Text by 吉田薫
Text by 粉川しの
レッド・ホット・チリ・ペッパーズのベーシスト、フリーの待望のソロデビューアルバム『Honora(オノラ)』がリリースされた。
フリーは現在63歳。
2月には単身で軽やかに来日。小規模なサイン会を開催してファンと触れ合い、メディア向けの『Honora』のリスニングイベントでは、スマホのなかに入っている音源を直々に再生してくれて、客席で一緒にリズムを取りながら聴いていたフリー。
ここではリスニングイベントでのQ&Aで彼が語った言葉とともに、『Honora』でフリーが鳴らしたかった音楽の全貌を紐解いていくことにしよう。
レッド・ホット・チリ・ペッパーズには、ジョン・フルシアンテ(Vo. & Gt.)のように精力的にソロワークに取り組み、他アーティストとのコラボやゲストワークを繰り広げるメンバーもいれば、アンソニー・キーディス(Vo.)のように、ほぼバンド専従のメンバーもいる。フリーはちょうど、ジョンとアンソニーの中間だろうか。
彼は自身が設立に関わった非営利音楽教育機関のチャリティーとして、2012年にソロ名義でのEP『Helen Burns』をリリースしているが、プロパーなソロワークはこれまでにゼロ。その代わり、多くのアーティストとのコラボやゲスト参加を行ってきた。
フリー(Flea)。1962年生まれ。
例えばアラニス・モリセットの大ヒット曲“You Oughta Know”(1995)で披露したうねりまくるベースは有名だろうし、マーズ・ヴォルタの傑作デビュー・アルバム『De-Loused in the Comatorium』(2003)ではほぼ全編でベースを弾いており、メンバーの一人と化している。また、サイドプロジェクトとしてはレディオヘッドのトム・ヨーク、ナイジェル・ゴッドリッチ、ジョーイ・ワロンカーらとタッグを組んだバンド、Atoms For Peace(以下、AFP)もある。エクスペリメンタルかつ超肉体派のライブを繰り広げるAFPでは、彼のベーシストとしての可能性がさらに深掘りされている。
それでもフリーは、自分の創造性のすべてをレッチリに注ぎ込んできたメンバーだった。彼らの音楽がフリーのファンキーなスラップベース、パンキッシュなエナジー、ベースが弾き出すサイケデリックなメロディなしには語れないように、彼のパーソナリティはバンドと分かち難いものだったと言っていい。そう考えるとフリーのパーソナリティがほかの何にもよらず、初めて自立した『Honora』の意義深さが、さらに理解できるのはないか。
「このアルバムに収録されている曲は、全曲タイプが違うけれど、そのすべてが『僕』なんだ。ジョン・コルトレーンにセックス・ピストルズ、フェラ・クティ……さまざまなアーティストから影響を受けたエクレクティックなアルバムで、ジャンルはまったく意識していない。何故ならそれが僕の人生を横断したリアルだからだよ。音楽がなかったら、僕は多分死んでたんじゃないかな。だから『Honora』には僕を救ってくれた音楽への愛が詰まっているんだ」
リスニングセッションのQ&Aでフリーがそう語ったように、『Honora』は「僕=フリーという人そのもの」についてのアルバムだ。前述のとおりアルバムタイトルになった彼の高祖母は、貧しい生活のなかで、生きていくために密造酒を売っていたという不屈の女性だったそう。
そうした自身のルーツにもインスパイアされ、彼がある種のソウルサーチングとして本作を作ったことは、オープニング曲“Golden Wingship”からも明らかだ。本楽曲では、盤石なベースと軽やかに舞うトランペットという、フリーの二つのアイデンティティがカオスなうねりのなかから立ち上がる。フリーのボーカルはポエトリーリーディング調で、愛、平和、子供達、彼が大切にしてやまないものが歌詞に散りばめられている。
レッチリの大規模なスタジアムツアーがひと段落したところで制作がスタートした『Honora』は、オリジナル曲6曲、カバー4曲の全10曲を収録。
ジョシュ・ジョンソンがサックスとプロデュースを手掛け、アンナ・バターズがジャズ・アルバムたる本作で重要な役割を担うウッドベースを担当。ジェフ・パーカー(ギター)、AFPでもタッグを組んだマウロ・レフォスコ(パーカッション)、デアントニ・パークス(ドラムス)、リッキー・ワシントン(アルトフルート)ら錚々たるメンバーに加え、ゲストボーカルとしてトム・ヨーク、ニック・ケイヴらオルタナロック界の重鎮も参加するという、フリーらしいジャンル横断型の一作となった。
1stシングルとしてリリースされた2曲目の“A Plea”も、愛についての曲。7分半超えのインプロ的展開にベースとホーンのフックを散りばめ、ポリリックなドラムス、ラテン音楽のリズムを多分に含んだパーカッションの強烈な推進力でひた走る、モダンジャズアルバムとしての本作を体現したナンバーだ。バターズのウッドベースも効いていて、ベースとフリーのトランペットがカウンターパートでビシバシとやり合うスリルもたまらない。
ジャズミュージシャンだった義理の父の影響もあり、「子どもの頃はジャズが最高、ロックなんてクソだと思っていた」というフリー。かつて「ヒレル・スロヴァクとの出会いがなければロックバンドを組むことも、パンクに目覚めることもなかった」と語っていたように、彼の原点はジャズであり、ベーシストとしての音楽性もチャールズ・ミンガスやジャコ・パストリアスのようなジャズベーシストからの影響が色濃い。
一方、フリーの代名詞であるスラップベースがラリー・グラハムの存在抜きには語れないように、グラハム、ブーツィー・コリンズのようなファンクの巨人も彼のDNAになっている。さらにはJoy Division / New Orderのピーター・フック、Public Image Ltdのジャー・ウォブルのようなポストパンクのベーシストの精神性も、彼は引き継いでいる。
ジャズアルバムとしての『Honora』にも、そんなフリー生粋のフュージョン感覚はもちろん生かされていて、原点回帰作であると同時に、やはり彼が経験を積み重ねてきたいまだからこそ作られたアルバムだと感じる。
トム・ヨークがボーカルを担当する“Traffic Lights”はフリー曰くもともとインスト曲になる予定だったが、「目を閉じてデモを聴いていたら、トムの顔が浮かんできた」のだとか。つまり彼の参加は後づけだったわけだが、それでも本曲がAFPやトムのソロ作『ANIMA』を連想させる仕上がりになっているのが面白い。
一方でニック・ケイヴが歌う“Wichita Lineman”は本作で最もストレートな歌ものであり、ジミー・ウェッブのオリジナルのトーンを3段階くらいダークにした、まさにケイヴな仕上がり。ケイヴ&ウォーレン・エリスのライブにフリーが飛び入りした際、ケイヴが「ジミー・ウェッブが大好きだ」と熱心に語っていたのを聞いたフリーが、「もしかしたら、これ歌いたいんじゃない?」と“Wichita Lineman”のデモを送ったのがコラボのきっかけで、彼からは30分と経たずに「やるよ」と返事があったそう。
フランク・オーシャン“Thinkin Bout You”のカバーも素晴らしい。オーケストレーションをたっぷり纏ってなお余白を感じる空間で、フリーの歌声の代わりにトランペットが歌っている。この曲や“Traffic Lights”の中音域を生かしたメロディアスなプレイは、ジャズトランペット奏者であるマイルス・デイヴィスが重なって聴こえるものだ。
レッチリのコアファン以外には、フリーがトランペット吹きであるイメージは薄いのではないか。しかし彼は以前から何度もその腕前を披露しており、例えば『母乳』(1989)収録の“Subway to Venus”では一際華やかでファンキーなホーンセクションを牽引しているし、『BY THE WAY』(2002)の“Tear”では一転してメロウな泣きメロを奏でている。
フリーのトランペットはベースのようにフリーらしいスタイルがはっきり刻まれた演奏というよりも、いまも自分らしさの在処を探求し続けているような進行形と、変わり続ける自由を感じさせる演奏だと言えるかもしれない。
今作のインスピレーションについて聞かれたフリーは、次のように語っていた。
「インスピレーション? それってすべてだよ。例えば、トランペットを弾くこと自体もそうだった。トランペットに関してはつねに謙虚に、学生のような気分で向き合っている。少しでも上手くなりたいってね。
子どもの頃はトランペットに夢中だった。
スタジアムツアーが終わって、妻がいてくれたお陰で自分の人生に初めて平静が訪れて、さあどうしよう、サーフィンでもしようか? それとも読書?……って考えていたときに、ふともう一度、トランペットを再開しようと思ったんだ。マイルス・デイヴィスやクリフォード・ブラウンみたいに吹きたいって、再び学び始めたんだけれど、トランペットを学ぶなかで自分がどんな奴なのかを再確認したんだと思う」
アン・ロネルのジャズスタンダードのカバー“Willow Weep for Me”では、本作におけるベースとトランペットの対照的な役割がより際立って感じられる。歪みきったベースが土台をガッチリ固めた上を軽やかにスキップするようなトランペット、という対比から思ったのは、『Honora』におけるベースがディレクター的なポジションにあり、トランペットがプレイヤー的ポジションで鳴っている、ということだった。
もしくは熟練した大人のフリーがベースを担い、成長期只中の子どものフリーがトランペットをやっている、とでも喩えるべきか。
「チリ・ペッパーズとして俺はパンクだ、ワンコードで最高に格好いい曲を鳴らせるんだ! っていうマインドを得た一方で、僕は音楽を正式に学んだことがないし、直感でやっていたから、ジャズの理論的な部分に対してちょっとした躊躇もあった」
とフリーは言う。そんな彼が今回、真正面からジャズと向き合うきっかけの一つになったのが、現在のジャズシーンの盛り上がりだったという。
「僕は1930年代から70年代にかけてのジャズを愛していたんだ。なのに80年代から00年代にかけてのそれは、どんどん学術的で頭でっかちなつまらないものになってしまった。でも、いまのLAのジャズシーンは最高なんだよ。サンダーキャットやカマシ・ワシントンのやっていることはジャズ至上主義じゃなくて、ヒップホップもロックも何でもありだった。ロジカルでありつつオープンでさ。そんな彼らの音楽と向き合ったとき、僕もすべてを曝け出せるって思ったし、コネクトを感じたんだよね」
こうしてフリーがすべてを曝け出した結果、「ジャズの技巧性とロックの衝動性」「インプロヴィゼーション(即興演奏)と8ビートのシンプリシティ」といった、ある種の衝突概念をドライブとしてきた彼の表現は、オーガニックな融合へとかたちを変えた。それが『Honora』の素晴らしさだとあらためて思う。
ラストの“Free As I Want to Be”はここまでで最もギタードリヴンなナンバーで、分厚いコーラスを乗せてドライブするそれはThe White Stripesのようなことになっている。ピアノを畳み掛け、デヴィッド・アクセルロッド風のシネマティックな盛り上がりを見せるフィナーレも最高だ。「思うがままに自由でいたい(free as I want to be)」というフリーの願いに相応しいアルバムの幕切れだと思う。
「トランペットが好きだった子どもの頃のあなたにこのアルバムを聴かせたら、どんなリアクションをすると思う?」と聞かれたフリーは「難しい質問だよ」と言いつつこう答えてくれた。
「僕がここまで来たプロセスを、その子どもの僕は知らないだろうからね。でも、『なかなかよくやったじゃん』って言ってくれるんじゃないかな(笑)。いまの僕を子どもの僕に見せたら、『心の中に灯りがある』と感じてくれると思う」
『Honora』を聴くと「ライブで聴きたい! 来日ツアーを組んでほしい!」と思わずにはいられないわけだが、「いまも忙しくしているけど、当然、時間があればまた日本に来たいよ。僕は日本から本当にいろんなことを学んだんだ。映画、アート、文学、歴史、哲学とね。日本人のクリエイティビティにはいつも刺激を受けているよ」とフリー。その言葉を信じて実現を祈りたい。


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