──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ

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番組公式サイトより

 前回の『青天を衝け』の放送のメインは、当初は渋沢栄一と千代の「初夜」だったみたいですが、「抱いていいか?」などのセリフを含むシーンはズバッとカットされ、結果的に大老・井伊直弼(岸谷五朗さん)が暗殺された「桜田門外の変」に注目が集まるように演出されたようです。

 雪の中での暗殺シーン、なかなか印象に残る場面ではありましたが、それ以上に、元・乃木坂の深川麻衣さんが演じる和宮の初登場がネットでは話題を呼びました。

たしかに上品で、存在感のある和宮でしたね! 今後も楽しみです。

『青天を衝け』徳川家に嫁いだ悲劇の皇女・和宮物語──眞子さまと小室さん問題にも通ずる「皇族の結婚」の難しさ
深川麻衣演じる和宮(@nhk_seitenより)

 しかし初登場シーンから、和宮は悲嘆の涙を浮かべており、「悲劇の皇女」と呼ばれる将来を暗示するかのようでした。

 史実の和宮は、兄宮(異母兄)である孝明天皇から大事にされて育ちました。数え年で6歳の時には、11歳年上の有栖川宮熾仁(ありすがわのみや・たるひと)親王との婚約も決まりました。つまり皇女であるにもかかわらず、結婚の権利が「珍しく」、和宮には与えられていたということです。

 明治時代以前、皇族に生まれた皇子・皇女の大半は生涯を未婚で過ごすしかありませんでした。

皇族の数を極限まで減らすためです。人数が少ないことで、皇族全体の“貴種性”や“カリスマ性”が高まると見越してのことでした。明治以前の皇室が窮乏していたという側面も見逃せません。

 男性皇族より、皇女の結婚がさらに難しかったことについては、現実的な理由もあります。ふさわしいお相手がいないということですね。皇女を妻にできるほど、格式高い家柄とステイタス、立派な人格の持ち主で、年齢差も不自然ではない男性など、当時の世にはほとんど存在しないため、結婚相手を見つける自体が困難なのでした。

 誰かと恋愛したり、結婚したりする“人並みの幸せ”は、皇女として生まれた女性には得難いものであったことがわかります。現代でも秋篠宮家の眞子さまと小室さんの結婚問題が世間を賑わせていますが、皇女の結婚は昔からハードルが非常に高く、難しいものなのですね。

 さて、京都の御所周辺で静かに暮らしていた和宮の人生が急変したのは、彼女が15歳になってからのことでした。開国問題で揺れる幕府から、皇女を将軍の正室(御台所)として迎えたいと言われてしまったのです。開国反対だった朝廷の意向を、アメリカとの通商条約の調印で幕府は無視する形となり、それに怒り狂う志士の類が巷にあふれるようになりましたが、今度こそ「公武合体」、つまり朝廷と幕府は結束しているということを皇女と将軍の結婚でアピールしたいという思惑があったのです。

 この時、『青天~』のドラマのセリフにもあったとおり、和宮は「外国人がいる関東には行きたくない」といって、将軍との結婚を拒否しました。

「私には、有栖川宮様という婚約者もいるのに」というようなセリフもあったことを覚えておられる方もいるかもしれません。二人の関係は深いと想像した読者もおられるでしょうが、当時の上流階級の“しきたり”で、結婚するまで直接会って、交流を深めるというようなことは難しいのです。

 有栖川宮家は書道の家でした。和宮は有栖川宮熾仁親王の書道の弟子でもありました。しかしその指導は、和宮が送った作品と、その添削が行き来するだけで、交流といっても、赤ペン先生と生徒のような通信教育的なものに限定されていたようですね。

「和宮と有栖川宮が、恋人同士だった」もしくは「それに近い関係だった」という設定は、昭和時代の川口松太郎や、有吉佐和子の時代小説の中で登場して有名になり、堀北真希さんが和宮を演じた『篤姫』(2008)でも引き継がれていた記憶があります。

 ところが、史実でいうと生母・橋本経子のお腹の中にいる時、父帝(仁孝天皇)を失った和宮にとって、11歳年上の有栖川宮は書道の師匠であると同時に、父代わりの存在に近かったと思われます。有栖川宮家にも、和宮との親密な交流を伝える史料は残されていません。和宮が婚約を破棄してきた時、彼女と家茂の幸福な結婚を祈った熾仁親王の手で破棄されたのかもしれませんが……。

 さて、史実の和宮は長い間、結婚を拒絶し続けました。しかし、幕府の圧力に孝明天皇は耐えきれなくなり、「最終的に和宮が拒絶し通した場合、自分は退位し、和宮も尼にして寺に入れる形で誠意を示すから、なんとか許してほしい」と幕府側に通達せざるをえなくなりました。

『青天を衝け』徳川家に嫁いだ悲劇の皇女・和宮物語──眞子さまと小室さん問題にも通ずる「皇族の結婚」の難しさ
画像出典:「伝和宮肖像写真」徳川記念財団蔵

 かくして、和宮も14代将軍・家茂との結婚を泣く泣く受け入れ、江戸に下ることに同意することになったのです。

現在の話になりますが、「それでも小室さんと結婚したい」という皇女・眞子さまの御意志を皇室ができる限り尊重しようという伝統はこの頃からあるわけですね。

 さて、1862(文久2)年、和宮と家茂の婚儀は“万事つつがなく”、江戸城内にて執り行われることになりました。前回お話しましたが、家茂も和宮との結婚前には、“おひな”という初体験の相手との悲恋の“伝承”があり、両者ともどもスムーズな結婚というわけではなかったのかもしれません(関連記事はコチラ)。しかし、家茂と和宮はお互いを慈しみ合う、良い夫婦になりました。とくに恥ずかしがり屋の和宮を、やさしくリードしていく家茂の態度は立派なものだったといわれます。

 将軍が御台所(正室)と食事するというルールは特になかったのですが、毎昼、家茂は大奥に戻り、和宮と食事を共にしました。

二人は共に虫歯が多かったことでも知られますが、お菓子も一緒に食べていたのかもしれません。また、庭の散歩をしているとき、家茂は和宮と手をつなごうとして、驚いた和宮から手を振り払われたことまであったそうですが、それでも妻と仲良くなるための努力を続けました。

『青天~』の「次回予告」で、家茂と和宮の対面シーンの映像が流れましたよね。史実でも二人が夫婦として対面する際、最初に頭を下げて挨拶するのは将軍である家茂からでした(ちなみに史実では二人は同い年です)。

 普段の二人はお互いを「あなた」と呼び、自分のことは「こちら」もしくは「わたくし」と呼んで、会話をしていました。和宮や、その侍女たちの日記を見てみると、家茂は書き言葉では「大樹(たいじゅ)」と呼ばれていたことがわかります。「大樹」は慣例的に将軍を指す言葉ですね。

 ちなみに時代劇では通例となっている、将軍を「上様(うえさま)」と呼ぶことには「上(かみ)」と呼ばれる程度で、「上様!」という「呼びかけ」は基本的になかったそうですよ(『旧事諮問録』など)。理由として考えられるのは、ドラマなどとは違い、史実において公式の場で、臣下が将軍に堂々と話かけることが難しかったからかもしれません。「呼びかけ」の単語自体が存在しなかったというのは、当時の身分秩序の厳しさを物語っているようで興味深いですね。

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