米アップルはこの3月、「iPad」シリーズの新機種「iPad Air(第7世代)」と「iPad(第11世代)」の2機種を発表しました。いずれも価格を抑えながら性能向上を図っている一方で、iPad(第11世代)に搭載されたチップセットは、アップルが力を入れている「Apple Intelligence」に対応しない「A16」でした。
iPhone SEの後継と目された「iPhone 16e」は高額との批判を集めながらもApple Intelligenceに対応させた一方で、なぜiPadは対応させなかったのでしょうか?
新「iPad Air」「iPad」はともにコスパ重視の進化
去る2025年3月12日、アップルはタブレットの「iPad」シリーズの新機種をいくつか発表し、注目を集めました。その1つは「iPad Air」の第7世代モデルであり、前機種となる第6世代モデルと同様、11インチと13インチの2モデル展開であるなど多くの点は変わっていないのですが、唯一大きな変更点となるのがチップセットに「M3」を搭載したことです。
M3は「iPad Pro」での採用実績こそありませんが、1世代前の「MacBook Air」などに搭載されていたチップセットであり、第6世代のiPad Airが搭載していた「M2」の上位版というべきもの。もちろん、アップルが現在力を入れているAIプラットフォーム「Apple Intelligence」にも対応しており、日本でも2025年4月にApple Intelligenceが利用できるようになりました。
それでいて、第7世代のiPad Airは価格が据え置かれており、最も安いストレージ128GB・Wi-Fiのモデルで、11インチであれば価格は98,800円、13インチであれば128,800円となっています。iPad Airは、第6世代で大画面モデルを増やすなど大きな変更なされたことから、今回は性能向上と価格に重点を置いたといえそうです。
そしてもう1つ、新たに発表されたのが「iPad」の第11世代モデルです。iPadは、iPadシリーズの中でも最も値段が安いエントリーモデルと位置付けられていますが、前機種となる第10世代iPadは円安が直撃し、国内での当初の販売価格が68,800円台からと“爆上がり”したことで不満を高めたのも確かです(のちに58,800円からと値下げがなされている)。
それだけに第11世代のiPadは、購入しやすさに重点が置かれている様子です。実際、第11世代iPadは最も安い128GBのWi-Fiモデルで58,800円と、iPad Airと同様に前モデルから価格が据え置かれています。ただ、第10世代のiPadはストレージ構成が最小で64GBだったことを考えれば、第11世代iPadはストレージが増量された分お得になったともいえそうです。
こちらも性能向上が図られており、チップセットには「A16」を搭載。
これは、2022年発売の「iPhone 14 Pro」や2023年発売の「iPhone 15」に搭載されていたもので、現在でも十分高い性能を持つことは間違いないのですが、一方で気になる点も1つあります。それは、Apple Intelligenceに対応していないことです。
低価格帯タブレットで競争激化、AIより価格重視に舵
昨今のAIブームの影響もあって、アップルもグーグルなどの競合に対抗するべく、自社デバイスのApple Intelligence対応に非常に力を入れています。なかでもそのことを象徴していたのが、2025年2月に発表された「iPhone 16e」です。
iPhone 16eはチップセットに「A18」を搭載し、Apple Intelligenceに対応させることを重視しながらも、カメラを1眼に抑え、モバイル通信に必要なモデムに独自開発のものを採用するなど、随所でコストを抑えてより購入しやすくしたiPhoneとして注目されました。
ですが、iPhone 16eは低価格のiPhone「iPhone SE」の後継と目されていたにもかかわらず、そのiPhone SEの第3世代モデルと比べ米国では100ドル以上、日本では3万円以上も値段が上がったため、不満の声が噴出したことも確か。それだけ価格が上がっても、アップルはApple Intelligenceへの対応が重要、という姿勢を示したのです。
それにもかかわらずアップルは、iPhone 16eより後に発売したはずの第11世代iPadに、Apple Intelligence非対応のA16を搭載したのですから、かなり意外な印象を受けたのも確かです。その要因はやはり、価格にあるといえそうです。
iPadは、iPadシリーズの中で最も低価格の領域を担っていますが、タブレットは低価格の領域こそ最も競争が激しくなっています。実際、アップル以外の他社が販売するAndroidタブレットは、その多くが動画視聴などを主体とした、より一層低価格のローエンド製品が主流ですし、性能が高いモデルも低価格化の傾向が強まっています。それらと対抗する必要があるiPadはあまり価格を上げられない、というのが正直なところなのでしょう。
加えてiPadは、やはり低価格のニーズが強い教育機関でも多く採用されており、そちらでは低価格のChromebookと対抗することが求められています。日本でも、ICT教育の強化に向けた「GIGAスクール構想」が第2期に入ったことで、教育機関での新たな端末購入需要も生まれているだけに、大きな導入数が見込める教育分野で競合と対抗するうえでも、性能より価格という判断が働いたといえそうです。
もっともApple Intelligence、ひいてはスマートフォンメーカー各社が力を入れるAI関連機能は、正直なところ一般消費者に明確な価値を与えているとは言い難く、とりわけ日本ではサービス提供遅れの影響もあって消費者の支持を得るには至っていません。少なくとも、日本の消費者は価格の安さを明確に求めているだけに、第11世代iPadでAIより価格を重視したアップルの判断は正しかったといえそうです。
佐野正弘 福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。 この著者の記事一覧はこちら
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