マイケル・ジャクソン、プリンス、マドンナ。この3人が1958年生まれの同学年であるということは知られているが、実は久本雅美も同い年だ。

今年で58歳を迎えるとは信じられないほどアクティブに活動を続ける彼女だが、初回からMCを務めているのが、日本テレビ系『メレンゲの気持ち』だ。1996年4月からスタートしたこの番組も気づけば放送1000回を目前に迎え、5月14日のオンエアでは「1000回記念月間 歴代MC大集合スペシャル」と題して過去の映像を振り返った。

 ひとつの番組のMCを20年間にわたって続けるというのは、並大抵のことではない。たとえば、歴代の久本以外の番組司会者の名前を見ても、高木美保菅野美穂水野真紀若槻千夏、などなど。特に女性タレントの場合は結婚や出産によって仕事を休止したり、あるいは年齢によって芸能人としてのステージを変えることが多いため、ひとつの場所に居続けることは難しい。だが、久本はそうしている。
久本のいない『メレンゲの気持ち』を想像するのは、おそらくタモリのいない『笑っていいとも!』(フジテレビ系)を想像するのと同じ程度に難しいといえるだろう。

『メレンゲの気持ち』は毎週のレギュラー放送番組だから、久本は常に変わらずそこに居るように思える。今週の久本は調子が良いな、あるいは調子が悪いな、と思って『メレンゲの気持ち』を見る視聴者もそう多くはないだろう。だが20年前の久本は、いま現在の久本とは明らかに違っていて、それは20年間における久本のゆっくりとした、だが着実な進化でもある。それでは彼女は一体、20年間でどのような変化と進化を遂げてきたのだろうか?

(1)騒々しさからの脱却

 96年12月、『メレンゲの気持ち』がまだ1年目の時代だ。トークの流れから、ゲストの内藤剛志とキスをすることになる。
この流れ自体は今でもあり得るかもしれないが、重要なのはキスをした後のリアクションだ。内藤とキスをした久本は、興奮し、嬌声を上げながら、スタジオを走り回る。観覧している観客から「(キスは)どんな味?」と尋ねられ、「友だちか、お前は!」と言って激しめにツッコむのだが、いま見ると非常に若い。それはおそらく、当時38歳の久本が求められていたポジションではあるのだが、それを見て不快感を覚える視聴者もある程度はいたのではないかと推測できる。

 現在の久本は、その様子を見ながら「土曜の昼の番組じゃないですよね」と冷静につぶやく。まさにその通りで、おそらくこの風景は今の『メレンゲの気持ち』にはふさわしくない。
体を張り、どぎつい下ネタを口にし、騒々しさを形にしたようなタレントであった久本は、『メレンゲの気持ち』とともに大人になっていったのだといえる。今に続く女性芸人のパイオニアのひとりである彼女は、いかにして女性芸人がお茶の間にフィットできるかを、身を持って実践したのだった。

(2)お笑い芸人感の払拭

 20年前の久本を見たときに今との違いを感じるのは、その喋り方だ。驚くほどに関西弁がきつい。関西弁ならではのとげとげしさを隠すことなく、むしろそれを押し出すかのように喋っていて、まるで関西弁の芸人口調を真似ているかのようだ。もしかしたら、ある程度、そうだったのかもしれない。
当時女性芸人は今よりも圧倒的に数が少なく、また劇団出身でもあることから、まごうことなき芸人だとも言い難い。当時の久本は。芸人であることにアイデンティティを求めていたのではないか。

 それは『メレンゲの気持ち』の初回放送を見てもわかる。この日、菅野美穂がドラマの収録のため遅刻してしまうのだが、久本はそのハプニングを笑いに変えながら、菅野に対して「君、結構お笑いいけるね!」と評価する。芸人がそうではない職業の人と絡む際によくある流れではあるのだが、女性同士ということもあってどこかに緊張感がある。
一方で、現在の久本はどうかというと、たとえば伊野尾慧Hey!Say!JUMP)が何かコメントやアクションをする際、一切の緊張感を感じさせない。親が息子を見つめるかのように優しく見守り、愛を持ってツッコミを入れる。彼女はいまや芸人としてではなく、『メレンゲの気持ち』の久本としてそこにいる。番組全体に流れるアットホームな雰囲気は、彼女のそんな変化と決して無縁ではないだろう。

(3)鉄板ネタの円熟

 久本のお決まりの鉄板ネタといえば、年齢・結婚・出産に関するトークやリアクションであり、『メレンゲの気持ち』においてもそれは変わらない。だが、その切れ味は日々増していて、もはやひとつの芸に近いほどに昇華している。


 スタジオには、初代司会者でもある高木美保がいる。過去の写真を見ながら「高木、変わらない」と口にする久本。それに対して高木は「自分(=久本)も変わらないよ」と返す。その次の瞬間、本当に一切の間を空けずに久本は言う。「いや、変わったよ。どんどんキレイになってるって」と。爆笑が起き、不思議そうな顔をする久本。この一連の流れはあまりにも見事で、美しさすら感じるほどだ。

 これほどまでに完璧な流れを、その瞬間で作り上げることはおそらく不可能だろう。久本は意識してか無意識的にかはわからないが、年齢・結婚・出産に関するトークになった際の、正解のパターンを大量に抱えて収録に挑んでいる。それは間違いなく、20年間における鍛錬の蓄積だろう。久本は20年間ずっと進化を続けてきた。そして彼女は今もってなお、進化を続けているのだ。

【検証結果】
 長寿番組とは、変わらないことと変わることを同時に求められる宿命にある。変わらなければ飽きられる。かといって、あまりにも変わってしまっては、これまでの視聴者が離れてしまう。『メレンゲの気持ち』は久本という絶対的なエースをセンターに置き、ほかの司会者が数年ごとに交代するというスタイルによって、1000回という金字塔を打ち立てようとしている。それはバラエティ番組における大きな発見のひとつだが、同時に組織やチームのマネジメントという意味においても、非常に効果的な手法であるといえるだろう。
(文=相沢直)

●あいざわ・すなお
1980年生まれ。構成作家、ライター。活動歴は構成作家として『テレバイダー』(TOKYO MX)、『モンキーパーマ』(tvkほか)、「水道橋博士のメルマ旬報『みっつ数えろ』連載」など。プロデューサーとして『ホワイトボードTV』『バカリズム THE MOVIE』(TOKYO MX)など。
Twitterアカウントは @aizawaaa