【人物コラム/田幸和歌子】NHKのクリエイティブにおける計り知れない底力を感じさせた年末の3夜連続ドラマ『岸辺露伴は動かない』(NHK総合/2020年12月28~30日放送)で、特殊能力を持つ奇天烈かつ天才的な漫画家を演じてみせた高橋一生。その興奮醒めやらぬうちに、また彼の新たな顔を、年明け早々に観られるという幸運を今、かみ締めている視聴者は多いのではないだろうか。
【写真】『天国と地獄』 綾瀬はるかとの入れ替わりで彩子を演じる高橋一生のかわいすぎるシーン
■綾瀬はるかと高橋一生の「入れ替わり」の演技に絶賛の声
森下佳子脚本、綾瀬はるか主演のTBS日曜劇場『天国と地獄~サイコな2人~』だ。本作は、正義感や上昇志向の強い刑事・望月彩子(綾瀬)と、殺人犯・日高陽斗(高橋)が入れ替わってしまう物語だ。
しかも、この“入れ替わり”設定は、森下脚本×高橋によって、コロナ禍の昨年5月に放送された『今だから、新作ドラマ作ってみました』(NHK総合)の第3夜『転・コウ・生』で見せたばかり。
ここではリモートによって柴咲コウと高橋、ムロツヨシ、そして猫という4者が入れ替わる物語が繰り広げられ、彼らの高い演技力が存分に生かされる内容となっていた。もっとあの世界を観ていたいと思っていたら、あれから半年程度で、今度はTBSで同じ森下脚本により、綾瀬と高橋の入れ替わりを毎週見られる日々がきたわけである。
綾瀬が演じる彩子は、気が強く、正義感も強く、努力家である半面、何でも「~すべき」という“べき論”で語る頭の固さ・融通の利かなさが、周囲に少々煙たがられている人物だ。そんな彩子はある日、マスクをうっかり忘れて電車に乗り、周り中から白い目で見られていたとき、ある男性に「これ、うちの製品なんですよ。サンプルですから」とマスクを手渡される。それが、後に大変な運命を共有するコ・アース社社長の日高陽斗だった。
ある猟奇殺人事件を解決すべく、「手柄を立ててやる!」と息巻く彩子が行き着いたのは、現場で感じた不思議な清涼感の原因と考えられる、臭いのない特殊な業務用洗剤である。その製造元がコ・アース社で、電車内でマスクをくれた男・日高だったのだ。独自で捜査を続ける彩子が日高を逮捕寸前まで追い詰めたかに見えたとき、なんと二人は階段から転がり落ちて入れ替わってしまう…。
大林信彦作品の『転校生』から、散々こすられ、もはや定番になっている「階段ゴロゴロ」の入れ替わり。そして、入れ替わった途端、彩子の目から光が消え、口角の片側だけが上がる不敵な笑みになり、逆に日高の目には光と、怯えが宿る。その瞬間だけで二人が入れ替わったことが明確にわかるのは、すごいことだ。
この入れ替わりの演技には「鳥肌が立った」「憑依したみたい」など、絶賛の声が続出していたが、正確に言うと「そっくり」なわけではない。なぜなら日高が入り込んだ彩子(綾瀬)はともかく、日高に入った彩子(高橋)はというと、元々はもっとせっかちで粗雑で硬質な印象の女性だったから。
これもまた、さまざまな入れ替わりモノを演じた役者でいまだに最高の組み合わせだと思う『転校生』の小林聡美×尾美としのりを見るようである。入れ替わる前の小林は、あんなにクネクネした柔らかな雰囲気ではなかったし、尾美もあんなに勇ましくなかったはず。
この「入れ替わり」において一番大事なのは、そっくりそのままモノマネすることではなく、観た人が「入れ替わった」ことを瞬時に理解できることである。だからこそ、高橋は綾瀬演じる彩子のそっくりさんを演じているのではなく、彩子的要素の出し方を意図的にコントロールしているように見える。「ずっと内股にしている」と会見で冗談交じりに語っていたが、実際、しぐさや表情の柔らかさ、ふとしたときに見えるうっかり感、真面目で真っすぐな話し方など、彩子らしさは至るところからにじみ出ている。■彩子か? 日高か? 高橋一生の目の演技に注目!
しかし、瞬間的に入れ替わったことがわかるのは、目の表情、特にまばたきの違いから。高橋が日高のときは驚くほどまばたきが少なく、黒目が固定されたように真っすぐ動かない。
第2話ではもう一度入れ替わろうと高橋演じる彩子が企て、2人で再び階段を転がり落ちるが、彩子が落ちた瞬間に両手をサッと出して確認する目つきだけで、入れ替わりが失敗だったことがわかった。大げさな演出など必要なく、高橋の目だけで彩子なのか、日高なのか、視聴者はおそらく理解できるのだ。
また、この入れ替わりの物語を盛り上げるために大切なのは、「日高陽斗」というキャラクターが非常に頭のキレるサイコパスな連続殺人鬼という得体の知れない存在であることを印象付けること。
入れ替え以降、日高になった彩子(高橋)を「逮捕されないように」と応援する視聴者の心の中では、奇妙なことに「日高がつかまるような証拠を残すわけがない」という日高の頭の良さ、ぬかりのなさ、「天才性」にすがるような気持ちになってくる。そんな絶大な信頼感・ある種の頼もしさを、視聴者の中にすでに植え付けているのだ。殺人犯なのに。
日高という人間が、入れ替わりによって高橋から消えた後にも、綾瀬演じる日高のすごみや強さ・天才性をずっと感じさせるには、中身も外見も一致した高橋演じる日高が、第1話中盤までにその存在感を戦略的に強く印象付けることができたからだ。その戦略の一つが、日高の黒目が全く動かず、まばたきをほとんどしない、感情が全く読めない目の演技にあると思う。
こうした「消えた後の存在感の残し方」は、高橋一生の得意技の一つでもあると思う。例えば、森絵都原作で、ある塾と家族の半世紀の物語を描いたドラマ『みかづき』(NHK総合/2019年放送)でも、天才的な塾講師を演じた高橋は、途中で姿をくらます。
映画『億男』でも高橋は、借金生活から一転、宝くじで3億円を当てた佐藤健演じる一男の親友で、自身は億万長者でありながら、一男の3億円を持って失踪する九十九を演じていた。間で登場するのは、わずかな回想シーンと、ラストのほうだけ。にもかかわらず、九十九は姿が見えないのに、ずっと大きな謎を残して物語の中にい続けていた。
同様に、本作での入れ替わりも、おそらくかなり緻密な計算で行われていそうな高橋一生の存在感の残し方。そして、それをまるごと受け止める綾瀬はるかの器の大きさ。スリリングな物語の展開だけでなく、確実に“演技対決”は『天国と地獄』の大きな見どころの一つとなっている。(文:田幸和歌子)
<田幸和歌子>
1973年生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌等で俳優などのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムをさまざまな媒体で執筆中。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)など。