数多の猛者たちをリングに沈めてきた井上。(C)Takamoto TOKUHARA/CoCoKARAnext

「勝てる選手は誰もいない」
「弱点はない」

 群雄割拠のボクシング界でも“世界最高”と評される井上尚弥(大橋)を評する声は枚挙に暇がない。

文字通り敵なしの快進撃を続ける31歳の偉才だけに、ほとんどの識者やメディア、そして現役選手たちも勝ち筋を見通せず、いかなる試合においても彼の「勝利」を予想する。

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 こうした評価は井上がいかに図抜けたファイターなのかを実感させる。「本当に勝ち筋はないのだろうか」と想像を張り巡らせても、心身ともに充実する現在の彼が相手に付け入る隙を与えるとはやはり考え難い。それは5月6日に東京ドームで行われるルイス・ネリ(メキシコ)とのタイトルマッチでも同様であり、29歳のメキシカンも怪物にのまれるというイメージしか沸かないと言っても過言ではない。

 ただ、少なくとも彼と対戦してきたライバルの関係者たちは、井上に勝とうと目論んだわけである。その一端を知るのは興味深くもある。

「僕らは良い仕事をした。批判を受けたが、一体、あれ以上になにができるというんだ。彼(井上)を無力化し、ショットを思うように打たせずに、とにかくイライラさせてからカウンターでダメージを与えていくことはやった」

 米ボクシング専門サイト『Boxing Scene』で、そう振り返ったのは、22年12月にバンタム級4団体統一戦に挑んだポール・バトラーのトレーナーを務めているジョー・ギャラガー氏だ。

 バトラー陣営にとって井上戦は思わぬ批判を受ける一戦でもあった。それは頑なに守勢を崩そうとしなかったからだった。

 試合後に井上本人が「勝つ気があるのか」と苛立ちを露わにするほどの守戦を選んだバトラーは、最終的に11回TKOで敗戦。

英国内でも「気分が悪くなる。バトラーは勝ちたかったわけではないのか」(IBF世界フライ級王者のサニー・エドワーズ)と批判を受ける異例の事態となった。

 なんとかわずかなほころびを見出そうとした末に見出した“亀戦法”も、井上の破壊力を前に崩された。批判も覚悟の上だったというギャラガー氏は、「誰もがポールは逃げているだけだったと言うが、我々のプランは、とにかくイノウエをイライラさせ、数ラウンドでポイントを奪うことだった」と回想する。

 実際に対峙し、愛弟子が打ちのめされたからこそ見える対策もある。「イノウエは足と動きで苛立たせた時に少しだけギャンブルを仕掛けてくる」と証言するギャラガー氏は、絶対王者の“攻略法”をあえて指摘している。

「タパレスはイノウエとの試合で部分的に成功したと思う。粘りながらボディにパンチを打ち込んで、よくやっていた。でも、ポイントはそれを続けられるかどうか、台風の目に突入してハードショットを打たれるリスクを冒せるかどうかだ。とにかく近接戦で彼に負けないパワーを保ちながら、2回以上のパンチをヒットさせる。そしてそれを持続させなければいけない」

 もっとも、リング上では虎視眈々とKOを狙い続ける井上を苛立たせる展開に持ち込むというのが、まず至難の業。実際、数多の猛者たちが、あの手この手をこまねき、井上のメンタル面を揺さぶりにかかったが、あえなく返り討ちに遭っている。

 それでもリスクを冒す価値はあるのか否か。ギャラガー氏のアイデアが正しいかどうかを見定める意味でも、5月6日に開催される東京ドームでの決戦で、KO宣言を公言するネリがいかなる展開を見せるのかは興味深いところだ。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]