●改めて感じた長谷川平蔵の強さ
作家・池波正太郎が生み出し、時代劇の傑作として君臨する『鬼平犯科帳』が、令和に新シリーズとして帰ってくる。今なお、二代目中村吉右衛門の演じたテレビシリーズの記憶が鮮明に残る人も多い大きな重圧の中、十代目松本幸四郎が、“鬼平”こと火付盗賊改方長官の長谷川平蔵として見事に立って見せる。


新たな『鬼平犯科帳』シリーズの幕開けを飾るのは、長谷川平蔵が“鬼平”と呼ばれるようになった所以(ゆえん)を描くエピソードを映像化した『鬼平犯科帳 本所・桜屋敷』(時代劇専門チャンネル 1月8日13:00~、19:00~ ※同日2回放送)。そして注目なのが、若き日の鬼平“本所の銕”こと長谷川銕三郎を、幸四郎の長男である八代目市川染五郎が演じることだ。

二人一役を演じた幸四郎と染五郎が、放送を前に、傑作時代劇『鬼平犯科帳』への思いを語った。

○銕三郎の時代があって火付盗賊改方長官としての平蔵がいる

――まずは幸四郎さんの考える『鬼平犯科帳』のイメージを教えてください。

幸四郎:いわゆる捕物帳ではありますが、悪人を捕まえるというだけではなく、むしろ人間ドラマという印象です。それぞれの人間の生きている様が描かれている。
悪を肯定するわけではないですが、一人ひとりと相対して、自分の信念を貫いていく長谷川平蔵の強さを、今回演じるにあたり改めて感じました。

――若かりし頃の親友との再会をきっかけに展開していく『本所・桜屋敷』は、文庫版の1巻に収録されている、“鬼平”誕生の所以を描く物語です。最初に読まれたときの感想を教えてください。

幸四郎:長谷川平蔵が“鬼平”と呼ばれる前の話ですが、銕三郎時代の姿から平蔵の人間らしさを感じて、「ステキだな」と思いました。その時代があって、今の火付盗賊改方長官としての平蔵がいる。そして親友・岸井左馬之助(山口馬木也)と再会できたのも全てつながっていて、「ここから『鬼平犯科帳』が始まるんだ」と感じられる作品だと思いました。


染五郎:『本所・桜屋敷』に限らず、池波正太郎先生の作品の特徴・魅力は、人間描写の細やかさ、キャラクターの一人ひとりが粒だっていることだと思います。大叔父(二代目中村吉右衛門)のシリーズでもそうですし、今回の『鬼平』でも、キャラクターそれぞれの個性や色が描かれていて、映像化された『鬼平』という作品の魅力だなと感じました。

○吉右衛門の楽屋で思った「生鬼平がいる!」

――御祖父様(初代松本白鸚)、叔父様、幸四郎さん、染五郎さんと4世代にわたって同じ映像作品に関わるというのは、非常に珍しいことだと思います。そのことには、どんな印象をお持ちですか?

幸四郎:歌舞伎では同じ役を代々演じることはよくあることですが、映像では確かにあまり想像できないことですよね。叔父(中村吉右衛門)が演じていたときは、純粋に「カッコいいな」と思って見ていました。自分が出演させていただいて楽屋に挨拶に行ったときも、「生(なま)鬼平がいる!」と思ったくらいでしたから(笑)。
それだけ『鬼平犯科帳』というのは、普遍的に、いつの時代にも受け入れられる作品なのだと思いますし、それに出会えたことを幸せに思っています。

染五郎:純粋にうれしいです。今回演じるにあたり、大叔父が演じられていた銕三郎の姿を拝見して、そして演じさせていただき、とても好きな役になりました。また機会があれば、銕三郎として参加したいです。

――同一人物を演じるにあたって意識したこと、共通認識などはありましたか?

幸四郎:まず長谷川平蔵の“鬼平”という呼び名が、すごい名前ですよね。そこには銕三郎時代のインパクトがすごくある。
どういう時代を過ごしていたのかを、実際にお見せすることによって、鬼平と言われる所以を強く感じていただけるのではないか。だからこそ、銕三郎から(物語が)始まるというのは、今回の大きな特徴ではないか、という話はしました。そして池波先生の描かれた『鬼平犯科帳』そのものを、しっかりと丁寧に作っていく。やるからには持っているものを全部出し切って、撮影に向かう姿勢や気持ちというものを一つにしようと。

染五郎:自分はあくまでも、父の演じる平蔵の若い頃を演じるのだという気持ちで撮影に臨んでいました。同じシチュエーションのシーンでは、父と同一人物に見えるように工夫しました。


――映像を拝見して、吉右衛門さんの鬼平よりも、若干優しい空気のある鬼平だと感じました。幸四郎さんの個性が出ているのかなと。

幸四郎:特に叔父の平蔵との違いを出そうと思うのではなく、とにかく自分が長谷川平蔵という役をどう演じることができるか。池波先生の原作、そして大森寿美男先生の脚本、山下智彦監督の世界をどれだけ体現できるか、ということに徹しました。唯一意識したのは、叔父の平蔵を真似しようとしない、ということだけです。真似したい気持ちもありましたが、そうすると芝居にならないし、自分が鬼平を演じるという意味を大事にしました。


妻役・仙道敦子のファンクラブ会員だった


――共演者の方の印象をお聞かせください。

幸四郎:クランクインが相模の彦十役の火野正平さんとのシーンで、いきなり火野さんからかと思いました(笑)。でも、すでに「彦十だ」と思える佇(たたず)まいでいらっしゃったので、安心して飛び込んでいけました。妻・久栄役の仙道(敦子)さんに関しては、実は10代の頃にファンクラブに入っていたんです。

――そうなんですか!?

幸四郎:だからって、僕が「仙道さんに妻役をお願いして」と頼んだわけじゃないですよ(笑)。キャスティングされたのは制作の方ですが、もう35年くらい前のことですかね。やっと気持ちを言える時が来たなと。お伝えして逆に距離を置かれた感じもありましたが(笑)。でも、久栄との場面は平蔵が一番ニュートラルにいられる大事なところですから。今回仙道さんが演じられたことによって、時間の流れが非常に心地よいものになりました。また、同心はじめそれぞれのキャラクターにエピソードがあって、キャストのみなさんは素晴らしい方ばかりでした。

染五郎:松平健さんや火野正平さんといった、錚々(そうそう)たる方々とご一緒させていただいて、大変貴重な経験となりました。若い世代の方との共演を通しても先輩方とはまた違う刺激がありました。とてもうれしかったです。

――若い世代との言葉が出ましたが、染五郎さんは、ご自分と同じ若い世代に、どのようにこの作品を楽しんでもらいたいですか?

染五郎:若い方にこういうふうに見てほしいとか、こういうところを注目してほしいというよりも、今この時代に生きる若い方たちがこの作品を見たら、どのように感じるのかということに興味があります。それは、歌舞伎にもつながることだと思っています。

○時代劇の魅力を一人でも多くの方に

――京都の松竹撮影所で殺陣をされた感想と、お互いの殺陣を見ていかがでしたか?

幸四郎:ここまで殺陣ができるのかという驚きはありました。職人の集まりですから、そうした撮影所の空気をたくさん吸って、吸収してほしいと思いましたね。自分としては、今できることはやり切ったと思います。

染五郎:同じ日に撮影することがあり、平蔵姿の父を見て、あくまで銕三郎としてですが、未来の自分を見ているような、不思議な感覚になりました。殺陣に関しては、撮影に入る前に稽古を何回かさせていただいて、父の殺陣の稽古も見学しました。幼い頃から、父が「劇団☆新感線」の舞台で殺陣をやっている姿を見ていてカッコいいなと思っていたので、歌舞伎とは違うスピード感のある父の殺陣を、間近で見られたのはすごくうれしかったですし、自分もそれを目指したいと思いました。

――撮影から放送まで間があったかと思いますが、いよいよ放送になります。最後に、今のお気持ちを、ひと言お願いします。

染五郎:出来上がりを見て、いち観客として面白かったです。個人的には、舞台や映像などで照明を見るのがすごく好きで、こういう色の照明をこんな色のものに当てるとこう見えるのかとか、こんな角度から当てると印象が変わるのかなどと考えながら観てしまいます。この『鬼平犯科帳』は、個人的に照明がすごいと思っていて、映像の中の空間と同じ場所にいるような気持ちになれます。やっと視聴者の皆さまのところに届けられることが楽しみです。

幸四郎:皆さんに見ていただける日がようやく来たのか思うと、とても楽しみです。現場にいて演じていた身ではありますが、出来上がりを見て、感動しました。とても良い時代劇だと。この『鬼平犯科帳 本所・桜屋敷』で2024年を始められることを、本当にありがたく思っていますし、時代劇の魅力を一人でも多くの方に感じていただきたいと思っています。(本作を通して)感動していただきたい、というよりも、ちょっとした刺激を与えられることができればいいなと思っています。

●松本幸四郎1973年生まれ、東京都出身。歌舞伎俳優・俳優。5歳のとき、父が主演したNHK大河ドラマ『黄金の日日』の最終回に子役として出演する。翌年、歌舞伎座『侠客春雨傘』で三代目松本金太郎を襲名して初舞台を踏んだ。81年に七代目市川染五郎を襲名、18年に十代目松本幸四郎を襲名。古典から新作歌舞伎、二枚目から女方まで務め上げる。また、劇団☆新感線の舞台や映像作品など、歌舞伎以外の活躍でも幅広く知られている。

●市川染五郎1
2005年生まれ、東京都出身。歌舞伎俳優・俳優。07年に歌舞伎座『侠客春雨傘』で初お目見え。09年、歌舞伎座『門出祝寿連獅子』で四代目松本金太郎を名乗り初舞台。18年、八代目市川染五郎を襲名。21年の劇場アニメ『サイダーのように言葉が湧き上がる』では、主人公の声を演じた。23年はベストジーニスト次世代部門に選ばれた。

・松本幸四郎
 スタイリスト:川田真梨子 衣装協力:DbyD*Syoukei
 ヘアメイク:林摩規子

・市川染五郎
 スタイリスト:中西ナオ 衣装協力: BARENA
 ヘアメイク:AKANE

望月ふみ 70年代生まれのライター。ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画系を軸にエンタメネタを執筆。現在はインタビュー取材が中心で月に20本ほど担当。もちろんコラム系も書きます。愛猫との時間が癒しで、家全体の猫部屋化が加速中。 この著者の記事一覧はこちら