世界中の人々が求めているスマートフォンiPhoneばかりではありません。所得に見合った低価格なモデルも新興国では人気があります。
フィリピンでも長らく「Cherry Mobile」というブランドの地元メーカーが格安端末を武器に大人気でしたが、シャオミなど中国メーカーの低価格スマートフォン競争に敗退。2023年8月にフィリピンの首都、マニラを訪問したところ、もうCherryのロゴのついたスマートフォンを見かけることはありませんでした。ところが代わりに生活に必須の製品をひっさげて復活していたのです。

かってCherry Mobileのスマートフォンや携帯電話はフィリピンの国民機でした。フィリピンの平均所得は日本の1/3程度であり、Cherry Mobileは1,000円台の激安ケータイから5,000円程度の格安スマホまで、圧倒的な低価格モデルで人気メーカーだったのです。しかしスマートフォンの普及と共に中国メーカーが高品質・良性能な低価格モデルを投入すると、品質も機能も劣るコスパの悪いフィリピンメーカーの製品は淘汰されてしまいました。


しかし最近Cherryはスマートフォンからコントロールできるスマート家電をひっさげ、再びフィリピンで存在感を示そうとしています。

スマート家電は世界的にも普及はまだなかなか進んでいません。大手メーカーはスマートフォンを使って会社から自宅の照明をコントロールしたり、リビングにいながら調理家電を操作する、といった使い方をアピールしています。しかし実際にすべての家電をスマート化している家庭はまだ多くありません。

普及しない最大の理由はスマート家電の価格が高いこと。そして家電はスマートフォンと違い、1度買ったら数年間は使い続けますから、すべての自宅内の家電をスマート家電に一気に置き換える人は少ないのです。


スマート家電の普及に力を入れているメーカーとして目立っているのはシャオミで、スマートフォン同様にコスパに優れたスマート家電を開発し中国国内で販売しています。とはいえ海外向けには輸送や保管、修理のアフターケアコストがかさむことや、各国の法令に合わせたローカライズが必要など、中国販売品をそのまま輸出できません。そのためスマートフォンのようには海外展開はうまくいっていません。

一方シャオミがスマート家電を展開できるということは、製造に必要なチップやソフトウェアも汎用化が進んでおり、どのメーカーでも市場に参入できる環境が揃っているということになります。そこでCherryはこれから成長が見込まれるであろうスマート家電をフィリピン向けに展開しようとしているのです。しかも新興メーカーと違いCherryの名前は十分知られているため、ブランド力で大手メーカーに負けることはありません。


スマート家電の中でも、ドアの開閉アラームや人の動きを感知する動感センサーなどのホームセキュリティー製品は比較的手の届きやすい価格であり、設置も容易です。さらにフィリピンのような国では日々の生活に安心感を与える製品です。監視カメラを含めCherryのホームセキュリティー製品は多数のラインナップがそろっています。

これから人気になりそうな製品は家のドアの鍵を置き換えるスマートロックです。キーレスでの利用が可能なので、鍵の紛失や盗難時も安心です。Wi-Fiを内蔵しておりスマートフォンアプリ「Cherry IoT Solutions」からロック解除が可能、日々のドアの開閉記録も残すことができます。
また暗証番号、指紋認証、RFIDカードの利用もできるのです。これに加えてカメラ付きのドアチャイムをつけておけば、訪問者の顔を自宅内のみならず外出先から確認も行え、自宅の出入りをより安全にできます。

家庭内向けのスマート家電は現時点では空気清浄機や自走式掃除機など、まだ数はあまり多くありません。アプリでは複数スマート家電の連携も可能なので、いずれ製品が増えれば「室内の埃が多く検知されたら空気清浄機をONにする」といった家電間連携もできるようになります。

今後は調理家電などのスマート化も進めるそうです。現時点ではCherryブランドの家電を認知してもらうために、スマートフォンとは連携しない単体の家電製品も多数販売されています。
この戦略はシャオミも同様で、炊飯器、オーブン、ミキサー、掃除機など、製品ラインナップは家電メーカーと変わりません。

ところでスマートフォン市場では細々とビジネスを行っている程度のCherryですが、海外旅行用の5G対応モバイルルーターを出しています。「CherryRoam U50」は最大16台のスマートフォンなどを接続でき、通信速度は最大2.5Gbpsに対応します。vSIMを内蔵しており海外で電源を入れ、接続したスマートフォンアプリから料金プランを買えば現地でデータ通信が可能になります。Cherryはワンタッチで開く屋外用テントも出しており、旅行用品も展開していくようです。

先進国ですら普及が進んでいないスマート家電ですが、Cherryのように地元をよく知っているメーカーが現地のニーズやマッチした価格の製品を投入すれば、新興国でも普及が徐々に広がっていくでしょう。
いずれマニラやセブ島のホテルを訪れたら「部屋の操作はすべてスマホでできる」なんて時代がそう遠くない頃にやってくるかもしれないのです。

富永彩乃+山根康宏 富永彩乃(とみなが あやの) ITジャーナリスト/自撮り端末研究家。日本や海外各国のIT事情、特に海外の最新スマートフォンやビデオコンテンツサービスに精通。海外展示会の取材も積極的にこなし、現地からライブ配信によるレポートや動画撮影・編集も自身で行っている。スマートフォン複数台を常に使いこなし、TVやメディアへの出演も多数。 山根康宏(やまねやすひろ) 香港在住の携帯電話研究家。海外(特に中国)のスマートフォンや通信事情に精通。IoT、スマートシティー、MaaS、インダストリアルデザインなど活動の幅は広い。最新機種のみならずジャンク品から百万円のラグジュアリーモデルまであらゆる携帯電話・スマートフォンを購入する収集家でもあり、その数はまもなく1800台に達する。 この著者の記事一覧はこちら