デジタル化の進む現代社会において、アナログ感たっぷりな新しい恐怖の扉が開いた。京都出身・宇治茶監督が3年半の歳月を費やして完成させたゲキメーション『バイオレンス・ボイジャー』は、観客にどこか懐かしく、そしてとんでもない恐怖のズンドコを体験させてくれる怪作だ。

ざっくり説明するならば、楳図かずお先生が描くような恐怖漫画の世界に、SF映画『ザ・フライ』(86)などで知られるデヴィッド・クローネンバーグ監督っぽい気持ち悪さを加え、さらに関西の人気番組『探偵!ナイトスクープ』(朝日放送)の笑いと感動をミックスさせた闇鍋風味の映像作品なのである。いや、まるで分かんないよ、という人はもう観るしかない。

 物語はこんな感じ。日本の山村に暮らす米国人の少年・ボビー(声:悠木碧)は親友のあっくん(声:高橋茂雄)と山を越えて、隣村にいる友達に逢いに行こうとする。その途中で見つけたのが、「バイオレンス・ボイジャー」と名付けられた寂れた娯楽施設。この施設を運営するおっさん・古池(声:田口トモロヲ)の好意で無料入場したボビーらだったが、そこは子どもたちを生け捕りにするための狩猟場だった。
古池に捕まった子どもたちは次々と改造手術を受け、グロテスクなクリーチャーへと姿を変えるはめに。ボビーたちは施設内で倒れていた少女・時子(声:前田好美)を助けながら、懸命の脱出を図る―。京都から上京した宇治茶監督にゲキメーションの世界について語ってもらった。

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――「とんでもないものを観てしまった!」というのが『バイオレンス・ボジャー』を見終わっての感想です。楳図かずおワールドに、『悪魔のいけにえ』(74)などの米国のホラー映画を掛け合わせたような内容ですね

宇治茶 そういっていただけると、うれしいです。スルーされるのが、いちばん哀しいので。
「なんじゃこりゃ」的に楽しんでもらえればと思っています。大好きな楳図かずおさんの世界に、いろんなホラー映画の要素など、自分の好きなものを次々に押し込んだ作品なんです。他にも諸星大二郎さんの漫画や松本人志さんの笑いなどからも大きな影響を受けています。



――楳図かずお原作のアニメ『妖怪伝 猫目小僧』(1976年/東京12チャンネル)は「ゲキメーション」と称した切り絵風の映像作品でしたが、その系譜を受け継ぐものでしょうか?

宇治茶 はい。『妖怪伝 猫目小僧』はリアルタイムでは観ていませんが、ネットで見つけて、ゲキメーションという手法を知ったんです。大学の卒業制作を何にしようか考えているときに、『墓場鬼太郎』(2008年/フジテレビ系)のオープニング曲にもなっていた電気グルーヴの「モノノケダンス」のプロモーションビデオも観ました。
これも妖怪たちが紙人形化されていて動くゲキメーションの手法でした。それがあって、大学の卒業制作でゲキメーション手法の作品をつくり、前作『燃える仏像人間』(13)で商業監督デビューすることになったんです。なので、この世界で商業作品として存在するゲキメーションは、『猫目小僧』と「モノノケダンス」、僕がつくった『燃える仏像人間』『バイオレンス・ボイジャー』の4作品しかありません。

――普通のアニメーションをつくろうとは思わなかった?

宇治茶 普通のアニメーションはつくるのが大変そうだなぁと(笑)。以前から僕は絵を描くのが好きで、アクリル絵の具で描いていたんです。このタッチを活かすには、ゲキメーションがいちばんよかった。
映画もつくりたかったし、自分の描いた絵もそのまま活かせる。僕の求めていた手法がゲキメーションだったんです。

――『バイオレンス・ボイジャー』は恐怖だけでなく、油断していると笑いもふいに襲ってきますね。

宇治茶 笑いも好きなんです。松本人志さんの笑いが大好きで、『バイオレンス・ボイジャー』はほぼ一人で原画を描いたんですが、作業中はずっと松本さんのラジオを聴いていました。楳図かずおさんの恐怖漫画も、怖いシーンの連続の中にふと「なにこれ?」と吹き出したくなるような笑いが混ざっていますよね。
狙いすぎると寒い感じになってしまうので、自然と面白さが出てくるようにしました。『探偵!ナイトスクープ』からも影響を受けています。桂小枝さんが寂れた遊園地をレポートする「パラダイス」が好きなんです。「パラダイス」はおかしなおっさんが経営者として現われることが多いんですが、そんな「パラダイス」でもし殺戮が行われていたら……という妄想を膨らませたのが『バイオレンス・ボイジャー』なんです。



――子どもたちに確実にトラウマを植え付ける『バイオレンス・ボイジャー』ですが、宇治茶監督自身の恐怖体験を教えてください。小学生の頃、好きだった女の子に遠足中のバスでゲロを浴びせられた……みたいな恐ろしい目には遭っていませんか?

宇治茶 いや、そんな体験はしていません(笑)。
実生活ではあんまり恐ろしい目には遭ってないかもしれません。やっぱり、テレビや映画から受けた恐怖が今でも残っていますね。小学校へ上がる前にテレビで、特撮映画『シンドバッド 虎の目大冒険』(77)を観たんですが、特撮監督レイ・ハリーハウゼンの手掛けるストップモーションアニメがすごく不気味で印象に残っています。デヴィッド・クローネンバーグ監督の『ザ・フライ』(86)やポール・バーホーベン監督の『ロボコップ』(87)も小学生のときにテレビ放映で観て、すごくショックを受けました。

――人間がハエと融合したり、殉職した警官が勝手にサイボーグ化されてしまう。宇治茶監督の作品と通じるものがありますね

宇治茶 一度改造されたら、もとの姿には戻れないという不可逆な怖さがありますよね。『仮面ライダー』(毎日放送)も改造人間ですが、変身した後に人間の姿に戻ることができるので、あんまり怖くないんです。クローネンバーグ監督がインタビューで面白いことを話していました。「主人公は別の存在に変わってしまうが、本人視点にしてみれば新しい次元に移ることができたわけで、それほどの悲劇ではない」みたいなことを語っていたんです。よく分からないけど、面白いなぁと。『バイオレンス・ボイジャー』のラストシーンは、クローネンバーグ監督のその言葉に感化されたものになっています。クローネンバーグの難しい言葉が、自分で作品にしてみたことでようやく理解できたような気がしています。

――あぁ、宇治茶監督自身も別の次元に移っちゃったんですね。この気持ち悪~い感じは、デヴィッド・リンチ監督の作品も彷彿させますが……。

宇治茶 リンチ監督のデビュー作『イレイザーヘッド』(77)は好きなんですが、その後の作品はクローネンバーグほどは好きじゃないんですよね。どうしてかは自分でも分からないんですが。

――あまりオシャレすぎるとダメなんでしょうか?

宇治茶 そうなのかもしれません。アートっぽいところが鼻につくのかもしれませんね(笑)。



――原画3,000枚をほぼひとりで黙々と描いたそうですが、ご家族から心配されませんか?

宇治茶 はっきりと口にはしませんが、心配されていると思います。『燃える仏像人間』は、家族に「これ、面白いの?」と言われました(苦笑)。今回、よしもとの芸人さんたちに声優のオファーをしたところ、理想のキャスティングができました。テレビで活躍している人気芸人さんたちに出てもらえて、よかったです。家族には「すごいやろ?」と自慢しています(笑)。

――ナレーションは、なんと松本人志!

宇治茶 はい。前作『燃える仏像人間』を松本さんに観ていただき、「面白かった。手伝えることあったら言ってな」という言葉をいただいていたので、ダメもとでオファーしたらOKいただいたんです。松本さんのオリジナルビデオ『ヴィジュアルバム』(98~99年)も大好きです。コメディコメディしていないというか、不条理な世界に真剣に生きているというか。でも、それでいて、どっか笑えてくるんですよね。今回のナレーション録りのときは、緊張しすぎて1回収録し終わった直後に、「はい、OKです」と言ってしまったんです。でも、松本さんが「いや、もう1回とっとこうか」と言ってくださって、合計3回録りました。最後の3回目が素晴しかったので、本編ではそれを使っています。松本さんの厚意は本当にうれしかったし、それを無駄にしないようにしたいです。

――ゲキメーションという手法ですが、原画のテイストを最大限に活かすこの手法は、まだまだ可能性があるように思います。映像化が不可能とされている楳図かずお先生の代表作『14歳』なども、ゲキメーションなら可能ですよね。

宇治茶 そうですね、確かに! 楳図さんの『14歳』は、僕のこれまでの人生の中で最大に好きな漫画です。もし可能ならやってみたいし、僕自身が映像化された『14歳』をぜひ観てみたいです。恐れ多いんですが、『14歳』のパイロット版を一度つくってみましょうか。ゲキメーションに関しては、僕以外にも作り手が現われれば、さらに面白くなってくると思うんです。基本、オリジナルストーリーのものを僕はつくっていくつもりですが、チャンスがあれば僕が好きな漫画家さんの原作ものにも挑戦してみたいです。『バイオレンス・ボイジャー』はPG12ですが、大人が同伴すれば小っちゃい子でも観ることができます。先行上映された「沖縄国際映画祭」では子どもたちが怖がって、次々と退席していきました。多くの人のトラウマになれればいいなと思っています。きっと、10年後とかに「昔観た不気味な映画なんだっけなぁ。あっ、これや!」と懐かしく楽しめると思います(笑)。

(取材・文=長野辰次)

『バイオレンス・ボイジャー』

監督・脚本・編集・キャラクターデザイン・撮影/宇治茶

声の出演/悠木碧、田中直樹(ココリコ)、藤田咲、高橋茂雄(サバンナ)、小野大輔、田口トモロヲ、松本人志

配給/よしもとクリエイティブ・エージェンシー PG12

5月24日(金)よりシネ・リーブル池袋ほか全国順次ロードショー

(c)吉本興業

http://violencevoyager.com/

●宇治茶(うじちゃ)

1986年京都府宇治市出身。京都嵯峨芸術大学観光デザイン学科卒業。大学の卒業制作でゲキメーション『RETNEPRAC2』(09)を制作。ゲキメーション第2弾『宇宙妖怪戦争』(10)を経て、安斎レオプロデュースによる長編『燃える仏像人間』(13)で商業監督デビュー。文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門優秀賞を受賞。『燃える仏像人間』は冒頭と最後に実写パートがあるため、純度100%の長編ゲキメーションは『バイオレンス・ボジャー』が初となる。楳図かずおと諸星大二郎の漫画が大好き。