上西雄大(撮影=石田 寛)

 コロナ禍で低迷する映画界に、ひとりのヒーローが現われた。そのヒーローの名前は、上西雄大。

1964年大阪生まれの上西は、監督&主演映画『ひとくず』がミラノ国際映画祭でベストフィルム賞(グランプリ)と主演男優賞を受賞したのを皮切りに、ロンドン国際映画祭、ニース国際映画祭、マドリード国際映画祭など欧州の映画祭で次々と主要賞を受賞。日本では2020年3月から緊急事態宣言下での公開となりながらも、現在まで驚異的なロングラン上映を続けている。

 今年7月に公開された赤井英和とのW主演作『ねばぎば新世界』に続く新作『西成ゴローの四億円』も、ロンドン国際映画祭、ニース国際映画祭で最優秀作品賞を受賞。続編『西成ゴローの四億円 死闘篇』に加え、さらに実話に基づいた感動作『ヌーのコインロッカーは使用禁止』の公開が2022年に控えている。監督&主演映画が次々と公開され、57歳にしてブレイク寸前状態にある“遅咲きのヒーロー”上西雄大の素顔に迫った。

 

大阪という土壌が生み出した“遅咲きのヒーロー” 俳優&監督・上西雄大が語る泥まみれの役者人生
西成の日雇い労働者・ゴローは政府諜報機関の元工作員 ©上西雄大

――11月9日(火)より特別先行公開される『西成ゴローの四億円』は、貧困や社会格差を描きつつ、アクションシーンをたっぷり盛り込んだ娯楽作。

大阪の西成が舞台、お金にがめつい男・ゴローを主人公にしているところが、『ひとくず』で注目を集めた上西監督らしさを感じさせます。

上西 『西成ゴローの四億円』に人生を賭けています(笑)。もともとは『ひとくず』を撮り終わった後に『西成ゴロー』という未公開の短編映画を作ったんです。西成で日雇い人夫として働くゴローが若年性アルツハイマーを発症し、昔捨てた娘のために腎臓を売ってお金を工面するというシリアスな内容でした。その短編をもとに、『西成ゴローの四億円』はアクションやコメディも交えたエンターテイメント作品にしているんです。

――『ひとくず』の成功が、やはり大きかった?

上西 本当に『ひとくず』のおかげです。

『ひとくず』は欧州の映画祭では高い評価を受けたんですが、日本での配給はなかなか決まりませんでした。配給会社を見つけ、ようやく2020年3月から公開がスタートした矢先にコロナによって映画館自体が閉鎖され、上映が中断されたんです。緊急事態宣言明けに少しだけど上映できると言われましたが、『ひとくず』を消化試合扱いすることは絶対にできませんでした。それで半年間は上映を見送って、2020年秋から再上映を始めました。おかげさまで「おいくず」様と呼んでいるリピーターたちに支えられ、観客動員2万5000人を超えたところです。「おいくず」様が多いので、実際に『ひとくず 』を観た方は5000人くらいかもしれません(笑)。
10万人動員できるまでは、粘って上映を続けようと思っています。

――コロナ禍でもあきらめずに、『ひとくず』の上映を続ける上西監督やスタッフ&キャストの情念がすごい。

上西 児童虐待を題材にした『ひとくず』は、多くの人に観てもらう使命を持った作品だと思うんです。僕ら役者は不要不急の存在ですが、『ひとくず』を作ったことで存在意義を持つことができたんです。でも、『ひとくず』が本当の力を発揮できるのは、やはりコロナ禍が収まって、みなさんの心が開いたときだと思っています。それまでは『ひとくず』の上映も続けていくつもりですし、『ひとくず」を観た人たちが『ねばぎば 新世界』や『西成ゴローの四億円』の出資者にもなったんです。

大阪という土壌が生み出した“遅咲きのヒーロー” 俳優&監督・上西雄大が語る泥まみれの役者人生
(撮影=石田 寛)

――上西監督の作品はどれも大阪を舞台に、人情味たっぷりなドラマが展開されるのが特徴です。

上西 今回の『西成ゴローの四億円』は、西成のヒーローを生み出したかったんです。僕が子どもの頃は靴の片方が脱げ落ちているような雰囲気の街でしたが、今はクリーンになって、住み心地のよい街になっています。美味しい食べ物屋さんもいっぱいある。どんな人にも温かい街なんです。愛すべき街・西成のヒーローにゴローがなれればいいなと思い、『西成ゴローの四億円』の記憶を失っているゴローは実はかつて凄腕の諜報員だったという設定にしたんです。

覚醒してからのゴローは無敵の存在です(笑)。

――お金で殺人を請け負うところは、朝日放送制作の人気時代劇『必殺仕事人』を思わせ、主人公が記憶を失っていたという設定は寺沢武一のSF漫画『コブラ』っぽくもある。とても分かりやすいストーリーです。

上西 僕は基本オタクなので、自分が好きなものばかり映画に入れているんです。子どもの頃にはブルース・リーに夢中になったし、『太陽にほえろ!』(日本テレビ系)の松田優作さんの殉職シーンには衝撃を受けました。ゴローがバイクで走るシーンは、松田優作さんの主演&監督作『ア・ホーマンス』(86年)のオマージュなんです。

他にも原田芳雄さんや高倉健さんが主演した昭和の映画が大好きです。『西成ゴローの四億円 死闘篇』には『8時だョ!全員集合』(TBS系)やジュリアーノ・ジェンマをネタとして入れています。若い世代がどう反応するのか気になりますね(笑)。

――『西成ゴローの四億円』の個性的なキャラクターたちは、初登場シーンで所持金、貯蓄額、負債額が字幕表示されるのも、関西ならではのユニークな演出。

上西 お金って、人によって使い方がまるで違いますよね。すっごいお金を持っているのに、ドケチな人もいる。逆にお金を持っていないのに、バンバン使ってしまう人もいる。お金の使い方に人間性がすごく出てくるんじゃないかと思うんです。ギャグっぽい効果もあって、『西成ゴローの四億円』の中でいい演出になったんじゃないですか。大阪のおばちゃんは見た目は普通でも、ビルを丸ごと買い取ったりするほど、お金を貯め込んでいる人が実際にいたりするんです(笑)。

大阪という土壌が生み出した“遅咲きのヒーロー” 俳優&監督・上西雄大が語る泥まみれの役者人生
津田寛治が演じたのはゴローの政府諜報機関時代の元同僚 ©上西雄大

――『ひとくず 』は上西監督が2012年に旗揚げした劇団「テンアンツ」(2020年に映像劇団「テンアンツ」に改名)のメンバーが主要キャストとなっていましたが、『西成ゴローの四億円』はメジャーな俳優たちとの共演。インディペンデント映画への出演も多い津田寛治さんのゴローの相棒役は適役ですし、ラスボスを演じる奥田瑛二さんとの対決シーンは異種格闘技戦を思わせる緊張感があります。

上西 僕は監督というよりも、やっぱり俳優なんです。俳優である僕が憧れる人たちに、今回は出てもらっています。津田寛治さんとの共演シーンはどれも楽しかった。奥田瑛二さんは僕にとって神様みたいな存在です。俳優の演技は基本的にリアクションから生まれるものです。僕から「こうしてください」と言うことはまずありません。初めて共演する僕に対して、「こんな空気を奥田さんは投げ掛けてくれるんだ」と思い、感激しましたね。

 『死闘篇』ではやはり憧れの石橋蓮司さん、笹野高史さんとも共演させていただきました。『死闘篇』で宿敵となる殺し屋を演じる加藤雅也さんは、世界でいちばんかっこい大阪弁を話す俳優だと思っています。そんな方たちと共演させていただくことで、ゴローの表情は生まれているんです。俳優として光栄だったし、最高の体験でした。

大阪という土壌が生み出した“遅咲きのヒーロー” 俳優&監督・上西雄大が語る泥まみれの役者人生
(撮影=石田 寛)

――主演映画が目白押し状態の上西監督ですが、これまでの俳優人生を振り返ってもらえればと思います。俳優業に足を踏み入れたきっかけは、何だったんでしょうか?

上西 僕の俳優デビューは遅いんです。40歳を過ぎてからです。以前はグルメ系のライターをしていたんですが、妙なことから芸能プロダクションの社長を引き受けることになり、小さな舞台の脚本を書いたんです。舞台で役者が足りず、自分も舞台に立つことになったんですが、当然ながら素人なので芝居ができず、その舞台は大恥をかきました。舞台を観たある役者からは、そのことをからかわれました。それが悔しくて腹が立って、関西芸術座出身のベテラン俳優の芝本正さんと奥さまの小西由貴さんに弟子入りして、イチから学んだんです。それこそ、発声の基本となる「ういろう売り」から教わりました。

 芝本先生は僕のことをずっと温かく見守ってくれました。僕が書いた脚本の演出で一度揉めて疎遠になったこともあったんですが、それでも僕が出たTVドラマは必ず見てくれ、芝居も観てくれました。芝本先生は2018年に亡くなられましたが、今でも僕が舞台に立っていると劇場のどこかで先生が見守ってくれているような気がするんです。『西成ゴローの四億円』『死闘篇』に出ている焼肉屋のおばあちゃんは、お願いして小西先生に演じてもらっています。『西成ゴローの四億円』はシリーズ化して、小西先生にはずっと出てほしいと思っているんです。

――50歳を目前にして劇団を旗揚げ。関西での演劇活動は大変な苦労があると思います。

上西 関西を拠点にしている役者の活動は大変です。特に演劇は役者が知り合いの役者を呼んでいる状態なので、なかなか客層が広がらないんです。僕らの劇団も旗揚げは10数人しか集まりませんでした。観にきてくれたお客さんの口コミで集めるしかありません。「テンアンツ」は関西で1500人は動員できるようになったんですが、関西ではそれが限界だなとも感じました。東京に進出して下北沢で公演したところ、観客のみなさんがSNSで発信してくれて、3か月後に東京で再演することがすぐに決まりました。今は東京を拠点にして、舞台公演するようになりました。

――上西監督の作品を観ていると、生まれ育った大阪に対する憎しみと愛情が渾然一体となった複雑な想いを感じさせます。

上西 大阪には何の恨みはありません。大阪という街を僕は愛していますし、大阪弁でなくては表現できないニュアンスがあると思っています。

 でも、やっぱり大阪という街には、僕が生きてきた中でつらかった記憶も埋まっているんです。『西成ゴローの四億円』で目玉と腎臓を売ったゴローが淀川大橋を渡るシーンがありますが、淀川大橋は僕には忘れられない場所なんです。僕が子どもの頃、母親は父親からひどい暴力を受けていたんです。あまりに暴力がひどく、母親は裸足で逃げ出すことがありました。僕は心配になって、母の後を追い掛けました。母は泣きながら僕の手を引いて、引き返す場所が淀川大橋だったんです。母が川へ飛び込むんじゃないかと心配でしたが、母は橋の真ん中で立ち止まって、「ホットケーキ、食べるか?」と僕に言って戻ったんです。十三の食堂で食べたホットケーキの悲しい味と淀川大橋を僕は忘れることができません。淀川大橋を渡るときにゴローが泣いているシーンには、自分の子どもの頃の記憶も入っています。僕はこれからも大阪で映画を撮り続けるつもりです。

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(撮影=石田 寛)

――劇団主宰、映画制作だけでなく、大阪では焼肉店を経営しているそうですね。安定した生活を送るために、焼肉店の経営に専念するという選択肢もあったと思います。

上西 安定した生活を選ぶなら、そうですよね。僕の父親は焼肉店で財を成し、それから不動産にも手を出すようになりました。父がやっていた店は大きかったんですが、父が亡くなった際に弟と妹と相談して処分したんです。その後、新しい焼肉店を始めました。小さな店ながら繁盛したときもあったんですが、映画制作や舞台公演の度に休業しているので、「真面目に営業しろ」と最近は地元の人たちからお叱りを受けています(苦笑)。『西成ゴローの四億円』の闇金姉妹役の徳竹未夏と古川藍が店長で、従業員もみんな劇団員なので、映画の撮影や公演時はお店を休まざるをえないんです。ちなみに『西成ゴローの四億円』に出てくる小さな焼肉屋が、その店なんです。

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徳竹未夏と古川藍演じる闇金姉妹 ©上西雄大

――家庭内暴力をテーマにした『ひとくず』は、上西監督の実体験が投影された作品。『ひとくず』の舞台あいさつで「3歳まで戸籍がなかった」と語っていましたが、そのこともお聞きできますか?

上西 母親が妊娠していたとき、父親は中絶しろと言ったんです。それで母親は実家に戻って、僕を産みました。父が僕のことを認めるまで、母は頑張って3年間戸籍を入れなかったんです。実家に戻った母は働き、僕は母方の祖母に育てられました。祖母に映画館に連れて行かれ、僕は映画の世界に魅了されるようになったんです。僕が映画の中で描く愛情は、その祖母から注がれたものです。僕が撮った映画は、いちばん最初に祖母に見せたかった。僕が撮った映画の最初に「テンアンツ」のロゴが出ますけど、ロゴの前に映っているおばあちゃんが僕の祖母です。僕が映画を撮るようになったのは、祖母のおかげなんです。

――『ひとくず』をはじめとする上西監督作に、ひりひりするような想いが込められているのにはそんな背景があったんですね。主演&監督作が次々と公開され、海外の映画祭では数多くの賞を受賞。57歳にして大ブレイクを迎えたと言えるのではないでしょうか?

上西 ブレイクしたとは、全然思いません。最近、ようやく想いが報われるようになってきたかなとは思いますが。僕個人は NHKの朝ドラに出れるような俳優になれればいいなぁと……(笑)。でも、一緒に劇団を立ち上げた徳竹未夏、古川藍には人気女優になってほしいと願っています。これまで舞台やって、映画制作を続けてこれたのは、本当にバカの為せる技だったんですが、そんな僕を彼女たちは支え続けてくれた。

 『ひとくず』を映画にしようと考えたときは、みんなから無理だと思われたんです。それで自分たち劇団員だけでは映画はできないので、僕の大好きな俳優・木下ほうかさんに出てほしいと台本を送ってお願いし、西成に近い寺田町のファミレスで夜中にお会いして話し合ったところ、ほうかさんは僕の手を握って「やろう」と承諾してくれた。そのときのレシートは今も大切にしています。ほうかさんが出てくれることが決まったと電話したら、2人は喜んで一緒に泣いてくれたんです。あの日見た、天王寺の夜景は忘れられません。徳竹未夏と古川藍は、本当に報われてほしいなと思います。

 先日の京都国際映画祭では『ひとくず』のディレクターズカット版が上映され、客席から大喝采をいただきました。『ひとくず』ディレクターズカット版はこれから一般公開するつもりなので、『西成ゴローの四億円』『西成ゴローの四億円 死闘篇』ともどもよろしくお願いします。

 

大阪という土壌が生み出した“遅咲きのヒーロー” 俳優&監督・上西雄大が語る泥まみれの役者人生

映画『西成ゴローの四億円』
監督・脚本/上西雄大 製作総指揮/奥山和由
出演/上西雄大、津田寛治、山崎真実、波岡一喜、徳竹未夏、古川藍、奥田瑛二
配給/吉本興業、チームオクヤマ、シネメディア 11月9日(火)よりTOHOシネマズ シャンテにて『西成ゴローの四億円 死闘篇』と合わせて特別先行一挙公開 2022年全国順次ロードショー
©上西雄大
https://goro-movie.com

●上西雄大(うえにし・ゆうだい)
1964年大阪府出身。2012年に映像劇団「テンアンツ」を発足し、関西の舞台を中心に活動を始める。児童相談所を取材したことがきっかけで、その晩のうちに脚本を書き上げ、制作費500万円で映画『ひとくず』を2019年に完成させる。『ひとくず』はミラノ国際映画祭、ロンドン国際映画祭でグランプリと最優秀男優賞を受賞するなど海外の映画祭で絶賛され、2020年3月より渋谷ユーロスペースにて公開された。
赤井英和とのW主演作『ねばぎば 新世界』はニース国際映画祭で外国語映画最優秀作品賞、最優秀脚本賞を受賞し、2021年7月に公開。
『西成ゴローの四億円』はロンドン国際映画祭で外国語長編映画最優秀作品賞と最優秀男優賞、ニース国際映画祭で最優秀外国語映画作品賞、外国語映画最優秀男優賞を受賞。2022年には『西成ゴローの四億円』『西成ゴローの四億円 死闘篇』の2部作と『ヌーのコインロッカーは使用禁止』の公開が控えている。