デビューから41年、今なお数多くの映画、ドラマ、舞台で活躍を続ける小泉今日子。50歳を前に2015年には、自身が代表取締役を務める舞台・音楽イベントの制作会社「株式会社明後日」を立ち上げ、現在はプロデューサー業もこなす。
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◆「このすてきな物語を知ってほしい」――12年越しの舞台化
――「ピエタ」は小泉さん念願の舞台化と聞いています。原作は大島真寿美さんによる同名小説ですが、どんなところに魅力を感じたのですか。
小泉:大島さんの小説を読んだのは2011年のことなので、もう12年くらい前のことですが…当時、私は40代で、この物語の中の女性たちの心情が自分にピタッとハマった感覚があったんですよ。物語の中にはフェミニズム的なテーマを感じ、女性にしか書けない物語だと思いました。
18世紀のヴェネツィア、作曲家のヴィヴァルディがピエタ慈善院で指導をしているところからお話が始まるのですが、すごく大きな世界からスーッと小さな光になっていく世界観がすごく好きで。自分も幼い頃から大切にしているものにずっと支えられてきた気がしているので、この物語で描かれていることにすごく共感しました。このすてきな物語をもっといろんな方に知ってほしいと思い、こうした世界を舞台で描けたら、すごく私らしいのではと考えたんです。
当時は、きっとどこかに企画を持っていって、叶えてもらうんだろうなんてぼんやり思っていたんですが、その4年後に会社(株式会社明後日)を作ることになって、それなら自分でできると思い、今に至っています。やっと実現するという感覚です。
――もともと2020年に上演予定でしたが、コロナ禍で企画変更をし、その時はリーディングで上演されたという経緯もありますから、まさに“やっと実現”ですね。
小泉:実は、2020年以前にも何度かこの作品を上演しようとチャレンジしているのですが、その度に前に進まなくて。原作者の大島さんや出版社さんには随分早い段階からご相談していて、その度に応援してくださっていたので、やっとではあります。ただ、私自身は悲観的な気持ちになったことはなく、きっと何かピースが揃っていないんだろうなという感覚だったんです。コロナの時もそうした思いでした。それで、2023年の今年上演できるというのは、作品が“ここなんです”と選んでくれた気がしています。コロナ前とコロナ後では人々の意識みたいなものも少し変わったと思うんですが、今だからこそ胸に届くようなセリフや場面があるのではないかと感じています。
――音楽家・ヴィヴァルディに関わる女性たちのお話ということもあり、音楽面も注目の作品だと思います。
小泉:ヴァイオリンや鍵盤楽器はもちろん、小鳥の鳴き声などSE的な音まで全て生演奏です。それに、ジロー嬢を演じてくださる橋本朗子さんは、ソプラノ歌手の方なんですよ。本多劇場で本物のソプラノの歌が聴けたらすごく贅沢だなと思って、インターネットを使って見つけた方なんです。彼女自身もクラシック音楽を多角的に広めたいという意志を持ってさまざまな活動をされていたので、もしかしたらという思いでお会いして、挑戦してくださることになりました。
――贅沢な時間になりますね。
小泉:私もあまりクラシックコンサートやオペラは観たことがないのですが、きっと観たら豊かな気持ちになるんだろうと思います。そんな入り口を少しでも私も感じたいし、お客さんにも感じてもらえたらと思います。
――今回、小泉さんが演じるエミーリアは、ピエタ慈善院で育ち、今もそこで働く女性です。どのようなところを意識して演じたいですか。
小泉:エミーリアは、この物語を船に乗せて運んでいく役割を担っていますが、決して主役というわけではないんですよ。さまざまな女性に出会い、話を聞いていく。そうした中で、自分の問題も解決していくというような役なので、あまり考えすぎずに稽古場に来た方がいいのではないかと思って、稽古をしています。もちろんピエタで育った、事務方の女性というのはベースにありますし、話し方や声の出し方、立ち姿といったプランはありますが、その上で、今、お稽古でそれぞれの女性たちとやりとりをして反応するというのがすごく楽しいです。クラウディアはこんなふうに話すんだとか、ヴェロニカはこんなに強い人なんだとか、反応としての演技を楽しんでいるところです。
――舞台化を考えた時から、小泉さんご自身がエミーリアを演じようと思っていたんですか。
小泉:実は最初の頃は、エミーリアは別の方にお願いしようと思い、私は別の役での出演を考えていました。ですが、2020年の時点でいろいろとうまくいかないことなどがあり、キャスティングに行き詰まりを感じた時に、「待って。私がエミーリアやるっていうのはアリ?」となって(笑)。私が普段、オファー頂く役は、勝ち気だったり、暴れん坊な人物だったり、どちらかというと色気があるような役が多いんですよ。なので、よくよく考えてみたら、エミーリアのような役はあまりやっていないんです。若い時はありましたが、年齢を重ねてからは、お母さん役がきても『あまちゃん』のような役で(笑)。そういう意味でも、新鮮に楽しめるかなとも思ったんです。そう考えたら、スパッとピースがハマっていったんですよ。きっとこれが正解だったのかなと思います。
◆迷った時に思い出すのは幼い頃の記憶
――(取材当時)すでにお稽古も終盤かと思いますが、お稽古場の様子はいかがですか。今回は、脚本・演出のペヤンヌマキさんを筆頭に、スタッフの方たちにも女性が多いと聞いています。
小泉:そうですね。なぜか私、そうしたシスターフッドとも呼ばれる、女性の関係を描いた作品に出ることが多いんですよ。昨年の『阿修羅のごとく』もそうでしたし、(2009年上演の)『楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~』もそうでした。女性ばかりというと、バチバチしている空気を期待されるのかもしれませんが、今回もとても平和に進んでいます。(演出の)ペヤンヌマキさんはみんなの意見を聞きながら固めていってくださる方なので、みんなでアイディアを出し合って進んでいるという感じです。音楽監督の向島ゆり子さんも稽古にほぼ毎日のようにいらしてくれて、とても明るい方。とてもいい空気に包まれている稽古場だと思います。
――今、お話に出たように、小泉さんはいわゆるシスターフッド作品にご出演されることが多いように感じています。そうした作品に対してはどんな思い入れがありますか?
小泉:年齢的に、もう「愛だ、恋だ」みたいな作品はあまり来なくなっているというのもあると思いますが。フェミニズムやシスターフッド的なものが散りばめられた物語というものは昔からたくさんあって、先達が少しずつ少しずつ進んできたものだと思います。そして、ある年齢になって、そのバトンを受け取ったら、また次に繋ぎたくなるんだと今、感じています。
それは、私もそうですし、きっと他のプロデューサーの方たちもそうなのかなという気がします。
――バトンを繋いでいくというのはすてきな考えですね。小泉さんが強く影響を受けた方や、憧れの存在はいらっしゃいますか。
小泉:たくさん、たくさんいます。俳優だったら高峰秀子さんとか沢村貞子さんは、エッセイなどを読ませていただいて、すごくすてきな方だなと思っています。それから、子どもの頃から大好きで、いつかあんな大人になれたらと思っていたのは、ジャンヌ・モローやジーナ・ローランズ。憧れている人は、文筆家にも男性にもいますが、あえて女優に絞るとしたら、彼女たちです。
――先ほど、お話の中で「自分も幼い頃から大切にしているものにずっと支えられてきた気がしている」とおっしゃっていましたが、小泉さんが幼い頃に大切にされていたものって、どんなものなのですか。
小泉:自分の家の庭に咲いていたお花や植物といった幼い時の記憶が、ずっと私を救っています。若い時は、仕事に対して、自分の意志ではないところで自分のことが決定していくという怖さをすごく感じていたんです。その中で、自分がどうしたいのか、どんな人間でありたいのかを考えた時、ベースにあるのはやっぱり子どもの頃に家族と過ごしていた時の自分でした。
◆「みんなの応援が私の糧になる」活動の原動力は“受け手の皆さん”
――デビューから41年が経ちました。今でもこうして積極的な活動を続ける原動力はどこにあるのですか。
小泉:私は、幼い頃から、テレビドラマや本や映画が大好きで、そうしたエンターテインメントを受け取るのがすごく楽しかったし、家族や友達とそれについて話すことが一番の楽しみでした。なので、私は受け手としてすごく優秀だと思うんですよ。今、送り手としてものを作ってもいますが、その時に、受け手の気持ちが分かるというのは、大きなプラスだと思います。今でも家に帰ったら韓国ドラマを観て、本を読むのが唯一の楽しみだったりするので(笑)。じゃあ、そんな自分が送り手になった時、どうしたら皆さんに喜んでもらえるのかを考えるのが、私にとって大きなモチベーションになっていると思います。受け取って送って、受け取って送って…という循環をずっとしていたいんです。
昨年、デビュー40周年のコンサートツアーを行ったのですが、その時に、改めてファンの方がいてくれるからこそやってこれたんだと実感しました。みんなの応援が私の糧になって、私が表現することでみんなが少しでも元気になって。それがずっと続いてきたから、今日があるんだなと思いました。なので、ものを作る時の一番のモチベーションは、受け手の皆さんです。
――そうすると、俳優としての活動もプロデューサー業も同じ思いのもとに動いている?
小泉:役割が違うだけで、特に違いは感じてないですね。俳優として現場に行った時も、プロデューサーとして行った時も、ライブをしている時も、全部一緒の思いです。ただ、みんなを本気で楽しませようと思っているだけです。
――まずはこの作品だとは思いますが、その後の小泉さんの活動は?
小泉:今年の後半は、音楽活動をやろうと思っています。小泉としてやるものと、(上田ケンジとのユニット)黒猫同盟の活動もあるので、この舞台が終わったら、しばらくは音楽に力を入れる予定です。ただ、舞台もミニマムにできることを「明後日」として増やしたいなとは思っています。今回のようにヴァイオリンの方に出演していただいて、朗読劇を行うとか。気軽にいろいろなところで何かができたらと、プロデューサーとしてはそんなことを考えています。
――最後に7月27日の開幕に向けて、読者にメッセージをお願いします。
小泉:18世紀のヴェネツィアを舞台にした物語というと、遠い昔の話のようですが、それぞれの女性が抱えている状況や想いは現代の私たちも感じていることだと思います。観てくださった方は、きっとどなたかに共感してもらえると思うので、今あるお話だと思って受け止めてくれたらうれしいです。音楽もすてきなので、ぜひ楽しみにしていてください。
(取材・文:嶋田真己 写真:高野広美)
asatte produce『ピエタ』は、7月27日~8月6日に東京・本多劇場、8月9日~10日に愛知・穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール、8月19日~20日に富山・オーバード・ホール/中ホール、8月26日に岐阜・ぎふ清流文化プラザ長良川ホールにて上演。