大学教授である石井岳龍監督が、キャンパス内で拳銃をぶっ放す。石井監督の5年ぶりの新作映画『自分革命 映画闘争』は、日大藝術学部在籍時に撮った伝説的なデビュー作『高校大パニック』(76)を彷彿させる過激な原点回帰作となっている。
神戸芸術工科大学映画コースの教授を、2023年3月いっぱいで退官することが決まっている石井監督。2006年から学生たちを実習指導してきた石井監督が、映画づくりに関する独自のノウハウを一本の映画にまとめたドキュメンタリー作品のようでもあり、石井監督自身が演じるマッド教授が暴走する姿は令和版『高校大パニック』だとも言えるだろう。
また、主人公たちが抑圧する巨大な力と闘う構図は、『狂い咲きサンダーロード』(80)や『爆裂都市 BURST CITY』(82)といった「石井聰亙」名義の初期代表作から一貫したテーマでもある。
映画の舞台となるのは、神戸芸工大のキャンパス。顔を怪しくペインティングした石井教授(石井岳龍)が拳銃を持ち出し、学生たちがいる校舎内で発砲するという事件が起きる。石井教授はそのまま失踪。
学生たちの証言はそれぞれ異なった。「追い詰められているようだった」と語る学生もいれば、「いつもどおりに変だった」と語る学生もいる。武田助教は事件の手掛かりとして、石井教授がパソコンに残していたテキスト「自分革命闘争ワーク」を開いてみる。「メタ認知」「心眼心耳拡張」「極小こそ極大」……。石井教授の単なる妄想なのか、それとも現実味のある映画理論なのか。
石井教授の失踪によって実習中だった映画制作は中断されていたが、学生たちは自主的に映画制作を再開する。だが、新しい表現を模索する彼らの前にも、影の圧力が迫ろうとしていた――。
カメラの前で、すべてをさらけ出す石井岳龍
若くして伝説的なフィルムメーカーとなった石井岳龍監督だが、17年間にわたる学生たちとの交流は、学ぶことも多かったようだ。4年ごしで本作を完成させた石井監督に、作品に込めた想いを語ってもらった。まず、映画の冒頭をShoot(射撃だけでなく、撮影の意味もある)から始めた理由を尋ねた。
石井「拳銃は最初は自分に向け、それから学生にも向けることになります。
劇中で取り上げられる「自分革命闘争ワーク」のテキスト内容はまったくのフィクションなのか、それとも石井監督が本気で思考していることなのか?
石井「自分ではフィクションのつもりで撮っています。でも、学生の中には『こういうことをやっていた』と感じた人もいるかもしれません(笑)。映画の中ではディフォルメしていますが、虚実皮膜の微妙なところを描いています。すべてが嘘かというと、そうでもないでしょうね。頭がおかしくなった大学教授が学生たちを巻き込んでいく、マッドサイエンティストものとして楽しんでもらえればと思います」
石井監督いわく、ジャン=リュック・ゴダール監督の『右側に気をつけろ』(87)、筒井康隆が大学のアカデミズムを笑い飛ばしたベストセラー小説『文学部唯野教授』、石井監督のコメディ映画『逆噴射家族』(84)の原作者である小林よしのりの実録漫画『ゴーマニズム宣言』といったメタ構造の作品もヒントになったとのことだ。
石井「私自身が主演するつもりはありませんでしたが、実際に大学教授の私が演じたほうがいちばん面白くなるだろうと考えたんです。カメラの前で、真っ裸になった気分です(笑)。ゴダール自身が主演した『右側に気をつけろ』も、映画を題材にしたおかしな作品でした。僕の好きなジム・ジャームッシュ、カウリスマキ、川島雄三、鈴木清順監督らと同じオフビートな笑い、どこまでがギャグか真剣なのか分からない世界です。『文学部唯野教授』はしっかり読み込んだわけではありませんが、主人公の唯野教授は筒井康隆さん自身のメタファーでしょう。小林よしのりさんの『ゴーマニズム宣言』もそう。
大学から逃げ出した石井教授は、森の中で瞑想しながら呟く。「俺はアホだ。アホすぎる。でも、アホだからこそ気づくこともあるんだ」と。思わず吹き出してしまうシーンだが、古代ギリシアの哲学者・ソクラテスが唱えた「無知の知」を石井監督流に言い直したものだ。
石井「高尚に言えばソクラテスの言葉でもありますが、アホって言葉はお笑いの世界では最上級の褒め言葉でもあるわけです。実際、これまで自分は一生懸命に映画をつくってきたつもりですが、冷静に見ることができないと独りよがりなものになってしまいます。客観的に自分を捉えることができないと、危険なことにもなりかねません」
石井監督の話を聞いていると、メタ認知(自分を客観的に見つめ、把握すること)などは単なる言葉遊びではなく、学生や観客に向けて石井監督が真摯に発しているメッセージでもあるように感じる。また、『五条霊戦記 GOJOE』(00)や『ELECTRIC DRAGON 80000V』(01)などにも通じる、スピリチュアル要素も石井監督ならではのものだろう。映画的言語として受け止めたい。
石井「私はSFが好きです。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『ブレードランナー 2049』(17)は大好きな作品ですが、製作費に200億円も投じるようなSF映画は日本では製作できません。でも、人間の内なる宇宙を描いたSF映画なら、アイデア次第では描くことができます。まったくの虚構を描くのではなく、現実をベースにすることでリアリティーのある面白さが生まれる。それもあって、その時の自分がいる場所をモチーフにしたフィクションを考えるのが楽しいんです。『高校大パニック』が福岡出身の私の母校を舞台にしたように、今回も自分が17年間を過ごした大学を舞台に思い切った嘘をついています(笑)」
映画がつまらなく、社会が最悪なのは誰の責任なのか?
瞑想を終えた石井教授は、やがて謎の洞窟へと姿を消すことになる。この洞窟は、さまざまな時空に繋がっている。石井教授のあとを追う武田助教は、旧石器人が壁画を描いた古代の洞窟や太平洋戦争中の防空壕の闇にも触れることになる。
石井「洞窟の闇は、未来のシェルターにも繋がっています。もちろん、現代の映画館の闇にも。映画を上映するスクリーンや映画館はとても重要な存在です。動画配信はとても便利で、私も重宝しています。でも、便利な配信だけになってしまうという状況には、不安を覚えます。映画は映画館の闇の中で観ることで集中力が増し、感覚が研ぎ澄まされるわけです。映画の世界だけに没入できる。闇がないと映画館では映画は上映できません。もちろん光も必要であり、それを観る人間の心が何よりも大切です。私の中ではそれは小宇宙だと思っています。そこは万物の創生の源につながっています」
常に実験精神を失わずに走り続ける石井監督は、多くの映画人たちからリスペクトされている。その一方、商業映画での大ヒット作はまだ残していない。町田康原作の異色時代劇『パンク侍、斬られて候』(18)は、綾野剛、北川景子、染谷将太、豊川悦司ら豪華キャストを擁し、東映系で全国公開されたが、興行的に成功したとは言い難い。
石井「いつも全力で映画を撮っていますが、『面白い』という声もあれば、『つまらない』という声も上がります。『つまらない』という声が上がるのは、それは私にまだ映画を撮る技が足りないということです。ジョージ・ミラー監督は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15)を70歳で完成させたわけですが、『面白い』という声が上がる一方、『つまらない』という声もある。賛否が割れるのは仕方ないことですが、観客のせいにすることは絶対にできません」
シネコンに行っても、面白そうな映画が見つからない。マスコミで話題になっているベストセラー小説を読んでみたものの、自分にはつまらなく感じられる。誰しも、そんな体験をしたことがあるだろう。この世の中が退屈で、どうしようもなく最悪な状況なのは、誰の責任なのか。石井監督は「まずは自分を変えてみるべき」と語る。
石井「シネコンは商業ベースで上映される作品が決まっています。つまり、観客が観たいと思っている映画が上映されているわけです。他人を責めても、何も変わりません。まずは自分を変えていくことが大切だと私は考えてました。自分が変われば、社会も変わっていくはずです。自分革命にはそんな意味も込めているんです。大学の教授職からは離れますが、映画づくりはこれからがいよいよ本番です。もちろん、最高傑作を連発するつもりでいます」
2時間45分にわたる石井岳龍ワールド。映画館の闇に体を沈め、内なる小宇宙に五感を澄ませてみてはどうだろうか。
『自分革命 映画闘争』
製作・監督・脚本/石井岳龍 撮影・照明・編集・VFX/武田峻彦
音楽・音響スーパーバイザー/勝本道哲 美術/谷本佳菜子
出演/神戸芸術工科大学・映画コース関係者有志
配給/ブライトホース・フィルム 渋谷ユーロスペース、神戸・元町映画館にて公開中
©ISHII GAKURYU
jibunkakumei.brighthorse-film.com
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