井上尚弥とのフェイスオフも堂々とこなし、計量も成功させたネリ。(C)CoCoKARAnext
まさに「ネリ狂騒曲」――。
29歳のメキシカンの一挙手一投足を記者陣のみならず、関係者たちも固唾をのんで見守った。無理もない。2018年にWBC世界バンタム級タイトルマッチとして山中慎介と対戦したネリは1.36キロもオーバー。王座から失墜するとともに、日本ボクシングコミッション(JBC)から日本での活動停止とライセンス申請の剥奪という処分を科されていた。
【動画】関係者たちも「怖かった」と漏らす睨み合い! 井上とネリのフェイスオフ
はたして今回の結果は54.8キロ。
もっとも、周囲の喧騒をよそに、決戦に向けた緊張感を高め、かつてないほどの集中力を保っているようにも見えた。
「死を覚悟して戦いに挑む。勝者になると確信している」
前日の会見でそう強い言葉を口にしたネリ。会見中にガムを噛み、ふてぶてしい態度こそ見せたが、終了間際にはサングラスを外し、自ら井上に手を差し出してガッチリと握手。そうした振る舞いに、9年前のような粗暴さは見られない。
ともすれば、「悪童らしくない」振る舞いと言える。だが、今回の一戦で10億円以上とも言われる莫大なファイトマネーの獲得が見込まれているネリだけに、淡々とした行動の数々は「何としても試合を成立させなければいけない」という想いの表れなのかもしれない。
実際、ここまでの調整ぶりは見事だ。今年1月には故郷ティファナを離れ、米テキサス州で強化合宿を開始したネリは、ゴングまで2週間となった今月21日に来日。日本の環境に馴染むべく、準備を重ねてきた。
こうした準備そのものが以前のネリでは考えられなかった。
二日酔いに悩まされた山中戦
日本ボクシング史の「汚点」となった山中戦からネリはふたたび声価を高めてきた。(C)Getty Images
今年1月に母国のポッドキャスト番組『Un Round Mas』に出演した際には、体重管理に関する信じがたい行動を明かす一幕があった。過去の自身を「俺はいつも食生活に問題を抱えていた」と明かした29歳は、体重超過を犯した山中戦の舞台裏も激白していた。
「ヤマナカとの2戦目も日本に向かう15日ぐらい前まで友だちと喋り倒して、気がついたら午前3時、4時という毎日だった。もちろんトレーニングは続けていたけど、始めると二日酔いに悩まされていた」
波紋を呼んだ山中戦から約3年後に挑んだブランドン・フィゲロア戦でも戦前に偏食癖を改められず、父親から「そんなクソみたいなことはすぐにやめろ」と雷を落とされていたと言うネリ。無論、減量はボクサーの宿命であり、義務。
4日の試合前会見でネリは、井上を不必要に煽る素振りも見せず、「KOで倒す」と語るにとどめ、己に矢印を向け続けた。ここでも挑発的な言動を繰り返してきた背景から「拍子抜け」と感じる人はいるかもしれないが、筆者には「死」と語る男の覚悟が、興味深く映った。
とはいえ、対峙する相手は「史上最高」と評される偉才だ。
だが、ネリ陣営からも「別人になるかもしれない」と太鼓判を押されるネリが、日本ボクシング史を変える至高の舞台で、どう振る舞うのか。下馬評こそ一方的だが、“狂騒曲”の結末は見逃せない。
[文/取材:羽澄凜太郎]