Apple Watchは、2014年9月に発表され、2015年4月に発売された、Apple初のウェアラブルデバイスです。この10年間、スマートウォッチカテゴリを牽引し、今もなお、半数以上が新規にApple Watchを購入する顧客となっています。


最も成功しているウェアラブルデバイスの1つであるApple Watchは、いかに作られてきたのか。そして、人々の生活をどのように変えてきたのか。どんな未来を目指していくのか。

今回は、Apple Watchを担当するCOO(チーフ・オペレーティング・オフィサー)のジェフ・ウィリアムス氏、フィットネステクノロジー担当副社長でパーソナルトレーナーとしても著名だったジェイ・ブラニック氏、ヘルスケア担当副社長で医学博士のサンブル・デサイ氏にインタビューする機会に恵まれました。

この10年で起きたこと

Apple Watchは、2024年9月に発売された新モデルに「Series 10」と名付けている通り、登場して10年目を迎えました。

10作目では、ステンレススチールの上位モデルをチタニウムに変更して、高い質感はそのままに軽量化を実現。アルミニウムモデルも合わせて、ケースそのものの大型化と薄型化を行い、より見やすい画面と軽快さを併せ持つモデルとなりました。

COOのジェフ・ウイリアムズ氏は、Apple Watchの10年間の進化について、困難がたくさんあったと振り返りつつ、以下の3つのポイントで総括しました。

人々が時計を身に着けなくなった、というダウントレンドを覆したこと
技術の進歩
健康分野

「10年前、特に若者の間で腕時計は衰退していました。人々は腕時計を着けなくなっていました。携帯電話を持ち、携帯電話で時間を確認していたからです。明らかに腕時計は衰退していました。


ですから、この分野に参入した私たちの目的の一つは、人々が本当に欲しいと思うほど十分な実用性があり、毎日使いたくなるような、身につけるもの、腕時計の形をしたものを創り出せるかどうかということでした」(ウイリアムズ氏)

実際、10年前を振り返れば、スマートフォン時代が幕開けし、4G LTEがアメリカをはじめとした各国で普及し、スマートフォンが生活必需品として、デスクトップのインターネット環境を上回るようになるタイミングでした。

携帯電話のロック画面、アプリ実行中の画面には、ほぼ必ず時計が表示されており、携帯電話の画面を見ている時間が長くなればなるほど、「時間を確認する」という腕時計の主たる役割が失われていきました。

ウイリアムズ氏はApple Watchにチャレンジする際、「(腕時計の役割低下という)トレンドを覆したい」という強い思いが背景にあったそうです。
初めてづくしのテクノロジー

Apple Watchは、そうしたダウントレンドのフォームファクターに対するチャレンジであり、そのために必要なことこそ、テクノロジーとの融合だったのです。

「これほど小さなデバイスに、どれほどのテクノロジーを詰め込むことができるか?という課題です。

Apple Watchには、多くの初めての機能が搭載されました。Appleが製品で好んで行うことのひとつは、技術の進歩をすべて背景に隠し、顧客が素晴らしい体験をしていることに気づかないようにすることです。

しかし、その背景には驚くほどの作業量がありました」(ウイリアムズ氏)

ウイリアムズ氏が例に挙げたのは、タッチパネルのテクノロジーです。タッチディスプレイを手首につけっぱなしにするデバイスで何が起きるのか、Apple Watchが世に出る以前に想像することは難しかったと振り返ります。

「最初のプロトタイプを手に入れたとき、それを身に着けてジムでトレーニングをし、それからシャワーを浴びました。シャワーを浴びているとき、シャワーが水に当たった瞬間、ワークアウトが開始されたのです。これは誤動作だ、ということで、そのスクリーンを担当していたエンジニアに電話をしました。


Apple Watchは最初のタッチスクリーン製品ではありませんでしたが、身につけるタイプのタッチスクリーンとしては初めてのものでした」(ウイリアムズ氏)

技術自体は初めての実装ではないが、使われるシーンが初めてづくしだった……。これがApple Watch登場時の状況であり、ウイリアムズ氏は「あらゆることが正しく動作するよう作り込むことに苦労した」と振り返ります。
自分も睡眠時無呼吸だったが、改善に向けて生活が変わった

Apple Watchが人々の生活を変えた大きな要素として、3つ目にジェフ・ウイリアムズ氏が挙げたのは「健康」でした。しかし、この影響は初めから見出していたものではなかった、と指摘します。

「当初は、健康面で今のような影響力があるとはまったく考えていませんでした。 私たちは当初、主にフィットネスに焦点を当て、人々により活動的になるよう促していました。

その後、Apple Watchに心拍モニターが搭載されていたため、健康状態を特定し、健康問題を警告してくれるようになりました。そして、このような手紙を多く受け取るにつれ、その分野でさらに多くのことを行う機会にますます興奮するようになりました」(ウイリアムズ氏)

健康機能への着目は、Series 3で利用できるようになった心拍の通知がきっかけとなりました。

その後、規則正しいリズムの通知から心電図の測定、転倒検知への対応、血中酸素ウェルネスアプリ、ハードウェアとソフトウェアの実装を通じて、健康的に生きるために役立つ機能を追加し続けてきたのです。

そしてApple Watch Series 9、Ultra 2、そして最新のSeries 10で利用できるようになる新しい健康機能として「睡眠時無呼吸」の検出が入りました。10日以上の睡眠計測を行い、30日間経過すると、睡眠時無呼吸の症状に関する通知が届くようになる仕組みです。

ここでウイリアムズ氏は、自身も睡眠時無呼吸だったことを明らかにしました。


「私自身、睡眠時無呼吸を患っています。何年も前にそのことを知りましたが、この病気にかかっているにもかかわらず、多くの人と同様に、自分がそうであることに気づいていませんでした。睡眠時無呼吸であることを知り、治療法が見つかった途端、私の生活は劇的に改善しました。まるで新たな人生を一歩踏み出したような気持ちでした」(ウイリアムズ氏)

自身の経験からも身をもって、気づかない症状について知り、健康的な生活に向けての改善のきっかけを知らせてくれる。Apple Watchは人々にとって、自分自身をより良くするためのデバイスとしての進化を続けています。

ウイリアムズ氏は、「健康問題を抱える誰かを助けることほどやりがいがあり、これ以上インパクトがあることはない」と言います。今後も、Apple Watchは、世界中の人々の「健康に気づく」パートナーとしての進化を続けていくことになるでしょう。
3つのリングという発明の10年

Appleでフィットネスを担当する役員を務めるジェイ・ブラニック氏は、Apple Watchの10年をこのように振り返ります。

「我々のチームは、フィットネスリングを生み出した経験を、本当に大切にしています。これに限らず、Apple Watchのフィットネス機能の背景には、科学的な根拠があります」(ブラニック氏)

多くの人にとって運動の計測は、Apple Watch以前は歩数のカウントだった、とブラニック氏は指摘します。自身のパーソナルトレーナーとしてのキャリアに照らしても、歩数カウントだけでは運動量と移動量の計測しかできず、運動強度と頻度については分からない、という気づきがありました。

「重要なのは、量だけでなく、運動強度と頻度なのです。


自分は運動している!という人も、その運動が早歩きレベルであれば、心臓の健康や筋力的なメリットをそれほど得られるレベルではありません。

あるいは、毎朝10キロ走っていても、その後オフィスで長時間座っているかもしれません。長時間座っていることで、いくら運動していても、健康リスクが高まります。

だからこそ、運動量・運動強度・運動頻度の3つが重要で、素晴らしいデザイナーたちと協力し、それを最もシンプルに表現する方法を考えたのです」(ブラニック氏)

3つのリングはカスタマイズ可能で、達成するための条件を、それぞれの人に合わせて調節できます。自分に合った調節をして、リングを閉じようと心がけること自体が、人々にとって与えている健康と運動に関する洞察である、とブラニック氏は指摘します。

「Apple Watchによってもたらされた、「人々をやる気にさせ、体からのインスピレーションを受け取る」という行動変容が起きました。Apple Watchが作り出した新しい生活習慣は“測定がモチベーションになること”でした」(ブラニック氏)
ヘルスケアチームとの連携という「最高の経験」

フィットネスチームを率いるブラニック氏は、Apple Watchのプロジェクトを、科学に基づいて構築している、と強調しました。その上で恵まれていることとして、「ヘルスケアチームと一緒に仕事ができること」を挙げました。

「Appleには、フィットネスチームと並んで、ヘルスケアチームがApple Watchのプロジェクトに携わっています。このことは非常に重要で、最大の喜びともいえます。

フィットネスは、健康と密接に関係しています。日常生活で体を動かすことに対してモチベーションを高める機能を作ることは、もしかしたら命を救えるかもしれないのです」(ブラニック氏)

ブラニック氏は、10年前までは、ウォーキングやランニングの際に、自分がどれだけの距離を走ったのか、気軽に計測できなかった、と振り返ります。
同時に、その時の心拍数や運動強度、努力の度合いといった数値も、発見することはできませんでした。

今から考えれば、自分自身のことについてあまりに無知すぎた、とすら指摘できるのです。

「私たちが目指すのは、テクノロジーが健康とフィットネスにおいて、非常に重要な役割を果たすことだと思います。何億もの人々の良い習慣の維持を手助けし、計測がモチベーションになり、健康に良い影響を与える姿が見たいのです。

Apple Watchを通じて、あなたが自分自身の体で起きていることをもっと知りたいと考えるようになりました。そして、知れば知るほど健康を管理できるようになり、良い影響を与えることにつながるのです」(ブラニック氏)
命を助けるApple Watchのアプローチ

Appleでヘルスケアを担当する役員で医師のサンブル・デサイ氏は、「Apple Watchのおかげで命が助かりました」という手紙が頻繁に届くといいます。デサイ氏は医師として、この現象を次のように評価しています。

「人々の生活に、より大きな影響を意味のある方法で与えたいと願い、ヘルスケア分野に取り組んでいます。

この取り組みは、正確なカロリー計算のために、精密な心拍計をApple Watchに搭載したところから始まりました。

しかし医学的な視点に立つとき、手首に常に心拍計を装着していることで得られる知見がたくさんあります。アレルギー反応や心臓発作、心房細動など、個人の健康問題に関わる気づきが得られます。そこで“不規則なリズムの通知”を追加するところから始めました」(デサイ氏)

Apple Watch Series 3から利用できるようになった不規則なリズムの通知に始まり、心電図、血中酸素、睡眠、そして最新のSeries 10で睡眠時無呼吸の検出に対応しました。


「自分自身を計測することは、自らの健康に向き合う最適な方法です。そのうえで我々が果たす役割は、深刻な問題になる前に、問題の可能性を積極的に見つけ出す、というアプローチであると考えました。

科学に基づいて、病気や疾患の予防に関するアプローチを強化することが、Apple Watchで取り組んでいるヘルスケアであり、現在ではiPhoneやAirPodsも活用した取り組みへと広がりました」(デサイ氏)

Appleは、フィットネス、ヘルスケアの機能を作る際、非常に綿密で大規模な調査と研究を行い、臨床的に正確で有効な機能づくりに取り組んでいます。

心臓や聴覚などの機能作りについては、日本を含む先進各国の医療機関と連携しながらの医学研究プロジェクトを実施し、オープンかつ大規模な研究から知見を得て行われてきました。テクノロジー企業にいながら、デサイ氏は、医学の世界に対してもインパクトのある活動を継続していく基盤となることに重点を置いていました。

「行動力と正確性を可能にする科学が、健康に関してより積極的かつ予防的なアプローチを実現するのです。

ですから私たちは、人々が健康についてよく考え、病気になったときだけでなく、健康なときでも病気を回避できるよう、引き続き努力を続けていきたいと考えています。

それがまさに、私たちが健康に関する取り組みを継続し、前進させたいと考えている分野なのです」(デサイ氏)

今回のApple Watchに関するインタビューで分かったことは、「Apple Watchはテクノロジーとサイエンスとヘルスケアの交差点にある」ということでした。

人々の行動を変えて運動することに対してモチベーションを高め、同時に未知の健康に関する示唆を発見する。そんな存在こそ、Apple Watchが10年かけて築き上げてきた「新しい健康的な生活の基盤」としてのポジションだった、と振り返ることができます。

著者 : 松村太郎 まつむらたろう 1980年生まれのジャーナリスト・著者。慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程終了後、ジャーナリストとして独立。2011年からはアメリカ・カリフォルニア州バークレーに移住し、サンフランシスコ・シリコンバレーのテクノロジーとライフスタイルを取材。2020年より、iU 情報経営イノベーション専門職大学専任教員。 この著者の記事一覧はこちら
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