前髪を垂らしたバットマンとカート・コバーン。映画『THE B...の画像はこちら >>



Text by 山元翔一
Text by 村尾泰郎



映画『THE BATMAN-ザ・バットマン-』の公開によって、主題歌に起用されたNirvana“Something In The Way”のSpotify上での再生数は1200%アップしたのだという。



映画本編において二度、非常に印象的に使用されるこの楽曲は、なぜバットマンの新作映画に起用されるに至り、その物語とどのような重なりを持つのか。

またNirvanaのフロントマン、カート・コバーンの存在から読み解く『THE BATMAN-ザ・バットマン-』はどのようなものか?



『USオルタナティヴ・ロック 1978-1999』(シンコー・ミュージックMOOK)の監修を務めた村尾泰郎が考える。



これで「バットマン」が映画化されるのは何度目なのだろうか。これまでさまざまな俳優がバットマンを、その正体である金持ちの謎めいたプレイボーイ、ブルース・ウェインを演じてきた。そんななかで『THE BATMAN-ザ・バットマン-』のウェインは異彩を放っている。映画を見て、まず印象的だったのはウェインが前髪を垂らしていることだった。



前髪を垂らしたバットマンとカート・コバーン。映画『THE BATMAN』に宿るグランジの精神

ロバート・パティンソン演じる『THE BATMAN-ザ・バットマン-』のブルース・ウェイン / ©2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & ©DC



今回、ウェインを演じているのはロバート・パティンソン。マイケル・キートン、クリスチャン・ベール、ベン・アフレックなど、これまでさまざまな俳優がウェインを演じてきたが、彼らに比べるとパティンソンは線が細く、視線はどこか虚ろ。そこにはヒーローとしての強い意志や自信は感じさせず、前髪を垂らしていることで少年の面影、未熟さを漂わせているように見える。



『THE BATMAN-ザ・バットマン-』の設定は、ウェインがバットマンとして戦うようになってから2年。まだ完全にはヒーローになりきっていないウェインに焦点を当てることが本作の重要な点であった。



そして監督のマット・リーヴスがウェインのキャラクターを考えるうえでヒントにしたのが、Nirvanaのボーカル / ギタリスト、カート・コバーンだった。



前髪を垂らしたバットマンとカート・コバーン。映画『THE BATMAN』に宿るグランジの精神

Nirvana(左から:クリス・ノヴォセリック、デイヴ・グロール、カート・コバーン) / Photo by Chris Cuffaro



マット・リーヴスは1966年生まれ。

つまりNirvanaの登場やグランジ / オルタナティブロックをリアルタイムで体験しており、グランジロックが抱えていた社会に対する疎外感や屈折した怒りも肌で感じていたはず。



リーヴスは本作の脚本を書いているときにNirvanaを聴いていて、“Something In The Way”が流れた瞬間、曲の雰囲気がウェインのイメージにぴったりだと思ったらしい。



前髪を垂らしたバットマンとカート・コバーン。映画『THE BATMAN』に宿るグランジの精神

マット・リーヴス



この曲の主人公は橋の下の粗末な小屋で暮らすホームレス。彼は屋根に張った防水シートからこぼれ落ちる雨水をためて飲み、草(Grass)を食べて生きている。「Grass」が大麻という意味なら、主人公は何も食べずに大麻を吸っている。そして、サビで「Something In The Way(何かが道を塞いでいる)」と呟く。



この曲には自らがホームレスに近い状態になったカートの経験(*1)が反映されているのだろう。裕福なウェインとホームレス、リーヴスは両極端な両者のどんなところに共通点を見出したのか。



本作のウェインは両親が目の前で殺された悲劇から立ち直れず、豪邸に引きこもって人付き合いをせずに暮らしている。精神的には“Something In The Way”の主人公と同じく、社会から切り離された世捨て人だ。物質的には恵まれているのに内面では傷つき孤立しているウェインは、バンドで成功しながらも精神的な葛藤を抱き続けたカートにも通じる。



『Esquire』に掲載されたリーヴスのインタビューによると、晩年のカートがドラッグにはまったように、ウェインは両親を死に追いやった犯罪や悪そのものに対して「復讐したい」という衝動に囚われ、それがバットマン誕生につながる。



ウェインがバットマンという存在を生み出したのは、精神的な葛藤を抱えたカートが生きていくために音楽をつくり続けたことに通じるクリエイティブな行為だった、というのがリーヴスの考えだ。つまり、ウェインにとってバットマンは、カートにとってのロックンロールなのだ。



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カート・コバーン / Photo by Niels van Iperen(Getty Images)



これまでの実写版『バットマン』では、バットスーツやバットモービルが贅沢な調度品のように輝いていた。しかし、本作のコスチュームをよく見れば、ところどころ補修された痕跡がある。



素顔のときもマスクのときも同じテンションで描かれており、そこに大きな違いはない。ウェインにとってのバットスーツは、カートにとって愛用のギターのようなものなのだろう。ウェインはバットスーツを身につけることで社会とコミュニケートできるのだ。



しかし、ウェインがバットマンのマスクを颯爽と装着するシーンはなく、脱ぐシーンが印象的に描かれている。マスクの下から覗かせるのは、汗だくになり、黒いアイライナーが流れ出したウェインの必死の形相。マスクに隠された脆い人間の顔を見せることで、リーヴスは新しいバットマン像を生み出した。



前髪を垂らしたバットマンとカート・コバーン。映画『THE BATMAN』に宿るグランジの精神

バットマンのマスクを外したブルース・ウェイン / ©2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & ©DC



ロバート・パティンソンはヤングアダルト小説を映画化した『トワイライト』シリーズでブレイクしたが、その後、デヴィッド・クローネンバーグ監督作品をはじめ、作家性の強い作品に次々と出演して存在感を発揮した。



前髪を垂らしたバットマンとカート・コバーン。映画『THE BATMAN』に宿るグランジの精神

©2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & ©DC



そのなかの一本、『カンヌ国際映画祭』で最高賞パルムドールを競うコンペティション部門にノミネートされた『グッド・タイム』(2017年)では、知的障害を持った弟と銀行強盗をして、弟を助けるために奔走する主人公、コニーを熱演。

その演技力の高さで注目を集めた。



リーヴスも『グッド・タイム』でパティンソンに対する印象が大きく変わったそうだが、コニーを演じているときにパティンソンが見せた、いまにも崩れ落ちそうな脆さを感じさせながらもギリギリで踏みとどまっている緊張感が、ウェインからも伝わってくる。



カート・コバーンをもとに生み出されたキャラクターといえば、ガス・ヴァン・サント監督による『ラストデイズ』(2005年)がある。



この映画では、あるロックミュージシャンの死の直前の2日間が描かれるが、リーヴスはこのカート的な主人公が朽ち果てた家で世捨て人のように暮らしている姿からもインスピレーションを得たという。本作でウェインが住む屋敷も古城のようで、その荒廃はゴッサム・シティ全域に広がっている。



リーヴスは『フレンチ・コネクション』(1971年)、『チャイナタウン』(1974年)、『タクシードライバー』(1976年)といった1970年代の犯罪映画からも影響を受けたそうだが、どの作品も舞台になった街が魅力的に描かれている。



本作のゴッサム・シティには、グランジ時代に生まれた『セブン』(1995年)の雨が降り続ける街に通じる退廃的な雰囲気が漂っている。まるで心を閉ざしたウェインの心象風景が、そのまま街に投影されているようだ。



映画の冒頭、ウェインが自分と同じように親を殺された少年を見つめるところで“Something In The Way”が流れる。そこで使われるのは、Nirvanaのオリジナル曲にストリングスやピアノを重ねたリミックスバージョン。



世捨て人のように屋敷にこもり、夜な夜なバットマンとして犯罪者に制裁を加えることで正気を保とうとするウェインにとって、「道を塞いでいるもの」とは何なのか。そのひとつは彼の人生に大きな打撃を与えた「両親の死」であり、その理由を知るためにバットマンはリドラーを追う。

それは正義のためではなく、自分を救うための戦いといえるだろう。



ストーリーは謎解き風に進んでいくが、本作では犯人を探すことより、その過程でウェインがバットマンとして戦う理由、バットマンとしてのアイデンティティーを見つけ出すことが重要なのだ。



前髪を垂らしたバットマンとカート・コバーン。映画『THE BATMAN』に宿るグランジの精神

©2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & ©DC



気になるのは今後の展開だが、もしシリーズ化するのであれば、リーヴスはカートの面影を重ねたウェインを今後どんな風に成長させていくのか。ウェインがバットマンとして戦い続ける、ということは、「もし、カートが生命を絶たずにロックスターであり続けていたら?」という想像にもつながる。



ともあれ、カート・コバーンがスーパーヒーローものに影響を与えるとは思いも寄らなかったが、バットマンの強さよりもウェインの弱さが物語を引っ張っていく、という点でも、『THE BATMAN-ザ・バットマン-』は「ルーザー(負け犬)」たちが吠えたグランジ / オルタナロックの精神性を受け継いでいるのではないだろうか。



※本文の記載に一部誤りがございました。訂正してお詫びいたします。

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