●“2つの夢”が同時に叶い喜び&驚き
1971年にデビューし、50年以上役者として活躍している市毛良枝(73)。12月12日には東京・けやきホールにて、「音楽のある朗読会『あなたがいたから~わたしの越路吹雪~』」を開催し、昭和の大スター・越路吹雪さんのマネージャーであり希代の作詞家・岩谷時子さんとして、2人の物語を届ける。
朗読劇開催、そして2018年にドラマで演じた岩谷さんを再び演じることは、市毛が実現したいと願っていたことだという。市毛にインタビューし、同舞台への思いを聞いた。

2018年に放送された『越路吹雪物語』(テレビ朝日)は、越路さんと岩谷さんという2人の天才が辿った数奇な運命を描き、越路役を大地真央、岩谷役を市毛良枝が演じて話題に。そして岩谷さん没後10年となる今年、市毛が再び岩谷さんとして愛と葛藤の日々を語る朗読会を上演することが決定。「愛の讃歌」をはじめとした、ピアノ・チェロ・バイオリンが奏でる名曲の数々と共に、いまなお語り継がれる2人の物語を届ける。

市毛は、上演が決まった時、喜びとともに驚いたという。


「実現するんだとびっくりしました。朗読劇のような音楽と一緒に何かを読むことと、岩谷さんについて何か形にしたいという2つの夢が、1つの形になってできるんだと。いろんなところで漠然とやりたいという話はしていましたが、どちらもすごく先の夢のように思っていたので驚きました」
○■「いつの日か実現できたらいいな」と願っていた朗読劇

朗読劇をやりたいと思った理由は、「声を使った仕事が好き」という思いから。

「この仕事を50年以上やらせてもらっていますが、いまだに向いてないなとずっと思っています。自己アピールも下手だし、目立つことも得意じゃないし。でも唯一すごく好きだなと思えるのが、声を使った仕事なんです。
歌は歌えませんが、何かに思いを込めて読むことは私にできることみたいな感じで、例えば、老人ホームみたいなところで読んだりできたらいなとずっと思っていました」

そして、詩を書いて自分で読むということをしていた詩人の友人のコンサートを裏方として手伝っている中で、より朗読をやってみたいという思いが強くなったという。

「毎年彼女の詩を聞きに来る方たちが『ここでみんなと会うのがすごく楽しみなのよ』とおっしゃっていて、私もその方たちと会うのが楽しみで。彼女は自分で詩を書いていたので同じことはできませんが、朗読のようなことをやりたいと話したら、彼女も『やればいいじゃない』とよく言ってくれていました。とはいえ、通常の仕事をこなすので精一杯でなかなか現実的には難しいかなと。いつの日か遠い未来に実現できたらいいなというぐらいに思っていました」

応援してくれていた詩人の友人は2年前に亡くなり、毎年コンサートに来ていた人たちは集まる場所がなくなってしまったという。市毛は彼女のコンサートのように、定期的に集まれる場所が作れたらと考えるように。


「いつの日か、定期的にみんなが集まって、ほっとできる空間ができたらいいなと。そして、母が他界した後に、母の知人が集まってくださって私が詩を朗読する会を開いたらすごく楽しくて、『こんなことを将来やっていきたいんです』と話したら、皆さん『行きたい』と言ってくださって。その後、コロナもあり難しそうだなと思っていたら、社内で具体的に動いてくれて実現することに。願っていると叶うんだなと、今しみじみと感じています」

○■ラジオドラマなど声だけの仕事は「とても楽しい」

そして、ナレーションやラジオドラマなど、声だけの仕事は「とても楽しい」と語る市毛。通常のドラマや映画などでの演技と比べて、声のみの演技は「何倍もお芝居しないと伝わらない」と違いを述べる。

「顔が出ているときのお芝居も、心を込めないわけではないですが、表情があるからすごく思いを込めなくても成立するんです。
むしろ、あまり思いを込めすぎると、しつこくなることもあるので。ラジオドラマなど声だけになると、本当に思いを込めて言わないと伝わらず、テレビの何倍もお芝居しているなと感じます」

また、楽器のように人の声が好きだと言い、「声っていいなと。この人の声好きだなと思うと、しばらくその人の話を聞いていたくなるんです。好きな歌手の方も、声が好きな人が好きという感じで」と、自身にとって声がいかに大切なものか語った。

岩谷時子さんは「知れば知るほど素敵な方」

再び岩谷時子さんを作品として届けたいと思った彼女の魅力について尋ねると、若い頃に岩谷さんの会話を近くで聞いたエピソードを明かしてくれた。

「20歳の頃に、当時の事務所の社長と岩谷さんが話をしていて、私は2メートルぐらい離れたところでお二人の話を聞いているということが一度だけありました。
その後も、劇場にいらしているのを何度もお見かけし、越路さんと岩谷さんのお話も近い人からたくさん聞いていました。私は直接お話しすることはできず、もったいなかったなと思っているんです。もう少し勇気を持って一歩踏み出していたらお目にかかれたかもしれないのになと」

そして、『越路吹雪物語』で岩谷さんを演じることになり、台本のみならず手にできる限りの資料を集めて勉強すると、「知れば知るほど素敵な方だな」と感じるように。

「凛としている女性だと思っていましたが、若い頃はけっこうお茶目だったり、彼女の生きてきた背景がわかってくると、さらに素敵な方だなと。いつも静かな印象でしたが、心の中はものすごく情熱的だったこともわかり、自分は演じたり歌ったりしないけど、この情熱を誰かに注ぎたい、誰かに伝えたいという思いがあり、それが詩になって、その詩を誰かに歌ってもらったり。燃える思いがあるから伝えたいと思うわけで、そういう方だったんだなと知りました」

○■「私は岩谷さん的な人間なのかもしれない」と感じた共通点

岩谷さんのことを深く知った時、自分とすごく似ていると感じたという。


「私も恥ずかしがり屋で、目立つのは嫌いだし、できれば陰に隠れていたいけど、伝えたい思いはあると思った時に、厚かましいですがすごく似ている気がしてしまって、私は岩谷さん的な人間なのかもしれないと思いました」

さらに、「岩谷さんの湧き上がる情熱を文章に委ねて、その文章をパートナーである越路さんが歌ってくれるというのは、本当に幸せだったんだろうなと思うと、なんて羨ましい出会いをしているんだろうと思いました」と述べ、「その2人の物語を私が形にすることは幸せなことだし、岩谷さんを演じられることは、私という俳優として一番の名誉な場所だという気がしたんです」と、岩谷さんと越路さんの物語を届けることへの熱い思いを語ってくれた。

■市毛良枝
1950年9月6日生まれ、静岡県出身。文学座附属演劇研究所、俳優小劇場養成所を経て、1971年ドラマ『冬の華』(TBS)でデビュー。以後、映画・テレビ・舞台と幅広く活躍。40歳直前に山と出会い、登山が趣味に。1993年にはキリマンジャロ登頂を果たす。登山に関する書籍の執筆や講演会なども行っている。山のエッセイの新刊『73歳、ひとり楽しむ山歩き』が2024年2月発売予定。「音楽のある朗読会『あなたがいたから~わたしの越路吹雪~』」公演詳細はアミューズHP市毛良枝ページ参照。