川口春奈主演、Snow Man・目黒蓮が共演するフジテレビ系木曜劇場『silent』が好調だ。
10月6日に初回が放送されたが、8日の発表では、第1話の見逃し配信(FOD、TVer、GYAO!の合計)が2日間(10月6日~7日)で160万再生を突破。
TVerの総合ランキングでは、放送翌日の金曜よるには首位を獲得し、以降、日曜よるまで首位を独占している。初回の世帯平均視聴率は6.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と決して高いものではなかったが、ドラマの内容には絶賛の声も多く、その評判も後押ししているのだろう。
木曜よる10時の木曜劇場の枠は、かつては数々のヒット作を生んだ枠だが、『報道ステーション』(テレビ朝日系)を筆頭に、『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)『櫻井・有吉THE夜会』(TBS系)と競合が強く、近年はかつてのような高視聴率は取れていない。それゆえ期待されているのが配信人気だが、この『silent』の評価の高さと配信人気の盛り上がりは、夏ドラマの『石子と羽男―そんなコトで訴えます?―』(TBS系)を想起させるところがある。
『石子と羽男』は、世帯視聴率こそ全話平均7.3%で、民放のゴールデン・プライム帯ドラマでは13作品中7位という結果だったが、オリコンによるドラマ満足度ランキングで10話すべてで首位を獲得するなど視聴者から厚い支持を得ており、TVerでも他を圧倒する人気ぶりだった。
『silent』の配信人気は、TVerのお気に入り登録者数の推移からもうかがえる。放送直前のお気に入り登録者数は24万ほどだったが、放送後に急伸。8日までに60万を超え、9日24時時点では71.5万人にまで膨らんでいる。『石子と羽男』ですら60万強だったことを考えると、今後『silent』はTVer総合ランキングで“無双”となる可能性を秘めているのだ。
TVerは今期、「事前お気に入り」キャンペーンと題し、予告動画などをTVerでも配信することで事前のお気に入り登録を呼びかけてはいたが、やはりドラマのお気に入り登録者数は本編スタート後に伸びる傾向にある。すでにスタートしている山田涼介主演『親愛なる僕へ殺意をこめて』(フジテレビ系水曜ドラマ)、玉森裕太主演『祈りのカルテ~研修医の謎解き診察記録~』(日本テレビ系土曜ドラマ)と比較してみると、『親愛なる僕へ殺意をこめて』は42.6万人、『祈りのカルテ』は22.9万人。ドラマのお気に入り登録者数は40万を超えるだけで十分すごいのだが、70万超えとなる『silent』がいかに注目されているかが伝わるのではないか。(1/2 P2はこちら)
『silent』は、若手脚本家の登竜門として知られる「フジテレビヤングシナリオ大賞」の第33回で『踊り場にて』が大賞を受賞した生方美久(うぶかた・みく)氏のオリジナル脚本で、生方氏はこれが連続ドラマデビューという大抜擢となったが、それだけの大器であったと見ることができそうだ。プロデューサーの村瀬健氏は、日本テレビ時代に『14才の母』など、フジテレビに入局して『BOSS』『信長協奏曲』『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』などを手がけてきた人物だが、生方氏の脚本を「セリフっぽくない、日常の言葉を使ったリアリティーのあるセリフが心にしみた」と評価し、オリジナル作品での連続ドラマデビューをオファーしたのだという。
生方氏は坂元裕二氏の大ファンのようで、SNSでは夏ドラマの『初恋の悪魔』(日本テレビ系)を絶賛する感想も綴っているが、『silent』には映画『花束みたいな恋をした』からの影響も感じられる。
スピッツ「魔法のコトバ」は、川口春奈演じる青羽紬(あおば・つむぎ)が高校時代、想いを寄せていた佐倉想(目黒蓮)と交際するきっかけになった楽曲だ。「魔法のコトバ 二人だけにはわかる」という歌詞のとおり、ふたりは仲睦まじいカップルとなり、「また会えるよ 約束しなくても」という歌詞のとおり、同級生で同じクラスのふたりは毎日のように顔を合わせていただろう。しかし、徐々に耳が聞こえにくくなる「若年発症型両側性感音難聴」を患って聴覚を失った想は、紬に突然別れを告げる。8年後、紬は想と世田谷代田駅のホームで運命の再会を果たす。「また会えるよ 約束しなくても」。
ちなみに渋谷のタワーレコードで勤務する紬が、試聴機でスピッツの「楓」を聴く場面もあった。生方氏は今年3月、「スピッツの『楓』みたいなお話書いてるので毎日泣いてます」とツイートしていたが、「さよなら 君の声を抱いて歩いて行く」「他人と同じような幸せを信じていたのに」といった歌詞は、ひょっとすると想の心情を歌っているのだろうか。
第1話では、back numberが2014年3月に発表したアルバム『ラブストーリー』も象徴的なアイテムとして出てきた。
『silent』は聴覚障がいとラブストーリーという、ともすればセンシティブな題材を扱うが、ろう者の当事者が俳優としてキャスティングされていたり、解説放送版が配信されていたりと、当事者への配慮も感じられる。
また、風間俊介演じる手話教室教師・春尾正輝が“嫌味”を言うシーンも印象的だった。紬・想の同級生で、紬の現在の恋人である戸川湊斗(鈴鹿央士)が、想の状況を知り困惑する中、訪れた居酒屋で正輝が手話を使っている様子を見て、思わず声をかける。穏やかな正輝が居酒屋の店主にタダで手話を教えているという話に「人がよさそうですもんね」と湊斗が言うと、正輝は表情を崩すことなく、「そういう刷り込みがあるんですよ。偏見っていうか。手話。耳が聞こえない。障がい者。それに携わる仕事。奉仕の心。優しい。思いやりがある。――絶対いい人なんだろうなって勝手に思い込むんですよ。ヘラヘラ生きてる聴者(ちょうしゃ)の皆さんは」と厳しい指摘を投げかけ、「僕も聴者なんですけどね」と笑う。静かな怒りが感じられるこのシーンは「風間さんの演技がめっちゃ怖い」「人間の持つ暗い部分を感じて素晴らしい演技だった」と話題になっていたが、こうした自然な流れから不意に視聴者の胸を刺す鋭いひと言が飛び出すあたりにも、『石子と羽男』や坂元裕二イズムを感じると言うと、言い過ぎだろうか。
別に「石子と羽男に似ている」と言いたいのではない。『石子と羽男』が兼ね備えていた「良質のドラマ」の要素を『silent』も(今のところ)兼ね備えているということであり、だからこそ『silent』は放送を重ねるたびにさらに支持が増えていくのではないか、ということだ。
すでにタワーレコード渋谷や世田谷代田などが“聖地”化しつつあり、ドラマで想と紬が交換したイヤホンなどがタワーレコードで発売されたりと、「silent現象」も起こりつつあるドラマ『silent』。この秋もっとも注目の作品となりそうだ。
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