【人物コラム/田幸和歌子】宮藤官九郎(クドカン)脚本×長瀬智也、TOKIOとしては“最後のタッグ”となった『俺の家の話』(TBS系/毎週金曜22時)。その中で、物語に華を添えるだけでなく、物語の色味に変化を与える重要な役割を担っているのが、介護ヘルパー・志田さくら役を演じる戸田恵梨香だ。



【写真】『俺の家の話』“寿一”長瀬智也が“さくら”戸田恵梨香を抱っこ

 長瀬が演じるのは、42歳のプロレスラー・観山寿一で、父・観山寿三郎(西田敏行)は、重要無形文化財「能楽」保持者の人間国宝だ。寿一は父に反発して17歳で家出し、プロレスラーになったが、父の危篤の知らせを受けて帰ってくる。すると、寿三郎は一命をとりとめ、介護ヘルパーのさくら(戸田)と婚約し、遺産などすべてを譲ると宣言。寿一は宗家の跡を継ぐべく、プロレスラーを引退し、能の稽古の傍ら、父の介護を手伝い始めるが、ヘルパーには「後妻業の女」疑惑が噴出して…。

 最初は高齢男性にヘルパーとして近づき、遺産を次々に手にしてきた挙句、寿三郎を最新ターゲットにしている「後妻業の女」に見えていた。「じゅじゅ(ハート)」と甘く呼び、請われるままに寿三郎の膝に乗ってみせる小悪魔ぶりは、かわいさとニクタラしさに満ちていた。

 しかし、「後妻業の女」疑惑は、あっさり消滅。さくらがお金にシビアになったのは、非常に過酷な生い立ちからくるものであり、不当にお金を得てきたわけではなく、あくまで「労働の対価」としての正しい要求だったことがわかる。そこで寿一が申し訳なさそうに表情を曇らせると、すかさず寿一の腕を軽くどついて、笑いに変えようとするさくら。ただし、寿三郎の婚約者のフリをし続けてあげるという「感情の労働」への対価が発生することはきっちりと示し、「介護とお金」についての気づきとなる視点を提供していた。

 そして、そんなさくらの「素性」を暴こうと過去を嗅ぎまわっていたのが弁護士である次男・踊介(永山絢斗)だが、その執着はすぐに、さくらへの恋心に変わっていく。ひっきりなしにLINE攻撃をし、それを「既読」というたった2文字で返されても浮かれるポジティブぶりは、あまりに無知で無垢で、かわいくも悲しい。


 しかも、当のさくらはというと、お金に何より執着して生きていたはずなのに、よりによって、プロレスラーをやめ、能の修行&父親の介護で収入ゼロとなった寿一に惹(ひ)かれてしまう。その理由は、寿一の肩に獲物のようにヒョイッとのせられた「山賊抱っこ」が忘れられないから。実は寿一は息子の養育費を捻出するため、秘密で覆面レスラー「スーパー世阿弥マシン」としてリングに再び上がっていたが、あるとき、寿三郎と「ビューティフルライフごっこ」をして電動車いすから振り落とされ、気を失ったさくらを見つけ、そのまま肩にのせて左手で抱え、寿三郎の車いすを右手で押して自宅に送り届けるという珍事になる。

 そこからスーパー世阿弥マシンに惹かれ、その正体が寿一であると気づくまでに時間はかからなかった。さくらは寿一に「好き」と上目遣いで何度も甘くささやき、観山家の家族旅行で置いて行かれた際も、寿三郎と踊介から頻繁にLINEが送られくる中、寿一のことで頭がいっぱいだった。この日は奇(く)しくも、さくらの誕生日。そこで、単独で宿泊先まで追いかけたさくらは、誕生日プレゼントとして、寿一に上目遣いで「抱いて」とおねだりする。といっても性的な意味ではなく、例の「山賊抱き」だ。これまでは「正論」と「正当な対価」として大金を得てきたさくらが、よりによってお金と一番縁遠い、ド貧乏の寿一に惹かれてしまうのが、切ない恋心である。

 そして、気づけば観山家の男たちがみんなそれぞれの距離感や関係性で、さくらに振り回され、相関図の真ん中にさくらがいる物語は、不意に悲劇的な色合いを帯びたり、それが喜劇に転じたりしていく。人生は悲劇と喜劇の繰り返しであり、それが視点を変えるとまた、悲劇が喜劇に、喜劇が悲劇に見えてくるものだ。

 そして、そんな悲劇と喜劇双方の豊かな味わいを持ち、瞬時にその色をスイッチできるのが、戸田恵梨香の魅力なのではないかと思う。
 思えば、本作と同じクドカン脚本で、東野圭吾原作のドラマ『流星の絆』(2008年・TBS系)で演じた三兄妹の末っ子・静奈にも、さくらと近い悲喜劇の香りがあった。

 母の連れ子で兄とは血のつながりがないことを知らずに育ち、両親が殺されて以降、おとなしく地味に過ごすが、美人であることから「美人局」の役も行っていた。複雑な生い立ちからくる幸薄さを漂わせつつも、兄たちに守られ、愛され、悪事もやってのける。

 また、西荻弓枝脚本×堤幸彦監督で、加瀬亮とのダブル主演ドラマ『SPEC~警視庁公安部第五課 未詳事件特別係事件簿~』シリーズ(TBS系)で演じた当麻紗彩も、IQ201の頭脳と、特殊能力を持つSPECホルダーで、性格はガサツかつ変わり者ながら、両親と弟を亡くした過酷な過去を持っていた。怖さと悲しさ、笑いという異なる要素が詰まった『SPEC』シリーズは、戸田恵梨香の魅力を開花させた作品ともいえる。

 さらに湊かなえ原作×藤原竜也主演のドラマ『リバース』(2017年・TBS系)では、美人でつつましい性格のパン職人で、主人公・深瀬(藤原)と恋人関係になる越智美穂子を演じていた。ここでもまた、戸田は光と影を自在に使い分けている。口を大きく開けて笑う屈託なさ・明るさの一方、どこか影のある雰囲気がずっとつきまとっていたが、その影はじわじわと作品全体を覆うように広がっていき、後に事件に関わる大きな秘密を抱えていることが発覚するのだ。

 文学的香り漂うNHK連続テレビ小説『スカーレット』で演じた喜美子もまた、陶芸の土と炎に魅入られ、一心不乱に打ち込むことで他のことは何もかも、家族すら見えなくなる狂気や孤独、悲しさの中に、人間の滑稽さが見えもした。

 ちょっと不機嫌そうな眉根と、冷たさ漂う血管の浮き上がる白い肌、あけっぴろげな印象を与える大きく開けて笑う口は、悲喜劇を自在にコントロールする。そんな彼女が、家族の、人生の、さまざまな悲喜劇がたっぷり詰まった『俺の家の話』で担う役割は大きい。さくらに観山家が振り回されるように、視聴者の心もグラグラに揺さぶられてしまうのだ。
(文:田幸和歌子)

<田幸和歌子>
1973年生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌等で俳優などのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムをさまざまな媒体で執筆中。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)など。

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