猛暑が続く夏本番。大人にとっては、お盆休みを除けばただ暑いだけの変わらぬ毎日だが、小学生たちにとっては一年で最も遊べるシーズン=夏休みである。
いかにAIが今後の暮らしや働き方を変える!と世間をざわつかせようが、次世代を担う小学生たちの一夏の基本フォーマットは大人になってしまった私たちと変わらないのである。……前置きが長くなってしまったが、そんな夏休みにピッタリのイベントが、東京・日本橋エリア一帯を使って行われた。毎年、事前予約は“瞬殺”だという大人気イベント「夏のわくわくキッズフェス 2025」に、大人の社会科見学気分で……もとい、小学生に戻った気分で参加してきた。
○■大人も思わず参加したくなる、貴重な体験が目白押し!
7月25日~27日の3日間にわたって開催された「夏のわくわくキッズフェス 2025」。日本橋の街のあちこちで同時多発的にワークショップが行われる。
今年で3回目となる本イベント、ワークショップに参加するには事前予約が必要なのだが、毎年予約開始直後、あっという間に埋まってしまうそうだ。何しろ行われる場所は職業体験施設でなく、「働く現場そのもの」。この時だけに入ることが許される場所や、触れることが叶う貴重な文化的資料もある。25社・店舗によるワークショップは体験を通して楽しく学べるものばかりで、大人だって思わず自分が参加したいと思うものばかりだ。
○ワークショッププログラムの一例
・デパートインフォメーション体験(日本橋三越本店):江戸時代から伝わるまごころを学ぶ
・ホテリエ体験(マンダリン オリエンタル 東京) :五つ星ホテルのおもてなしを体験
・料理教室(「三四四会」加盟店・日本橋ゆかり) :食の伝統を受け継ぐ
・宇宙ミッション体験教室(一般社団法人クロスユー):空き缶サイズの模擬衛星でミッションを体験
今回の取材では、数あるワークショップの中から、いくつかに同行させてもらった。まずは集合・受付場所である江戸桜通り地下歩道へ向かう。
○■果物サンプリング体験@千疋屋総本店
まず向かったのは、千疋屋総本店。1834年創業の言わずと知れた老舗高級果物店だ。子どもたちが体験するのは果物のサンプリング配布。実際に店頭に立って、訪れた客に手渡していくのがミッションだ。
まずは自分たちが配るシャインマスカットの準備から。1つずつ、小さな説明書きの紙片とともにビニール袋に梱包する。担当者の説明指示を受けて、黙々とてきぱき作業していく。
準備が整ったら、いざ店頭へ。大人用のはっぴを羽織り、店頭前に並ぶ子どもたちはとてもかわいらしい。説明を受けて、各自お店を訪れるお客様を見つけるや否や、さっと近づいて黄緑色に輝くシャインマスカットを手渡していく。
知らずに店を訪れたお客さんは、思いがけないプレゼントに驚きつつも、子どもたちから話しかけられて耳を傾ける。
参加した親子のうちのお一人に聞いたところ、普段から馴染みのあった千疋屋での職業体験と聞いてぜひとも参加したいと申し込んだそう。昨年は申し込みしたものの敗れてしまい、今年は予約開始に合わせてスタンバイして見事参加権をつかんだと教えてくれた。
○■神主さん体験@福徳神社
次に向かったのは、福徳神社。整然と立ち並ぶ商業ビルの狭間にぽっかりとそこだけ神社が残っている姿は、初めて訪れるとなかなか不思議な風景なのだが、貞観年間(859-877)より鎮座しており、徳川家康公も参詣したという由緒ある神社だ。そこでなんと、神主が行うお祓いの儀式をひととおり体験させてもらえるという。
最初から最後まで、子ども用にかいつまんだ“ごっこ”ではなく正式な形に則ったお祓いの儀式として行う。
まずは社務所にて動画も見ながら、お参りの作法とお祓いについてレクチャーを受ける。付き添う両親の健康を祈念する祝詞(のりと)に、参加する子が自ら名前を書き入れる。書かれた文言の意味について解説を聞いたうえで実際に読み上げる練習を行ったら、実際の装束と同じものを一式身につけて、神社へ向かった。
一度通しでのリハーサルを経てからいよいよ本番。
○■銀行業の今と昔わくわく体験ツアー@三井住友銀行&三井記念美術館
この日最後に訪れたのは、三井住友銀行。1929年竣工、国の重要文化財・三井本館は現在も三井住友銀行の支店として業務利用されている建物だ。口座を持っていたとしてもわざわざ訪れることはないかもしれないが、重厚な建物は、一歩中に入れば大人だって(あるいは大人の方が)、思わず声を上げてしまうほどの贅沢なつくりだ。
隅々まで歴史が詰まった三井本館。まず親子30名ほどが連れられたのは、なんとも大きな金庫! 重さは約50トン。重量制限のため日本橋(地名でなく実際の橋)の上を運ぶことができず、船で運ばれたという。
会議室に移動して今度は座学の時間。銀行勤めなら誰でもできる(?)、プロのお金の数え方に挑戦したり、クイズに答えたり(見事回答数が多かった子には豪華景品が!)と大盛り。ちなみに数え方には2種類のやり方があるそうだ。
その後は、三井本館の別の部屋に移動。ここは普段は入ることができない、旧三井銀行の社長室。
そこからさらに三井本館7階の三井記念美術館に移動して、ツアー後半戦へ。ここからは公益財団法人 三井文庫 研究員にバトンが渡り、さらに時代を遡っての「銀行業」のお勉強。江戸時代から戦後間もなくまでの期間の、およそ10万点におよぶ史料を所蔵する三井文庫。三井の商売人たちが実際に使っていた天秤や千両箱の実物が登場。もちろんこれもホンモノ。子どもたちに触ってもらい、「千両」の重さを体感したり、秤を使って重さを測ってみたりするワークショップだ。
単なる座学でなく、普段は保管されている貴重な史料に触れるなんて、思わず「いいの!?」って見ているこちらが言いたくなる。でも、やっぱり、実物を見て・触って・使って・実践してみることが、発見や気づきに繋がる。何より、その方が楽しい。
「私たちは歴史研究者ですし、普段は史料の保存を一番メインに考えなくてはいけないので、『こういう場で実際に使うというのはどうなの?』という意見も当然ありはします。
ちなみにこの三井文庫の史料は、このキッズフェスが始まった初年度から継続して行っているというが、その時に初めてこうした形でお披露目となった。一年を通して一般公開されるのはこの3日のうち1日だけ。しかも申し込みをした親子たちだけというから、歴史好きであれば垂涎の、とても貴重な機会なのだ。
○■日本橋に“わくわく”が満ちた3日間。知的好奇心が明日の希望をつくる
日本橋というフィールドや仕事に誇りをもつ大人たち。このワークショップはそんな彼らから子どもたちへのプレゼンテーションの場でもある。今回見学したのはほんの一部。普段は何もないビルの空間にも机が並べられたりして、ワークショップが日本橋のあちこちで一斉に繰り広げられていた。大人も子どもも、教える側も参加する側も、ワイワイ賑やかに。「キッズ」と銘打っているが、なんだかワークショップ主催側だったり、同行しているパパママだったり、大人の方こそ楽しそうなのである。
そう、実はこの「大人も一緒に参加したくなる」ことがミソなのだ。子どもが楽しく参加しているその後ろで、その姿を見守りながらも実際には自分たちも企業や職業、まちや文化について知ることができる。
どのワークショップでも、仕掛ける大人たちの方が張り切って子どもたちを「わくわく」させようと、仕掛けを用意している印象だった。ミッションをやり遂げた子どもたちは、みな嬉しそうで、得意げな表情をしていた。大人が積極的に楽しませようと企画をつくりあげる姿は、子どもたちにもそれがどれだけ難しいことなのかわからずとも、自然に伝わっていくものなのだろう。
親や周囲の大人が好奇心で目を輝かせて目の前の知らない世界を楽しんでいたら、子どもたちも自然とその姿勢を身につける。まっさらな彼らの中に記憶されていくのは、きっとワークショップの内容そのものばかりじゃない。
この世は未知であふれている。いくつになっても好奇心を携えて、「?」=問いをもつことを大事に、大人も子どもも一緒になって面白がれたら、きっとあちこちでいい循環がまわり始めるんじゃないか。普段は働く大人たちが闊歩する商いのまち・日本橋で、溢れる「キッズ」たちを見ながらそんなことを思った。「キッズ」はなにも、年齢だけを意味しないはずだ。
吉澤志保 よしざわしほ 雑誌出版社、不動産広告代理店、不動産アプリ・SaaS開発会社を経て、フリーランスに。文章と写真をベースに、紙やWEB、SNS、アプリなど媒体を横断し、多角的な視点で見た構成・切り口設計を考えるのが得意。地方好き・移動好き。都心のミニマムな戸建賃貸で、日々地方とよりよく繋がり続ける方法を模索中。 この著者の記事一覧はこちら