(写真/二瓶彩)

 チュートリアル徳井義実スピードワゴン小沢一敬が、ルームシェアをしていたことを、ちょっとしたお笑い好きなら誰もが知っているところ。その部屋に、同居していたのが、放送作家の桝本壮志だ。

徳井アンド小沢の独特な暮らしはトークバラエティなどでもさんざんネタになってきたが、その二人と寝食をともにした桝元が、その生活をベースに紡ぎ上げた小説『三人』が発売し、大きな注目を集めている。果たして、どこまでがフィクションでどこまでがリアルなのか――。そして、NSC講師として6000人のお笑い芸人を送り出してきた彼が作品に注ぎ込んだ、“お笑い芸人”について聞いた。

 写真|二瓶彩

――小説『三人』は、18歳のときに芸人養成所の同期として出会った男3人が、紆余曲折経て30代中盤で売れっ子芸人、放送作家、売れない芸人としてシェアハウスで暮らす物語です。桝本さん自身、チュートリアル徳井(義実)さんとスピードワゴン小沢(一敬)さんとルームシェアしている時期があったことはよく知られていますが、今作は自叙伝といっていいんでしょうか?

桝本 いえ、自叙伝ではないんですよ。書きたかったのは、令和の今を生きる芸人とテレビマンのリアルを描くフィクションでした。

ただ、小沢くん、徳井くんと3人で長らく暮らしていまして、その中であるとき小沢くんが「パンクバンドのファーストアルバムって自叙伝だよね。俺、自叙伝が好きなんだ」と言ったことがあったんですね。それを「1作目は自叙伝っぽいものがいいよね」という比喩だと僕が受け取ったんです。その小沢くんの一言が、ずっと自分の脳裏にあったことは間違いないです。

――そもそも放送作家である桝本さんが、なぜ小説を書こうと思ったんでしょう。

桝本 これはいろんなところでしゃべらせてもらってるんですけど、4つの理由が複合されてるので、好きに書いていただければと(笑)。

 ひとつには、僕が『笑っていいとも!』(フジテレビ系)の作家をやっていて、テレフォンショッキングで百田尚樹さんが来られた回があったんですね。そのときに「僕ら放送作家が書く台本は、ごく限られたスタッフと演者が読んで、そのままゴミ箱に捨てられていくんです。物書きとしてもっと多くの人に読んでほしいと思って小説を書きました」とおっしゃっていて、まさにその日の台本を書いた僕はアルタ裏で「めちゃめちゃわかる」と心が震えました。それは「僕も書いてみたいな」と思ったきっかけのひとつでしたね。

 もうひとつは、又吉直樹くんの存在です。年に4回くらい食事をする仲なんですよ。

20年くらいの付き合いになる彼が小説を書いたことで心が解放されていった様子を間近で見ていて、やはり自分もものを書いて生きていきたいという思いの輪郭は濃くなりました。彼にも「書いてみたらどうですか?」と常々言われていたので、そこでも背中を押されましたね。

 それとやっぱり小沢くん、徳井くんの存在も大きかったですし、さっき言ったように今を生きる芸人さんの現状を描いてみたいなと思ったのも動機です。

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――芸人を描いたフィクションはそれなりに存在しますが、本作は相方ではなく同期という関係に焦点を当てて、しかも1人は芸人ではなく作家という少しズレた立場で、且つ3人というのが新鮮でした。線でつないだら縦でも横でもない、いわば斜めの間柄というか……。

桝本 僕は前々から、世の中にいる人間を最小単位で考えるなら「3」じゃないかな、と思っているんです。

2人だったら点と点で線しかないけど、3人になると急に図形になって奥行きが出てくるな、と。

 バラエティのトーク番組でも、僕はよく「三角の関係を作りましょう」って言うんですよ。自分とMCとお客さんもしくは周りのガヤという三角。例えば『踊る!さんま御殿!!』(日テレ系)で、自分とさんま師匠の間だけで直線的な会話する人は“笑いの幅”が狭いし、周りの共感を得られない。でも「皆さんも。こういうことってありますよね? 実は私も~~」と、オーディエンスを巻き込んで三角関係をつくれたら、非常に膨らむんですね。

なにか教科書があるわけでもないですけど、僕はテレビの笑いの構造をそう考えていて、だから小説の中にもトライアングルを入れたいなと強く思っていました。

――それこそ徳井さん、小沢さんと桝本さんは大阪NSC13期の同期ですよね。

桝本 そうですね。世の中、ライバル関係はよく描かれますが、同期ってあんまり描かれてないな、と思ってました。同期って、自分たちで勝手にドアを叩いて同じところに入ってきて、いつの間にか同じスタートラインが引かれてるんですよね。「ほら、走れ」って言われて走り出した後は、二人三脚で階段を上ったり励まし合ったりする仲なんですけど、しばらくするとその背中がキラキラ眩しく見えて苦しくなる瞬間が、僕はあって。

 同期にチュートリアル、ブラックマヨネーズという2組のM-1チャンピオンがいて、ほかにも野性爆弾や次長課長とかキラキラしたやつらがいるんですよ。自分が芸人を廃業して、彼らをテレビで見ていたときの苦しさといったらなかったんですが、それって芸人界だけじゃなくて、いろんな組織でみんな経験すると思うんです。それを僕なりに表現してみたかったというのはありました。

――それともうひとつ気になったのが、本作の主人公である売れない芸人の“僕”についてです。一人称視点の地の文では比較的しっかり自分の気持ちを分析したり言葉にできたりしているのに、対人コミュニケーションだと感情的になりやすくて、そのせいでいろいろうまくいかない。この人物造形には、桝本さんがこれまで見てきた芸人さんの傾向を反映した部分があるんでしょうか?

桝本 ありますね。“僕”を大阪出身にしたのは、特に大阪人はそういう傾向が強いと思ってるからなんです。僕は27年前、まだお笑いの学校が吉本の大阪校しかなかった時代の生徒でしたが、元相方をふくめ大阪出身の同期たちが「自分たちがいちばん面白い」と思ってるのを感じていました。「田舎もんが何言うてんねん、大阪がいちばんおもろいんや」と。

 自分の中にそういう自分の像をつくっちゃってるんですね。でもそういう思いがプライドになって、客前に立ったときに力を発揮できなくて困惑する。そのときに、喜怒哀楽の中で怒りを選んでしまってついつい人とのコミュニケーションが強くなっていってしまう。そういうタイプは当時散見されました。僕自身も、そうだったと思います。

――そうなんですね。自分は関東育ちで、大阪出身の芸人さんを取材する機会がたまにあるんですが、そういう印象はあんまり抱いてなかったです。

桝本 まあ、お笑いの学校が大阪にしかなかった時代の話ですからね。

――「俺たちがいちばん面白い」というプライドがあるであろうことはわかっていましたが、うまくいかなかったときにコミュニケーションの当たりが強くなる、というところまでは考えが及ばず……。でもそう言われると、過去に芸人さんに限らず関西の人とのやりとりで、違和感を覚えた場面に納得がいきます。

桝本 学生の飲み会とかでもあるじゃないですか。「なんでツッコまへんねん、大阪やったらなぁ~~」って。言われた側は「知らんがな」って話ですが(笑)。

 僕はいま講師をやっていますけど、斜に構えることがかっこいいと思っていたり、懐に入られることを拒んで怒りのほうにいっちゃうタイプは、今もいますよ。でもそれは、彼らの防御策なんですよね。そうやって振る舞うことによって「自分の笑い」を守ってきた。“お笑い愛”の一部でもあるんです。

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――講師としてのお話が今ありましたが、桝本さんはNSCで数々の芸人を育ててきていますよね。今作の帯にも「6000人の芸人を育てた」とあります。

桝本 当初は「なんで売れなくて芸人やめた俺が教えるんだろう」って思ってたんですよ。でもやってみてわかったのは、売れてる芸人さんには語れないものがあるんだな、ってことでした。面白いネタの作り方が書いてある教科書はないわけです。だから、売れてる芸人さんが教えるとしたら「俺はこういうふうにつくってるよ」という経験則なんですね。その言葉は非常に重いですが、逆に言うと、その人は自分の1パターンしか語れない。

 でも僕ら裏方は「チュートリアルはこうつくってるよ」「あの人はこうつくってるよ」って、いくつも例を並べられる。15個の例を出されたほうが、生徒さんにとっては圧倒的にヒントになりますよね。僕は生徒さんに「こうしたら売れるよ」って言ったことはないし、「面白くないよ」と言ったこともないです。「面白いけど、僕ならこうするかな」「こういう考え方もあるよね」と、一緒にブレストする感じですね。

――たしかに、芸人さんにインタビューすると、ネタの作り方や考え方は、本当に千差万別なんだといつも思います。

桝本 そうなんです。芸人同士はよく「どうやってネタ書いてる?」って話すんですよ。一緒に暮らしてみてわかったんですが、チュートリアルは座付き作家を置かなくて、完全に全部徳井くんが書いてる。スピードワゴンだったら、小沢くんは、友だちの作家を一人呼んで部屋に閉じこもって、漏れてくる声に「なんかしゃべってるな」「笑ってるな」と思ってたらネタができあがってる。「枕元にペンを置いて夢の中に出てきたことをパッと書く」って言ったのは次長課長の河本でした。だから本当に人によって違うんです。そういうところも面白いですよね。

――今作の主人公の“僕”はなかなか売れずにくすぶる期間が長く、かたや同居人の“佐伯”は相当な売れっ子です。現実でも大半の若手の方は「売れる」ことを目指していますが、売れたら売れたでその先も大変なわけですよね。年齢が上がるほどテレビの第一線で活躍する人数は減っていく中で、生き残る術というのはあると思いますか?

桝本 まず「売れる」ってところで言うと、コロナの影響で芸人さんのサイクルが、ますます早くなると私は読んでます。コロナによってテレビをはじめメディアの制作費が下がってますよね。その結果として、比較的安価でつくれる芸人さんの番組やクイズ番組が非常に増えました。そこに輪をかけて、まだ売れてない若手芸人さんたちがYouTubeとかでトークしたり、笑いを取り始めている。芸人という立ち位置が分散化してるんです。お笑い研究家みたいな方が「ブームは7年周期だ」なんて言いますけど、とんでもねぇぞ、と。なんだったらもう第7世代の次が来ているとすら感じます。

 だからどうやって残っていくかというのは、非常に難しい問いですね。でも、お笑い芸人の歳の重ね方はいつ見ても素敵だなと思います。売れ続けている人って、やっぱりみんなちょっとずつ変容していっていると思うんですよ。同じスタイルでずっと売れてるのって、さんま師匠くらいなんじゃないでしょうか。時代をちゃんととらえて、小さくアジャストしていく。それはコツのひとつかもしれません。

『三人』(文藝春秋)
桝本壮志/著 価格:1650円 発売中
https://www.amazon.co.jp/dp/B08QD3MFDC?tag=bunshun_hp-22&linkCode=as1&creative=6339

桝本壮志(ますもと・そうし)
1975年広島県生まれ。人気放送作家として多数の番組を担当。AbemaTVをはじめ、社会現象となるネットコンテンツの企画にも携わっている。母校である吉本総合芸能学院の講師を務める。
ツイッター @SOUSHIHIROSHO