人を責めるだけでは、入管制度の問題が見えない。映画『イマジナ...の画像はこちら >>



Text by 丹野雄二
Text by 家中美思



「異なるルーツをもつ人とともに生きていくには、どうすれば良いのか?」



その問いから制作されたのが、映画『イマジナリーライン』だ。日本で生まれ育った難民2世であるモハメド夢が、ある日突然入国管理局に収容されてしまうストーリーで、夢と親友の文子の友情や、2人の前に立ちはだかる制度の壁が描かれている。



脚本・監督を務めた1998年生まれの坂本憲翔にとって、本作は初の長編映画となる。



本作は、2021年に実際に起きた、名古屋出入国管理局での収容者死亡事件、そして2023年の入管法改正案への問題意識から制作されたという。いまも続く被収容者の生活、ただ「普通」に生きたいという願いが叶えられない制度上の壁……。当事者や支援者へのインタビューを通して練り上げた本作について、監督に聞いた。



―今回、映画で日本の入国管理制度について描こうと思った背景は何でしょうか?



坂本憲翔(以下、坂本):大学を卒業する直前、2021年3月に起こったウィシュマ・サンダマリさんの事件(※)がきっかけでした。



僕は大学生のときに国際関係学を学んでいたのですが、在学中の2017年~2021年頃に話題になっていたのが、トランプ政権発足による移民・難民の問題でした。授業でも触れることが多かったこの問題ですが、僕のなかでは海外の問題というイメージが強かったんです。



ウィシュマさんの事件を受けて、自分が海外にしか目を向けていなかったこと、そして国内の入国管理制度の問題を知らなかったことに気づいて、すごく恥ずかしく感じて。知っていくにつれて、日本はほかの国と比べても厳しいといえる制度が多いことに気づいていきました。



人を責めるだけでは、入管制度の問題が見えない。映画『イマジナリーライン』監督インタビュー

坂本憲翔(さかもと けんしょう)。1998年生まれ、兵庫県出身。神戸市外国語大学在学中より、国際関係学を学びながら自主映画制作を開始。

2022年に東京藝術大学大学院 映像研究科映画専攻監督領域に進学し、映画監督の黒沢清、諏訪敦彦、塩田明彦各氏に師事。東京藝大在学時に監督した短編映画『窓辺のふたり』が『第36回東京国際映画祭 Amazon Prime Video テイクワン賞部門』にノミネート。初長編となる本作『イマジナリーライン』は『第21回大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門』に正式出品された他、国内外多数の映画祭にノミネート。



―その事件から5年経った2026年。なぜいま、この問題を描こうと思ったのでしょうか?



坂本:ウィシュマさんの事件のようなショッキングな出来事も時間が経てば忘れられてしまうし、そもそも時事ニュースとして扱われることに違和感を覚えたからです。



ウィシュマさんの事件は当時、かなりセンセーショナルに取り上げられました。でもそのわずか2年後の2023年に、日本への出入国を厳しくする入管法改正案(※)が提出され、可決してしまいます。



「ニュース」として扱われる前もあとも、当事者の方々の生活は続いている。続いているどころか厳しくなっている。だからこそ、入管の問題を真正面から扱いたいと思いました。



とはいえ、そこまで難しいことは描いていないんです。文子と夢という2人の感情を、映画を観て体験してほしいと思っています。



人を責めるだけでは、入管制度の問題が見えない。映画『イマジナリーライン』監督インタビュー

©2024 東京藝術大学大学院映像研究科



―入国管理制度をテーマにしながらも、文子と夢を中心に入管制度を描くうえで、どのようなことを意識していたのでしょうか?



坂本:僕はこの映画で、制度そのものに異議を唱えることだけを目的としていたわけではありません。それよりも、一人ひとりの感情に寄り添いながら、個人を取り巻く社会や制度のあり方を描きたいと考えていました。



映画は、言葉になる前の段階や言葉になったあとに残る感情のグラデーションを伝えることができます。個人の感情の機微を描くことで、観客はキャラクターの心の動きを追いながら、その背後にある制度についても自然と考えることができるのではないかと考えています。



人を責めるだけでは、入管制度の問題が見えない。映画『イマジナリーライン』監督インタビュー

©2024 東京藝術大学大学院映像研究科



―なぜ制度ではなく、2人の感情にフォーカスしようと思ったのでしょうか?



坂本:映画を制作するにあたって、被収容者や弁護士、支援者など、さまざまな方にインタビューしたのですが、なかでも難民申請をしている18歳の子に聞いた話が忘れられないんです。その子は日本で生まれ育ったものの、親が在留資格をもたないという、まさに本作の夢と同じ状況です。



難民申請中の方は、出入国在留管理庁に出頭し、生活状況などの届け出をおこなう必要があります。それができないと在留許可の取り消しや退去強制に応じなければならないこともある。まさに制度の厳しさに直面していながら、その子は、「お兄さん大学生だよね」「届けを出さなくてもできるバイト知らない?」と聞いてきたんです。それを聞いて、僕はずっと制度のことだけを知ろうとしていたなと気づいて……。



人を責めるだけでは、入管制度の問題が見えない。映画『イマジナリーライン』監督インタビュー



坂本:僕が映画で描かなきゃいけないことは、この子がいまもっているような、周りの大学生と同じように、バイトをしてお金を貯めて、遊びたいという、大学生なら誰もがもつ普遍的な欲求なんじゃないかと思ったんです。



ただただ、ひとりの人間として生きようとする個人の生活が叶えられない、制度上の大きな壁があるということをちゃんと描かなきゃというか。

制度だけじゃなくて、感情を追わなくてはこの問題は伝わらないなと思ったんです。



―夢は、日本で生まれ育ち、アイデンティティは完全に「日本」にあります。しかし、在留資格の壁により「非正規滞在者」とされてしまう。この現実を知らない人も多いという課題があるかと思いますが、いかがでしょうか?



坂本:そうですね。そう思います。



学生時代にさまざまな国を訪れるなかで、日本では異なるルーツを持つ人々と出会う機会が少ないと感じました。そうした経験の少なさが、相互理解の難しさや、差別・偏見が生まれる背景の一つになっているのかもしれません。



人を責めるだけでは、入管制度の問題が見えない。映画『イマジナリーライン』監督インタビュー

©2024 東京藝術大学大学院映像研究科



―劇中では、「不法滞在」という言葉が出てきます。いまの社会でも「外国人は怖い」といったイメージが広がっているように感じますが、映画のなかでこの言葉をあえて使った意図を教えてください。



坂本:まず、この映画にも使った「不法滞在」という言葉は入国管理制度に関わる問題のなかでは差別的なニュアンスを含んでいます。



「不法」というと犯罪者のようなイメージを抱いてしまいがちですが、難民の方は法律を犯しているわけではなく、正規の手続きをとることができずに日本に来ているんです。だから「不法」ではなくて、「非正規」という言い方が正しいですよね。



ちょっとした言葉のニュアンスでも人を差別してしまうことって、入管制度以外でも結構あるなと思っていて。でも、そういった言葉は世に溢れていて、差別と知らず使ってしまうことは誰しもあると思うんです。だからこそ、自分が使う言葉が当事者を傷つけている可能性があるということは、示したかったことでもあります。



人を責めるだけでは、入管制度の問題が見えない。映画『イマジナリーライン』監督インタビュー



―作中で出てくる船橋という人物は、文子の幼馴染であり夢と交流をもちながら、入管職員として夢を収容する立場でもありますね。3人をこのような関係性で描いた理由はなぜでしょうか?



坂本:難民2世である夢と、その親友である文子、そして入管職員である船橋。もともと知り合いだったこの3人が分断された瞬間に、何が起きるかを描いてみたかったんです。



というのも、外国からきた人と関係性があるかないかによって、外国人へのイメージって変わりますよね。日本国内でも、その差はかなり大きいと思うんです。だから文子と船橋の2人のキャラクターを難民2世である夢にとって身近な存在にすることで、「知っている人」の問題と「遠くの他人」の問題の関心の違いを引き出したかったんです。



ただ映画を撮るにあたっていろいろな人に話を聞いたのですが、入管職員の方へのインタビューは実現できなくて。15人くらいの方に打診しましたが、受けてくれた方はいませんでした。



人を責めるだけでは、入管制度の問題が見えない。映画『イマジナリーライン』監督インタビュー

文子の幼馴染であり、入国管理局に勤める船橋
©2024 東京藝術大学大学院映像研究科



坂本:入管職員である船橋の設定は本を読むなどして作り上げていったところがあり、フィクション的な要素がかなりあるとは思います。



けれども、調べれば調べるほど、入管職員の方が悪いのではなく、制度に問題があるのだと思えてきました。かれらは毎日、移民・難民としてやってくる方々と接しているわけですよね。移民・難民問題の背景を理解しながら、自分の責務も遂行していかなければなりません。それってまったく簡単なことじゃないし、葛藤して当然だと思うんです。



それなのに、ウィシュマさんの事件ではまるで名古屋入管職員の方が悪魔であるかのようなイメージが広がっていた。制度に問題があるのに、「担当したのが冷酷な人間だったから彼女は死んでしまった」という見方をされれば、制度に異議を申し立てることができなくなっていってしまうのではないかと思ってしまいます。



人を責めるだけでは、入管制度の問題が見えない。映画『イマジナリーライン』監督インタビュー



―制度に問題があるのに、人を責めると制度の問題も見えなくなってしまう。



坂本:そうですね。一番はまず制度。制度が変わらなければ人は変わっていかないと思います。



だからこそ本作では、船橋を、夢や文子にとって身近な存在として描き、彼自身も葛藤しながら仕事をしているという描写の仕方をしました。



―本作では、スチール撮影に映画『見はらし世代』監督の団塚唯我さんが参加されたそうですね。



坂本:団塚くんはプロデューサーの友人で、以前から制作に協力してくれていて、今回はスチール撮影として参加してくれました。



僕と団塚くんはともに1998年生まれで同い年なのですが、共通して抱いていると思うのは、「社会を大きく変えるのは難しい」という諦念にも似た感覚です。日本社会がずっとそうだったのかもしれないけど、「何かをしたところで変わらない」という気持ちが根底にあるというか。



本作の文子もそうなんですが、強く何かを変えるようなヒロイックなことはしない。違和感はあっても、変えることは難しい、という感覚はお互いの作品を見ていても感じます。問題を意識しつつも、距離感をとって向き合っている部分は似ているように思います。



―坂本監督は今回の映画が初の長編映画ですね。今後、どのような映画を作っていきたいですか?



坂本:今回はかなり社会問題をテーマにした部分があったのですが、今後もずっとストレートに社会問題だけを描きたいというわけではなくて。普遍的な映画のなかに社会の構造が写っているようなもの、つまり楽しみながら社会についても考えられるような映画をつくっていきたいです。



人を責めるだけでは、入管制度の問題が見えない。映画『イマジナリーライン』監督インタビュー

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