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Text by 山元翔一
Text by アボかど



悪名高いスーパースター、カニエ・ウェストを追ったNetflixドキュメンタリー『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』が話題を集めている。



代表曲“Through The Wire”のミュージックビデオを制作したCoodie & Chikeが手がけた同番組は、同郷シカゴでスタンダップコメディアンとして活動していたクーディー・シモンズがカニエに無名時代から密着したもの。



困難に見舞われつつも自分を信じて夢に向かうカニエ・ウェストと後押しする母ドンダ、そしてブレイク後に起こったカニエの変化などを映している。



トランプ支持の表明や、性的虐待が告発されたマリリン・マンソンと同性愛蔑視発言で非難を浴びたDaBabyを同じ曲で共にフィーチャーするなど、近年のカニエの言動を支持できない人も多いだろう(私自身もそうだ)。しかし、古くからの友人の視点で赤裸々に映したこのドキュメンタリーは一見の価値がある。



今回のドキュメンタリーは、数々の象徴的なエピソードの映像を挟んだあと、1998年に開かれたジャーメイン・デュプリの誕生日パーティの映像からスタートする。シモンズが制作していた番組『Channel Zero』での取材の様子だ。



デュプリ率いる「So So Def」からのアルバム『The Movement』(1999年)のリリースを翌年に控えるラップグループのHarlem Worldが話したのち、同作にプロデューサーとして参加していたカニエが「すごいやつだよ。シカゴ出身だ」というシモンズの紹介で登場。「シカゴを代表してここまで来たぜ。地元からここにたどり着いた」と話している。



フッドと「働く場所」から読み解く、カニエ・ウェストのキャリア。Netflix3部作レビュー

左から:クーディー・シモンズ、カニエ・ウェスト/ 『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』より、Netflixで独占配信中



カニエ・ウェストは引っ越しの多い人生を歩んできた。アトランタで生まれてシカゴで育ち、母の仕事の関係で一時は中国に住み、そしてシカゴに戻って音楽活動をスタート。このドキュメンタリーは音楽活動をはじめたあとから密着しているが、地元への思いを口にしつつも、さまざまな場所に移るカニエの姿が映されている。



フッドと「働く場所」から読み解く、カニエ・ウェストのキャリア。Netflix3部作レビュー

左から:カニエ・ウェスト、ドンダ・ウェスト /『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』より、Netflixで独占配信中



新型コロナウィルスの影響でリモートワークが浸透し、多様な働き方が語られる昨今。今回の記事では、カニエの動きから「働く場所」について考えていく。



ドキュメンタリーの序盤には、「So So Def」で活躍したDa BratやMCバトルでエミネムを倒したJuiceなど、シカゴのラッパーたちの映像が映されている。



そこで大ベテランのOl-Skool Ice Greは「レーベルがないシカゴで売り出すのはキツい」と話しているように、カニエ・ウェストが活動をはじめた1990年代半ば頃のシカゴには地元に留まったまま成功を掴んだラッパーはいなかった。



カニエは小規模なレーベル「Kanman Productions」を運営し、自身も所属するラップグループのGo Gettersで活動するもその時点ではブレイクすることはなかった。



フッドと「働く場所」から読み解く、カニエ・ウェストのキャリア。Netflix3部作レビュー

『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』より、Netflixで独占配信中



ドキュメンタリーでは映されていないが、実は「Kanman Productions」での活動にはひとつ収穫があった。



所属ラッパーだったミッキー・ハルステッドの楽曲“Foolish Game”がローカルで話題を集め、ツアーでシカゴを通った「Cash Money Records」(DrakeやLil Wayneも所属する大手レーベル。当時はド派手でリッチなギャングスタラップで知られていた)の面々に届いたのだ。



そのことをきっかけにハルステッドだけではなく、「Kanman Productions」を丸ごと「Cash Money Records」のミッドウェスト支部のような形で契約する話が浮上。最終的には方向性の違いなどからレーベルでの契約は実現しなかったものの、ハルステッドは「Cash Money Records」と契約した。



もし、レーベルの方向性をキープすることよりもカニエの地元への思いが上回っていたら、ひと足早くシカゴに重要なレーベルが生まれていたかもしれない。



フッドと「働く場所」から読み解く、カニエ・ウェストのキャリア。Netflix3部作レビュー

『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』より、Netflixで独占配信中



ドキュメンタリーでも「本音では…この街で生きながら成功してみたかった」と話しているが、カニエはその後レーベル契約を求めてニューヨークへ移住した(ハルステッドのインタビューによると、その前にニュージャージーにも住んでいたことがあるようだ *1)。



そして「Roc-A-Fella Records」と契約し、ニューヨークでラッパーとして成功を掴む。成功自体は快挙だが、当時のシカゴで活動することの厳しさを感じさせるエピソードでもある。



フッドと「働く場所」から読み解く、カニエ・ウェストのキャリア。Netflix3部作レビュー

『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』より、Netflixで独占配信中



そしてカニエはブレイク後の2004年、新たなレーベルの「GOOD Music」を設立。CommonやReally Doe、かつてGo Gettersでともに活動したGLCら同郷のラッパーとも契約した。



かつて「レーベルがないシカゴで売り出すのはキツい」と言われていた時代を過去に、カニエはシカゴのアーティストに活動する道をつくったのだ。



ドキュメンタリーの最終章では、ブレイク後にカニエが変化し、監督のシモンズとの関係も一時悪化したことが映されている。その後、撮影は再開するが、物議を醸す近年の動きへの密着からは、古くからの友人である撮影者のつらい心境も伝わってくる。



精神的に不安定だった時期に発表されたアルバム『808s & Heartbreak』(2008年)から、カニエはホノルルでのレコーディングを行なうようになっている。



『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』(2010年)や続くJay-Zとのタッグ作『Watch the Throne』(2011年)でもホノルル録音は継続。『Yeezus』(2013年)ではマリブでの録音に挑んでいる。



近年レコーディングを行なっているワイオミングのスタジオ周辺はドキュメンタリーでも映されているが、周辺に建物のないのどかな環境だ。



科学メディアの『Frontiers in Psychology』に掲載された論文で「自然と触れ合うことがストレス軽減に繋がる」と指摘されているが(*2)、こういった自然豊かな場所での録音にはストレスを軽減するワーケーションのような狙いがあったのではないだろうか。



『808s & Heartbreak』は後のJuice WRLDらエモラップにつながるシーンの分岐点となり、『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』はカニエの最高傑作として挙がる機会も多い。こういった傑作の数々は、作業環境のよさが作品のよさにつながった結果と見ることもできるだろう。



フッドと「働く場所」から読み解く、カニエ・ウェストのキャリア。Netflix3部作レビュー

『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』より、Netflixで独占配信中



大きなレーベルのなかったシカゴでキャリアをはじめ、契約を求めてニューヨークに移り、成功を手にして自然豊かな環境でレコーディングを行なうようになったその歩みから読みとれるのは、「必要な環境に向かって動くことの大切さ」だ。



その姿勢はチップマンク・ソウルやオートチューンの導入など、音楽での挑戦的な取り組みにも通じる部分がある。



大手音楽プラットフォームを使わず「ステム・プレイヤー」と呼ばれる専用の機器で限定販売した最新作『Donda 2』(2022年)は、ステム・プレイヤーについては「iPod Shuffleを美化したもの」と両断し「クールな瞬間が1つか2つあるが、何の形も成していない」と内容も酷評した『Pitchfork』のレビューに代表されるようにその売り方・内容ともに好評とは言い難い(*3)。



しかし、どんなに不評でもここで止まることはないだろう。ドキュメンタリーでの姿のとおり、カニエは初期からずっと動き続ける人物なのだから。



フッドと「働く場所」から読み解く、カニエ・ウェストのキャリア。Netflix3部作レビュー

『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』より、Netflixで独占配信中

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