知症による経済損失は、2030年までに2兆8000億米ドル(約411兆円)を超えるという。
認知症患者の介護には多くの人手を要する。薬物に頼りすぎないことが理想だが、介護施設のスタッフは時間に追われ、そうした手厚いケアを提供したり、そのためのトレーニングを受けたりする余裕がない場合が多い。
Resparke(リスパーク)は、音楽や映像コンテンツの力を借りて認知症患者の心を癒し、介護者をサポートする。アリソン・ハリントンが2019年にResparkeを立ち上げた背景には、認知症を患う義父を介護してきた経験がある。好きな音楽を聴くと表情が明るくなる義父を見てきた彼女は、音楽には認知症患者の問題行動を減らし、ウェルビーイングを向上させる力があるのではないかと考えたのだ。
患者ごとにカスタマイズされたコンテンツを素早く提供
Resparkeのウェブサイト。 https://www.resparke.com/Resparkeは、ライセンス契約した音楽や映像コンテンツをタブレットとヘッドホンを使って再生するプラットフォームだ。介護施設利用者の国籍や母語、宗教、生年月日などのデータや、家族などから聞き取りをした好みを入力し、精度の高い体験を提供する。
既存のストリーミング・サービスでは、利用者ごとのカスタマイズには限度がある。また、グループに向けて音楽を再生する場合には、ライセンスの問題がしばしば発生する。
「オーストラリアは多文化国家です。また、多くの人は認知症が進むにつれ、母語以外の言語を忘れてしまいます。スタッフが個別の利用者が生まれ育った国の音楽や、母語が話されている動画を一から見つけるのは容易ではありません。しかし、このプラットフォームでは現在45の言語のコンテンツを提供しています」
現在Resparkeは、2万5000人以上の認知症患者に利用されている。オーストラリアとニュージーランドの290の施設で実施した調査によると、80パーセント近くの被験者に気分の改善がみられ、イライラや興奮を抑える向精神薬の使用を12パーセント減らすことができたという。
視覚情報を音声情報に変換する視覚障害者支援プラットフォーム
2024年度「ダイバーシティ エクイティ&インクルージョン アワード」1位受賞者、BlindLook共同設立者のサドリエ・ギョレジェさん。カルティエ ウーマンズ イニシアチブ(CWI)ウェブサイトより転載。 © Cartierレストランでの注文から家電の操作に至るまで、私たちは主に視覚情報を頼りに暮らしている。世界中で2億8500万人に上る視覚障害者にとって、これが自立した生活を妨げるハードルとなっている。
視覚障害者が自立した生活を送れるようサポートするプラットフォーム、BlindLook(ブラインドルック)の共同設立者のサドリエ・ギョレジェさんも視覚に障害がある。トルコ生まれのギョレジェさんは10代の頃、彼女を守りたいあまり過保護だった家族からの自立を切望していた。
日常の動作や、オンライン・ショッピングをスムーズに
BlindLookウェブサイト。 https://blindlook.com「共同設立者と私は、視覚障害をテーマにしたYouTubeチャンネルを立ち上げようと考え、打ち合わせのためレストランに行きました。メニューを見て『何にする?』と何気なく聞いてきた彼に『読み上げてくれないと決められない』と言うと、彼は改めて視覚障害の問題を認識してくれました」
目の不自由な人の90パーセントがスマートフォンを使っていることを知った2人は、その後、視覚情報を音声情報に変換するスマホアプリを提供する会社BlindLookを設立した。AI技術を活用した同社のアプリは、家電の操作など日常の行動を円滑にするだけでなくオンライン・ショッピングにも使える。
目の不自由な消費者のニーズを企業が把握しやすくする
このアプリに加えて、BlindLookは世界各国の企業やブランドと提携し、目の不自由な消費者にアプローチしやすくするよう支援している。ギョレジェさんは次のように説明する。
「ブランドと障害者の間には大きなコミュニケーション・ギャップがあります。ブランドは私たちを支援の対象としか見ていないのではないか。私たちもお金を払うことのできる消費者であることを見落としているのではないか。そう感じてしまいます。結果として、私たちは十分なサービスを受けられず、消費者として歓迎されていないまま取り残されてしまう。BlindLookはこの溝を埋めようとしています」
現在BlindLookは、米国とトルコの50以上のブランドと提携している。
2025年5月、大阪でCWIのアワードセレモニーを開催
2024年度のCWIフェローに選ばれた起業家たちの取り組みを2回にわたって取り上げてきた。ご紹介してきたように、国籍も年齢も背景も異なる女性たちがさまざまな社会課題を解決するため事業を展開している。カルティエは2025年の大阪・関西万博で「ウーマンズ パビリオン」出展する。
5月22日に予定されている2025年度のカルティエ ウーマンズ イニシアチブは、事業が成功を収めた過去のフェローを称え、彼女たちが各分野でもたらした有意義で測定可能なインパクトを紹介する。
セレモニーでは、国連のSDGs(持続可能な開発目標)に基づく「Improving Lives(生活の向上)」「Preserving the Planet(地球の保護)」「Creating Opportunities(機会の創出)」のカテゴリーを設け、9名のインパクト起業家を表彰する予定だ。
取材・文/野澤朋代