心無い言葉が飛び交う一方で、ユーザーの本音が垣間見えるSNS。昨今、テレビドラマや邦画について「誰に向けて作っているのか分からない」「制作者と一般人の感覚に隔たりがあるのではないのか」などという辛らつなコメントを見ることがある。
そんな中、映画監督で今年1月クールのドラマ『春になったら』(カンテレ・フジテレビ系)も演出した穐山(あきやま)茉由氏は「映像業界だけの当たり前の中に入ってしまうと、そこだけでしか物事が見えなくなっちゃうことがあると思うんですよ」と語る。
実は彼女、映画監督・脚本家でありながら、ファッション業界の会社員でもあるという非常に稀な立ち位置にいる。かつては「物事をとことん突き詰めるべき」という職人気質が美徳とされていたが、近年の働き方改革によって、彼女のように“二刀流”が可能になったのだ。そんな穐山氏に、“今どき”のクリエイター論を語ってもらった――。
会社が新たな働き方を創生
子どもの頃から「ものを作るのが好きでした」と穐山氏。映画好きであり、『この子の7つのお祝いに』などの増村保造監督や、『スクール・オブ・ロック』『6才のボクが、大人になるまで。』などのリチャード・リンクレイター監督ら、エンタメ系からアート系まで幅広く楽しんでいた。だが当時は「見る専」であり、大学卒業後はOEMメーカーに就職。転職して現在はファッション業界でPRの仕事に就いている。
そんな彼女が映像業界に触れたのは、とあるワークショップ。20代後半になり、もの作りの血が騒ぎ、写真や音楽といろいろ手を伸ばしていた頃の出会いだった。
「予想以上に面白かったんです。
その修了制作作品『ギャルソンヌ -2つの性を持つ女-』が田辺・弁慶映画祭に入選し、華々しいデビューを飾る。その後も長編デビュー作『月極オトコトモダチ』が「第31回東京国際映画祭」に出品され、「MOOSIC LAB 2018」では長編部門グランプリほか4冠を受賞。2019年「新藤兼人賞」に最終ノミネート。2作目のオリジナル長編『シノノメ色の週末』では「第31回日本映画批評家大賞」新人監督賞を受賞。23年秋には映画『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』が公開された。
「『月極オトコトモダチ』を出品した頃、監督・脚本業を仕事としてやっていきたいと思うようになり始めました。勤務している会社も、私が本気であるということに気づいてくれたようで、話し合いの結果、正社員という雇用ではなく、映像の仕事と両立可能な雇用形態を新たに作ってもらい、今に至ります」
制作者と視聴者とのかい離を生んでいるかもしれない
穐山氏は、草なぎ剛主演の『僕シリーズ』や、『がんばっていきまっしょい』『ブスの瞳に恋してる』といったドラマに、『SMAP×SMAP』などのバラエティ番組を担当した元カンテレの重松圭一プロデューサーが設立した映像制作集団「g」に所属した。それまでは脚本家が参加してきたが、監督の所属は穐山氏が第1号だ。重松氏は、“二刀流”で活躍する彼女のことを「非常に珍しいと思います」と捉えた上で、「我々が映像制作集団として脚本家だけでなく監督とも一緒にやっていこうと考えたとき、最も意識したのは“多様性”でした。映像というのはそれこそ専門職で、誰よりも映像が好きな方々が作っていますが、それが制作者と視聴者とのかい離を生んでいるかもしれない。ですが、穐山さんのような視点を持った方が映像を作ることで、映像業界の裾野が広がることは絶対あるだろうと思ってマネジメントさせてもらっています」と活躍を期待する。
穐山氏も「映画を作っていると、映像作品が好きな人が周りに多いので、今はちょっと薄れてはいますけど、業界的に“これを観ているのは当たり前だよね”、“映画はやっぱり映画館で観るもの”といった感覚が強かったんです。
映像界の伝統を否定したいわけではない
一人の社員のために新しい雇用形態を作るということは、過去の日本ではなかなかあり得ないことだっただろう。このおかげで穐山氏は、制作側と視聴者側の架け橋に。また業界を俯瞰して見られる映像界の“イーグルアイ”を身に着けた。
それでも、「これまでの映像界の伝統を否定したいわけではないんです」と強調する穐山氏。「昔の映画も大好きですから、そういった環境、慣習があったからこそ、あんな名作が生まれたということも理解しています。ですが現代の映像に対する多様な価値観をふまえつつ、もの作りへの情熱を大事にしながらアプローチしていくのに必要なのは“バランス”なんだと考えています」と認識している。
今年1月クールには、連続テレビドラマを初体験。映画と違い、台本と並行して撮影が進むことで結末が見えない中での作品作り、複数の監督が演出する中でのカラーのすり合わせ、視聴者の反響を目にしながらの調整など、新たな経験を積んだ。
「テレビドラマの良さって、約2時間尺の映画では掘り下げられない部分も描けるし、登場人物の新しい一面など、それだけでも1シーンが撮れてしまう贅沢さが挙げられると思います。他にもいろいろありますが、これからも積極的に関わっていけたらうれしいですね」
映像制作集団「g」が目指す“物語”への回帰
穐山氏が所属した「g」は、重松氏がテレビ局やプロダクションなどの“行政”によって、自由にものづくりができない状況に直面した経験があり、「もっとクリエイターがやりたいことをやらないと日本のエンタテインメントはダメになる。忖度やコンプライアンスなど時代が変わってきている中で、グローバルの視点で日本のエンタメを考えて作った」(重松氏)映像制作集団だ。深刻な問題として捉えるのは、クリエイターのギャラの安さだ。先日、岸田文雄首相が「アニメやゲームを日本のコンテンツとして力を入れる」と発表したが、これに対して、「クールジャパンの時のようにハコモノを作るより、まずはアニメーターのギャラの安さを解決すべき」といったコメントが多くあがった。これは実写業界でも同じだ。
だが日本では、「ギャラを上げてほしい」と申し出ると「金、金、金か」「銭ゲバだ」などと言われてしまう悪しき習慣がある。一方、ハリウッドでは、本人ではなくエージェントがしっかりと値段交渉し、脚本家がビバリーヒルズに豪邸を構えている。そのエージェントとして「g」が作られた経緯もある。
先日、俳優の鈴木亮平が『だれかtoなかい』(フジテレビ)に出演した際、「日本の映像界は韓国から20年くらい差を開けられた」と発言し、物議を醸した。日本のゴールデン・プライム帯ドラマの制作費が1話3,000万円前後である一方、韓国ドラマの主役級のギャランティはは1~2億円とも言われている。
「これでは新たな才能が業界に入ってこない。つまり業界自体が衰退してしまう。確かに韓国は世界で戦うために国に働きかけるなどしてその予算をつけた。日本だけで回そうとしたらその規模感になるのは仕方ない」と重松氏が現状を捉えるように、ただでさえ諸外国に追いつけない状況で、将来を担うZ世代を育てなければならない今、“情熱”だけでなかなか人は集まらないのだ。
それでも、重松氏は力強く語る。
「僕は予算だけで負けているとは思っていない。最初に“物語”があるべきだと思っています。韓流ドラマも好きな俳優はたくさんいますが、どちらかといえば“物語”で面白いと思うんです。日本は一回、“物語”に回帰すべきではないでしょうか。そのために脚本家と演出家を集め、いい“物語”を作りたい。それを世界へ持っていきたいと思い『g』を作りました。そして穐山さんにオファーしたのは、先ほど言った多様性を持っているから。つまり穐山さんにお願いしたことが『g』の意思表明のようなものなのです」(重松氏)
たしかに、洋画のポスターを見ると“物語”を思わせるものが多いところ、邦画のポスターは出ている俳優陣を並べた“ブロッコリー状”になっている。筆者もドラマ制作会社に企画を出すことがあるが、キャストの“人気”が相当重視される。
それが悪いと言っているのではない。一度、“物語”という原点に回帰すること。
●穐山茉由ファッション業界で会社員として働きながら、映画美学校で映画制作を学ぶ。修了制作作品『ギャルソンヌ -2つの性を持つ女-』が第11回 田辺・弁慶映画祭 2017に入選。長編デビュー作『月極オトコトモダチ』が第31回東京国際映画祭に出品され、MOOSIC LAB 2018では長編部門グランプリほか4冠を受賞。2019年新藤兼人賞に最終ノミネート。2作目のオリジナル長編『シノノメ色の週末』では第31回日本映画批評家大賞 新人監督賞を受賞した。23年には映画『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』が公開。24年1月クールのドラマ『春になったら』(カンテレ・フジテレビ系)で、連ドラ演出に初挑戦した。
衣輪晋一 きぬわ しんいち メディア研究家。インドネシアでボランティア後に帰国。