デジタル化の進む現代社会において、アナログ感たっぷりな新しい恐怖の扉が開いた。京都出身・宇治茶監督が3年半の歳月を費やして完成させたゲキメーション『バイオレンス・ボイジャー』は、観客にどこか懐かしく、そしてとんでもない恐怖のズンドコを体験させてくれる怪作だ。
物語はこんな感じ。日本の山村に暮らす米国人の少年・ボビー(声:悠木碧)は親友のあっくん(声:高橋茂雄)と山を越えて、隣村にいる友達に逢いに行こうとする。その途中で見つけたのが、「バイオレンス・ボイジャー」と名付けられた寂れた娯楽施設。この施設を運営するおっさん・古池(声:田口トモロヲ)の好意で無料入場したボビーらだったが、そこは子どもたちを生け捕りにするための狩猟場だった。
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――「とんでもないものを観てしまった!」というのが『バイオレンス・ボジャー』を見終わっての感想です。楳図かずおワールドに、『悪魔のいけにえ』(74)などの米国のホラー映画を掛け合わせたような内容ですね
宇治茶 そういっていただけると、うれしいです。スルーされるのが、いちばん哀しいので。
――楳図かずお原作のアニメ『妖怪伝 猫目小僧』(1976年/東京12チャンネル)は「ゲキメーション」と称した切り絵風の映像作品でしたが、その系譜を受け継ぐものでしょうか?
宇治茶 はい。『妖怪伝 猫目小僧』はリアルタイムでは観ていませんが、ネットで見つけて、ゲキメーションという手法を知ったんです。大学の卒業制作を何にしようか考えているときに、『墓場鬼太郎』(2008年/フジテレビ系)のオープニング曲にもなっていた電気グルーヴの「モノノケダンス」のプロモーションビデオも観ました。
――普通のアニメーションをつくろうとは思わなかった?
宇治茶 普通のアニメーションはつくるのが大変そうだなぁと(笑)。以前から僕は絵を描くのが好きで、アクリル絵の具で描いていたんです。このタッチを活かすには、ゲキメーションがいちばんよかった。
――『バイオレンス・ボイジャー』は恐怖だけでなく、油断していると笑いもふいに襲ってきますね。
宇治茶 笑いも好きなんです。松本人志さんの笑いが大好きで、『バイオレンス・ボイジャー』はほぼ一人で原画を描いたんですが、作業中はずっと松本さんのラジオを聴いていました。楳図かずおさんの恐怖漫画も、怖いシーンの連続の中にふと「なにこれ?」と吹き出したくなるような笑いが混ざっていますよね。
――子どもたちに確実にトラウマを植え付ける『バイオレンス・ボイジャー』ですが、宇治茶監督自身の恐怖体験を教えてください。小学生の頃、好きだった女の子に遠足中のバスでゲロを浴びせられた……みたいな恐ろしい目には遭っていませんか?
宇治茶 いや、そんな体験はしていません(笑)。
――人間がハエと融合したり、殉職した警官が勝手にサイボーグ化されてしまう。宇治茶監督の作品と通じるものがありますね
宇治茶 一度改造されたら、もとの姿には戻れないという不可逆な怖さがありますよね。『仮面ライダー』(毎日放送)も改造人間ですが、変身した後に人間の姿に戻ることができるので、あんまり怖くないんです。クローネンバーグ監督がインタビューで面白いことを話していました。「主人公は別の存在に変わってしまうが、本人視点にしてみれば新しい次元に移ることができたわけで、それほどの悲劇ではない」みたいなことを語っていたんです。よく分からないけど、面白いなぁと。『バイオレンス・ボイジャー』のラストシーンは、クローネンバーグ監督のその言葉に感化されたものになっています。クローネンバーグの難しい言葉が、自分で作品にしてみたことでようやく理解できたような気がしています。
――あぁ、宇治茶監督自身も別の次元に移っちゃったんですね。この気持ち悪~い感じは、デヴィッド・リンチ監督の作品も彷彿させますが……。
宇治茶 リンチ監督のデビュー作『イレイザーヘッド』(77)は好きなんですが、その後の作品はクローネンバーグほどは好きじゃないんですよね。どうしてかは自分でも分からないんですが。
――あまりオシャレすぎるとダメなんでしょうか?
宇治茶 そうなのかもしれません。アートっぽいところが鼻につくのかもしれませんね(笑)。
――原画3,000枚をほぼひとりで黙々と描いたそうですが、ご家族から心配されませんか?
宇治茶 はっきりと口にはしませんが、心配されていると思います。『燃える仏像人間』は、家族に「これ、面白いの?」と言われました(苦笑)。今回、よしもとの芸人さんたちに声優のオファーをしたところ、理想のキャスティングができました。テレビで活躍している人気芸人さんたちに出てもらえて、よかったです。家族には「すごいやろ?」と自慢しています(笑)。
――ナレーションは、なんと松本人志!
宇治茶 はい。前作『燃える仏像人間』を松本さんに観ていただき、「面白かった。手伝えることあったら言ってな」という言葉をいただいていたので、ダメもとでオファーしたらOKいただいたんです。松本さんのオリジナルビデオ『ヴィジュアルバム』(98~99年)も大好きです。コメディコメディしていないというか、不条理な世界に真剣に生きているというか。でも、それでいて、どっか笑えてくるんですよね。今回のナレーション録りのときは、緊張しすぎて1回収録し終わった直後に、「はい、OKです」と言ってしまったんです。でも、松本さんが「いや、もう1回とっとこうか」と言ってくださって、合計3回録りました。最後の3回目が素晴しかったので、本編ではそれを使っています。松本さんの厚意は本当にうれしかったし、それを無駄にしないようにしたいです。
――ゲキメーションという手法ですが、原画のテイストを最大限に活かすこの手法は、まだまだ可能性があるように思います。映像化が不可能とされている楳図かずお先生の代表作『14歳』なども、ゲキメーションなら可能ですよね。
宇治茶 そうですね、確かに! 楳図さんの『14歳』は、僕のこれまでの人生の中で最大に好きな漫画です。もし可能ならやってみたいし、僕自身が映像化された『14歳』をぜひ観てみたいです。恐れ多いんですが、『14歳』のパイロット版を一度つくってみましょうか。ゲキメーションに関しては、僕以外にも作り手が現われれば、さらに面白くなってくると思うんです。基本、オリジナルストーリーのものを僕はつくっていくつもりですが、チャンスがあれば僕が好きな漫画家さんの原作ものにも挑戦してみたいです。『バイオレンス・ボイジャー』はPG12ですが、大人が同伴すれば小っちゃい子でも観ることができます。先行上映された「沖縄国際映画祭」では子どもたちが怖がって、次々と退席していきました。多くの人のトラウマになれればいいなと思っています。きっと、10年後とかに「昔観た不気味な映画なんだっけなぁ。あっ、これや!」と懐かしく楽しめると思います(笑)。
(取材・文=長野辰次)
『バイオレンス・ボイジャー』
監督・脚本・編集・キャラクターデザイン・撮影/宇治茶
声の出演/悠木碧、田中直樹(ココリコ)、藤田咲、高橋茂雄(サバンナ)、小野大輔、田口トモロヲ、松本人志
配給/よしもとクリエイティブ・エージェンシー PG12
5月24日(金)よりシネ・リーブル池袋ほか全国順次ロードショー
(c)吉本興業
<http://violencevoyager.com/>
●宇治茶(うじちゃ)
1986年京都府宇治市出身。京都嵯峨芸術大学観光デザイン学科卒業。大学の卒業制作でゲキメーション『RETNEPRAC2』(09)を制作。ゲキメーション第2弾『宇宙妖怪戦争』(10)を経て、安斎レオプロデュースによる長編『燃える仏像人間』(13)で商業監督デビュー。文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門優秀賞を受賞。『燃える仏像人間』は冒頭と最後に実写パートがあるため、純度100%の長編ゲキメーションは『バイオレンス・ボジャー』が初となる。楳図かずおと諸星大二郎の漫画が大好き。