井上とも笑顔で会話を交わしたアラム会長。(C)CoCoKARAnext

 ボクシングの生き字引が5531マイル(約8901キロ)を飛び、日本へ遠路はるばるやってきた。

米興行大手『Top Rank』のボブ・アラム会長である。

 元世界ヘビー級王者のモハメド・アリ(米国)や元世界6階級制覇王者(8階級制覇王者とも)マニー・パッキャオ(フィリピン)ら伝説級の選手たちをプロモートしてきた重鎮がやってきたのは、井上尚弥(大橋)の歴史的興行を見守るためだ。

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 来る5月6日に東京ドームで行われる世界スーパーバンタム級4団体統一戦12回戦で、井上は、元世界2階級制覇王者の挑戦者ルイス・ネリ(メキシコ)と激突する。同会場でボクシングの世界戦が実現するのは、1990年2月のマイク・タイソンとジェームズ・ダグラス(ともに米国)のタイトルマッチ以来とあって、世界が熱視線を送っている。

 もちろん、来日の理由は『Top Rank』が共同プロモーション契約を結び、会社の推しでもある井上がメインを張る一大興行だから、という面は大きい。ただ、御年92になるアラム会長がわざわざ試合前会見から姿を見せるのは、それだけの価値を見出しているからに他ならない。

 4日に神奈川県・横浜市内で行われた会見に登壇したレジェンドは、大勢の記者に囲まれた取材の場で、井上について「ボクシング界ではレジェンド。日本だけではなく世界中のファンが注目している」と回答。朗々と怪物の凄みを語る。

 だからこそ、自身が丁寧に価値を高めてきた「怪物」を軽んじる風潮は一切許さない。

 数週間前、井上の価値を巡って一つの論争が起きた。「ボクシング界で、世界最高のスターになりたいならこっち(米国)での試合が必要だ」という元世界ウェルター級王者2団体王者のショーン・ポーター(米国)氏の発言をきっかけに、米国内では井上の積極的な国外進出論が噴出。

上から目線とも取れる提言がハレーションを広げ、5戦連続で日本開催を続ける日本人王者に対する批判的な意見も目立った。

 そうした国内での井上の実力や価値を軽んじる風潮を「Ridiculous(馬鹿げている)」と一喝したアラム会長は、「私の視点で言わせてもらうと、日本国外でイノウエが試合をするというのはありえない話だ」と断じた。

「日本国内で、あれほどの人気と強さを誇る選手というのが他にいない。それから、今現在、日本という国は、軽量級の中心になっている。私から言わせてもらうと、イノウエが日本から出て試合をするのは、『一体何のためなんだ?』と聞きたい」

 言葉に強弱をつけながら淡々と続ける独特の話し方で、井上の凄みを論じたアラム会長は、さらに続ける。

「覚えておいてほしい。

ボクシングはプロフェッショナルなスポーツなんだ。野球のようにね。ショウヘイ・オオタニがアメリカにやってきて、ドジャースに加わった理由の一つには、大きな契約があったと思う。そう考えても、イノウエにどういうオファーがあるかというところから動き始めるというのは当然のことだ」

 終始、井上を褒めちぎったアラム会長。百戦錬磨のレジェンドプロモーターに、ここまで言わしめる「怪物」は、やはり偉才だ。ゴングが迫る東京ドーム決戦のパフォーマンスにも期待をしたくなる。

 そして、遠路はるばる日本へやってきて、丁寧に取材に応じる。そんな衰え知らずのアラム会長の仕事ぶりにも、つくづく脱帽である。

[文/取材:羽澄凜太郎]