Saku Yanagawa

 今回から、「スタンダップコメディの作品を通して見えてくるアメリカの社会」というテーマでコラムを書いていくことになった。

 日本ではスタンダップコメディという芸能に聞き馴染みのない方々もいるかもしれないが、マイク一本でコメディアンが舞台に立ち自身の視点に基づくジョークを言う”表現の芸能”としてこれまで世界中で愛されてきた。

とりわけ、社会や政治にもことばで切り込んでいくことが大きな特徴として挙げられる。

 最近では日本からでもNetflixやAmazon Primeなどで多くの作品を観ることができる。このコラムでは毎回1本の作品をご紹介しながら、今まさにアメリカで起こっていることについて深掘りできればと思う。スタンダップコメディを見ることが今の世界を知るひとつの手段と言っても過言ではないだろう。

 さっそく第一回目は、シカゴ出身の黒人コメディアン、デオン・コールの最新作『情け無用(原題はCole Hearted)』(2019)を紹介する。

 今、日本ではポリティカルコレクトネスによる“検閲”が増しているという。

そして何より演者自身がその状況の中で自主的に口を閉ざす流れが顕著だと聞く。それは、アメリカ社会も同様でポリコレ遵守の傾向が強くなり、その波はコメディにも押し寄せつつある。差別的な発言はもちろんのこと、際どく切り込んだジョークさえも炎上の原因になり、それに伴い昨今の潮流として「クリーン」なネタをするコメディアンが急増している。以前では考えられなかった歌ネタやフリップ芸をする者まで現れた。

 全米屈指の犯罪率を誇るシカゴのサウスサイドに出自を持つデオン・コールは、黒人の視点から今も確かに残る人種差別や、白人と黒人の格差を笑いに変えてきた。かつてはコナン・オブライエンが司会を務めるトーク番組『コナン』で、ライター(日本でいう構成作家)を務めるなど今全米で人気のスタンダップコメディアンだ。

 本作は6月に南部のノースカロライナ州のシャーロットに位置する劇場でライブ収録されたもの。

 アメリカでは地域によって劇場に集まる客層が大きく異なり、それにより観客の笑いのツボも大きく変わってくる。例えば、日本人にも馴染み深いニューヨークやロサンゼルス、シカゴなどの大都市は比較的リベラルな観客が多い傾向にあり、政権を揶揄するジョークも大きな喝采を生む。特に現トランプ政権に対してはそれが顕著だ。

 一方、南部や中西部の保守層が多い地域では、そのようなジョークが好まれないこともしばしばだ。その意味でも、民主党と共和党への票が拮抗する“スイングステート”であるノースカロライナ州で本作が収録されたことは興味深い。

 実はこの収録の前々日、デオンは慣れ親しんだシカゴのラフファクトリーという劇場でネタの「試し撃ち」公演をしていた。私もたまたまその日、同じ舞台に立っていて、彼が割れんばかりの大きな喝采を浴びる瞬間をこの目で目の当たりにした。

 とはいえ、シカゴと同じ反応が南部でも得られるのかと気を揉んだが、そんな心配は無用だった。ノースカロライナでも熱烈な拍手に迎えられながら登場すると、いきなり白人と黒人の軋轢についての痛快なジョークで超満員の劇場を爆笑に包み込んだ。

 そして彼はおもむろにポケットからネタ帳とペンを取り出し、渾身のひとことネタを披露していく。実はこのスタイル、デオンの十八番でジョークが受ければ、したり顔で観客を見つめ、受けないと容赦無くネタ帳から消していくものだ。

 本作中でも5本のひとことネタを披露したのち、最後にレズビアンをネタにしたジョークを言ってみせた。それもレズビアンを意味するスラングの”Dyke”というぎりぎりの表現を使って。これにたじろぐ客席に向かって急に真面目なトーンでデオンは言う。

「これは君たちの反応を見るためにわざと言ったジョークなんだ。時々客が無反応になる。今アメリカのコメディはパンチがない。

軟弱で遠慮して話す。アメリカらしくない。みんな小さなことにビクついている。音楽もダメ、映画もダメ。コメディが最後の砦だ。崩れたら終わりなんだ。
臆病っていうだけで台無しになる。違う考えを排除しちゃダメだ。俺は客を赤ん坊扱いしないし、きついことも言うぜ。他人をリスペクトしろよ。違う考えのヤツとの出会いは転機だ」

 この言葉にこそスタンダップコメディアン、デオン・コールの信念が集約されている。

 昨今のポリティカルコレクトネス遵守の流れでコメディアンが自らギリギリの部分に切り込むことをやめてしまった現状を彼は心底憂いている。私がシカゴで直接話をした際にも、コメディを社会に切り込むことのできる貴重な手段として捉え、それを続けることが自身の使命と語っていた。そしてそれによって起こりうる批判も覚悟であえて果敢に挑んできた。

 この後もどぎつい下ネタをかましたかと思えば、増加する自殺率に警鐘を鳴らし、最後にはそれすらも笑いに変えてみせた。最後の大オチを決めたデオンは万雷の拍手に見送られながら舞台を後にした。アメリカの、とりわけスタンダップコメディの観客は正直だ。舞台上のコメディアンと対峙しているかのように、決して受身ではない。だからこそよいと思ったものには惜しみない賛辞を送る。このスタンディングオベーションがなによりノースカロライナの劇場に詰めかけた観客の満足度を物語っていた。

 アメリカにおけるコメディと今の日本のお笑いが纏う役割は異なるかもしれないが、笑いが権力や社会の矛盾に少しでも切り込める「最後の砦」としての可能性を秘めているのなら僕はその可能性を信じたい。

デオン・コール
1972年シカゴ生まれのスタンダップコメディアン。全米各地で公演を行うほかコナン・オブライエンの”Conan”の構成作家を担当。TVシリーズ”Angie Tribeca”にも主演するなど俳優としても活動。

『デオン・コールの情け無用』
黒人コメディアン、デオン・コールの最新作。誰もが言いたいことを言えなくなってしまった時代に風穴をあける本音に満ち溢れた痛快スタンダップ コメディ。