Text by 稲垣貴俊
Text by 今川彩香
「ファックAI」。2025年10月中旬、映画監督ギレルモ・デル・トロは、最新作『フランケンシュタイン』の上映イベントでそう言い放った。
物語の主人公は、天才科学者ヴィクター・フランケンシュタイン(オスカー・アイザック)。最愛の母親を早くに失ったヴィクターは、「死」を克服する禁忌の実験に取り組んでいた。彼は戦場で拾い集めた死体を組み合わせ、恐ろしい「怪物」(ジェイコブ・エロルディ)を創り上げる――。
この物語は現代において、人々が不老不死を欲望し、またAI(人工知能)という「生命」を日々発展させつづけている現状をダイレクトに想起させる。けれどもデル・トロは、9月下旬に来日した際の単独インタビューでこう語った。
「AIをメタファーによって描くことに興味はありません。そう解釈することはできるし、みなさんの解釈は自由だけれど」
それならばデル・トロは、生命の創造を描いた古典小説の傑作を、いかにして「AI時代」に蘇らせたのか? 本人の言葉を通して、その創作論と物語術に迫る。
イギリスの作家メアリー・シェリーが、小説『フランケンシュタイン』を発表したのは1818年のこと。デル・トロは「200年経ったいま、この物語を古典のまま翻案するのではなく、現代につくり直したいと思いました」と話す。「小説の原題は『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』。副題の通り、現代の新しい作品にしたかったのです」
ギレルモ・デル・トロ
1964年10月9日生まれ、メキシコ出身。『ミミック』(1997年)、『パンズ・ラビリンス』(2006年)、『カンフー・パンダ2』(2011年)、『パシフィック・リム』(2013年)、『ナイトメア・アリー』(2021年)、『ホビット』シリーズなどを手がける。
1931年製作の映画版を幼少期に観て以来、フランケンシュタインの怪物を「救世主」だと考えてきたデル・トロ。その原作小説を自分なりに映画化することは、前作『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』(2022年)と並んで少年時代からの悲願だったという。
『フランケンシュタイン』と『ピノッキオ』について、デル・トロは「同じ物語を語っている」といい、「どちらも非常に個人的な映画」だと語る。
「小説の『フランケンシュタイン』が作者メアリー・シェリーの自伝的作品なので、この映画は私の自伝的な作品にしようと思いました。『フランケンシュタイン』と『ピノッキオ』には、私のアイデアをたくさん取り入れています。必ずしも正しい判断とは限りませんが、自分に近い題材ならば変更を加えてもよいと私は考えています」
デル・トロが翻案にあたって最も重視するのは、原作の精神性に敬意を払い、きちんと継承することだ。『ピノッキオ』の物語はカルロ・コッローディの原作小説とは大幅に異なるが、「それでも原作の核心は残している」という。
「『ピノッキオ』では小説のプロットを踏襲せず、主人公が死と向き合い、人間となってファシストの政府に抵抗する物語にしました。『フランケンシュタイン』も登場人物の関係性は変えましたが、壮大なスケールや人間関係の細やかさは小説に忠実です。うまく話せなかった赤ん坊が学習し、自分の居場所を探す大人へと成長することも。そして、メアリー・シェリー自身の好奇心と探究心や、彼女もまた父親との関係に葛藤していたことも」
興味深いのは、デル・トロが『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)のあと、クラシックな文学作品の映画化を続けていることだ。
オリジナル脚本にこだわっていた時代から、いったいどんな変化があったのか。そう尋ねると、「変化があったわけではありません。すべては既存のものです」と語った。
「たとえば『パンズ・ラビリンス』(2006年)を観ると、かつて実在したおとぎ話のように感じられるはず。『シェイプ・オブ・ウォーター』も、ユニバーサル・ピクチャーズの古典的モンスター映画を新たなかたちでつくったものです」
普遍的に存在してきたストーリーテリングを、いかに自分らしく新鮮に描きなおすのか。幾度となく映画化されてきた『フランケンシュタイン』を、デル・トロが「現代の新しい物語」に更新する手がかりとは――。
「ストーリーテリングの『型』は、別の何かで埋めるためにあるものです」とデル・トロは言う。
「人類の歴史には、基本的に15の物語の土台があります。それらは反復され、かたちを変え、組み合わされ、融合してきました。わずかな音階から数え切れないほどの歌や交響曲がつくられたように、我々はわずかな文字からあらゆる文学を生み出してきた。それと同じで、15の土台から生まれる無限の組み合わせが、つねに物語を新しくしてくれるのです」
Netflix映画『フランケンシュタイン』
少年時代から、デル・トロは神話や民話を通じた物語の構造分析に強い興味を抱いてきた。
早くから『フランケンシュタイン』を「自伝的な映画にしたい」と考えていたデル・トロ。「私と父親についての物語になることは当初からわかっていた」と語る。「いまでは物語をつくろうとすると、おのずとインスピレーションが湧いてくる。肺いっぱいに空気を吸い込んだら、自然と歌が出てくるように」
Netflix映画『フランケンシュタイン』
映画の創作について、デル・トロは「事前にすべてを計画しておく必要はありません。むしろ、本能的な部分も必要です」と強調する。
「ときどき『すべて計画しました』なんて言う人がいますが、もったいない。それでは自分の国を旅することにはなりません――『観光』ではあっても『旅』ではないのです。時には道に迷ったり、風変わりな店に入ったり、炎天下にさらされたりしなければ。半分は方法論に頼りつつ、もう半分は道に迷うのが創作の面白さです」
豊富な知識と想像力をもとに、あらゆる物語の型を組み合わせることでストーリーテリングを刷新する。さらに、自分でも予想していなかった「揺らぎ」を付け加えていく。デル・トロの創作術は、すべてを計算によって生成するAIとはまったく異なるものだ。
「AIをメタファーによって描くことに興味はない」と語り、のちに「ファックAI」とさえ口にしたデル・トロ。インタビューでは、自身の芸術論をより具体的に語ってくれた。
「芸術とは再現(representation)ではなく雄弁さ(eloquence)だと私は信じています。私が求めるのは雄弁さであり、再現ではない。(目の前にあるテーブルを指して)私は、誰かが表面的に再現したテーブルが欲しいのではなく、『誰が、どんな素材で、どのようにつくり、なぜその形を選んだのか』という雄弁さを求めます。ただ別のデザインから派生したものではなく、ゼロからつくり上げられたものであってほしい」
そして、「私はAIを恐れているわけではありません。機械ではなく人間と話したいのです」とも言う。
「私が恐れるものはAIよりも、この世界にあふれる『愚かさ』のほうです。あらゆる知性は人工的に生まれるものですが、あらゆる愚かさは自然発生する。本当に問題なのは、人間が世界の複雑さを受け入れようとしないこと。我々は世界を良くしようとしているのではなく、自分たちに都合よく変えたがっているだけなのです。私たちが犯した最大の罪は、『我々は快適かつ便利に暮らせるべきだ』と考えたことでしょう」
デル・トロは『フランケンシュタイン』の現代性について、生命倫理やAIの問題ではなく、むしろ「不寛容、すなわち現代社会における受容の欠如です」と語る。
「世の中で頼りになるエネルギーは『受容』と『怒り』のみで、私たちはこの2つを使いわけていかなければなりません。この映画に登場する怪物は、まさに『受容』と『怒り』のあいだに存在します。そして、映画は『受容』によって幕を閉じることになるのです」
Netflix映画『フランケンシュタイン』
生涯の悲願だった『フランケンシュタイン』を完成させたデル・トロは今年61歳。フランケンシュタイン博士とは異なり、自らは不老不死に興味がない。「明日であれ明後日であれ、自分が死ぬべき時に死にたい。その時が来れば満足しますし、それは祝福だと思うから」
Netflix映画『フランケンシュタイン』
今後の活動については、「正直に言うと、作品の数をもう少し減らしたい」と率直に語った。
「年を取ると、自分が話すよりも周囲に耳を傾けるようになるのが自然なこと。ただ、ストップモーション作品をもっとつくりたいと考えています。自分のためではなく、先人たちと未来の人々のために、ストップモーションという芸術形式を守り、前進させたいのです」
その言葉通り、取材後の2025年10月には、デル・トロとNetflixがフランスの名門アニメーションスクール「ゴブラン」にストップモーションスタジオを設立する計画を発表。会見でデル・トロは「ツールとしてのAIと、創造性を生成するAIを区別すべき」と主張し、「AIがあらゆる形式のアニメーションに介入しうる時代、ストップモーションはAIから守られている」とも述べた。
もっとも、ストップモーションアニメーションの製作には長い年月と莫大な予算を要する。筆者のインタビューで、デル・トロは「ストップモーションは現実的じゃない。
現在は『ピノッキオ』に続き、カズオ・イシグロの小説『忘れられた巨人』の映画版をストップモーションで製作中。次世代の育成も含め、いまもデル・トロの野心は大きい。「成功するか、それとも失敗するか……。いずれにせよ、私はバーかコーヒーショップでカプチーノを飲んでいると思いますよ」とほほえんだ。
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