©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS

 赤井英和主演の『どついたるねん』(1989)でデビュー後、2000年には『顔』で日本アカデミー賞最優秀監督賞などを受賞した阪本順治監督。任侠や喜劇、群像劇、SF……といった幅広いジャンルを扱ってきた阪本監督の新作かつ、2020年にひき逃げ事件を起こして芸能活動を休止していた俳優・伊藤健太郎の復帰作となる映画『冬薔薇(ふゆそうび)』が、6月3日から公開される。

 本作において、阪本監督は伊藤と面談をし、当て書き(その役を演じる俳優をあらかじめ決めておいてから脚本を書くこと)しながら脚本を完成させた。そのストーリーは、人生のどん底から這い上がる希望の物語……ではなく、何もかもがうまくいかない中でも逃げることなどできず、それでも生きるしかない。そんな現実を容赦なく描き出した、終始人間臭くて重苦しい作品だ。

 希望ばかりを見せることで安易な安心感をもたせる作品とは全く異なっている。逆にフィクションだからこそ、徹底的に負の部分を見せることで、自分を見つめ直すことができる。

 現実社会においては、必ずしも救いがあるとは限らない。

誰かが助けてくれるとは限らない。それは親でも友人でも……。

【ストーリー】
ある港町。専門学校にも行かず、半端な不良仲間とつるみ、友人や女から金をせびってはダラダラと生きる渡口淳(伊藤健太郎)。“ロクデナシ”という言葉がよく似合う中途半端な男だ。両親の義一(小林薫)と道子(余貴美子)は埋立て用の土砂をガット船と呼ばれる船で運ぶ海運業を営むが、時代とともに仕事も減り、後継者不足に頭を悩ましながらもなんとか日々をやり過ごしていた。

淳はそんな両親の仕事に興味も示さず、親子の会話もほとんどない。そんな折、淳の仲間が何者かに襲われる事件が起きる。そこに浮かび上がった犯人像は思いも寄らぬ人物のものだった……。

※次のページから一部ネタバレを含みます

 先述したように、本作の主人公は伊藤健太郎をモデルに当て書きされている。伊藤は若手俳優として着実に人気を伸ばしていた2020年、自動車運転死傷処罰法違反と道路交通法違反の疑いで逮捕され、不起訴処分になったものの、約2年も俳優業から離れていた。伊藤にとっての、希望と再生に通じる復帰作になるだろうと思われていたが……。

 俳優に当て書きした映画はそれなりに多い。大泉洋が変わり者の食えない雑誌編集長を演じた『騙し絵の牙』(21)や、小栗旬が猟奇殺人の真相を追う刑事役を演じた『キャラクター』(20)など、キャラクターと俳優のイメージが合致し、プラスの効果を生むからだ。

 阪本順治監督の前作『弟とアンドロイドと僕』(21)も、ストーリーは重圧なものではあったが、豊川悦司に当て書きすることで、主人公のロボット工学者が持つミステリアスな魅力を際立たせていた。

 一方で、離婚とアルコール依存でボロボロだったベン・アフレックの『ザ・ウェイバック』(20)や、シャイア・ラブーフが自身の体験をもとに、アルコール依存のリハビリ施設で脚本を書き上げた『ハニーボーイ』(19)のように、主演俳優にとってリアルにマイナスからの再生、リハビリ的な機能を果たすことを仮定して当て書きされたものもある。

 本作は後者だ。俳優・伊藤健太郎にとって、分岐点となる作品であることは間違いない。

 過去の過ちは消し去ることはできないが、順風満帆に生きてきた人間では表せない表情や演技に昇華し、役者としてプラスに転換する俳優も少なくない。ひとくくりにはできないが、事件や事故には被害者がいるため、その加害者が表舞台に復帰することは批判も免れないだろう。ただ、そこが一般人と俳優との違いといえるだろうし、そうすることでしか、俳優としては生きていけないのだ。

『冬薔薇』伊藤健太郎の演技は必ずや評価されるだろうが…とにかく暗く重たい復帰作
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 今作の主人公・渡口淳は、専門学校にも行かず、詐欺に加担し、その日暮らしの生活を送っているような状況。どうにもならなくなり、両親を頼り戻ってくるが、周りも相手にしてくれない。

 そんな中でも自分を見つめ直し、過去のトラウマに向き合ったり、将来に対しての小さな希望を見出したりしていく。

 まさに伊藤健太郎にとってのリハビリ映画であり、誰もがそれなりのハッピーエンドを期待するのではないだろうか。

 ところが本作は、徹底的に救いのない展開に向かっていく。人間は、ドラマや映画の登場人物のように簡単には軌道修正できない、そんなに甘いものじゃないと常に言われているようで、観ていてつらい部分も多い。

『冬薔薇』伊藤健太郎の演技は必ずや評価されるだろうが…とにかく暗く重たい復帰作
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 さらには一度落ちてしまった穴から抜け出すことは困難であり、その穴の中で傷を舐め合う関係に依存し妥協(伊藤健太郎が起こした事故を「過ぎたことだから」「反省しているから」と擁護するファンの意見に甘んじることへの誘惑のメタファーか?)することで、さらに深く暗い穴に落ちてしまうことを痛感させられる。因果応報という点では、今年公開されたギレルモ・デル・トロの『ナイトメア・アリー』の結末に少し似ている部分もある。

 本作での伊藤健太郎の演技は評価されるだろう。

しかし、それに甘えてしまうと、再び穴に突き落とされてしまう。本作が評価された後、伊藤健太郎がどこに向かうかで、リハビリ映画になるか、それともただの自虐映画になるか、評価が決まるということだ。

 

『冬薔薇(ふゆそうび)』
6月3日(金)より、新宿ピカデリーほか全国ロードショー

脚本・監督:阪本順治 
出演:伊藤健太郎、小林薫、余貴美子、眞木蔵人、永山絢斗、毎熊克哉、坂東龍汰、河合優実、佐久本宝、和田光沙、笠松伴助、伊武雅刀、石橋蓮ほか
2022年|日本|カラー|スコープサイズ|5.1ch|109分|PG12
製作:木下グループ 配給:キノフィルムズ
公式HP:https://www.fuyusoubi.jp/ 
公式Twitter:@FUYUSOUBI_jp