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どうも、紫帆です。都内の某飲み屋街で小さなバーを経営している私が、夜毎の営業中に目撃したクソ客・変な客・珍事件について、お話させていただきますね。

さて、今宵のお客さまは――


出禁ギリギリ! 性欲たぎる”セクハラおじさん

「ここ、カラオケあるの? 1曲いくら?」

 そう言いながら入ってきたおじさんは、たぎる性欲がオーラとして可視化されているようでした。還暦前にしては少々可愛らしいチャイナ・ブルーを飲みながら、カラオケも歌わず、わたしを質問攻めにしてくる性欲おじさん。

「エッチな顔してるね。AV出てた?」

「いくら出したらエッチしてくれる?」

「こういう店に1人で来る女の人って、エッチ誘ったらすぐしてくれるのかなあ?」

 すべての発言に「エッチ」という単語を入れずにはいられない病気かなんかでしょうか。ほかのお客さんとの会話などおかまいなしに、大声でたたみかけてきます。オーセンティックなバーであれば、即出禁レベルでしょう。

こちらとしてもやや辟易して、「どこの店でもそんな調子なんですか?」と聞いてみると

「そうなんだよ、俺、性欲がすごいんだよ! ストリップ大好きでよく見に行くんだけど、一度、ポラの撮影(注:ストリップでは公演後にストリップダンサーさんのポラロイドを撮ることができます。1枚1,000円ほど)で嬢のオ××コ触ろうとして、劇場出禁になっちゃったんだよ!」

と一切悪びれることのない強制わいせつ未遂告白。この正直さが、わたしの店ではギリギリ出禁にならない点でもあるのですが……。

 それからというもの、週1ペースで通ってくるようになった性欲おじさん。毎度、初回と同様のテンションかつ大声で「エッチしたい!」「エッチさせて!」「エッチできるかも!」とまくし立てるため、落ち着いてグラスを傾けたいお客さまは彼が来ると撤収してしまいます。それを補って余りあるほど飲み代を落としてくれればいいのですが、クソ客の御多分に漏れずケチ。
お酒もさして強くないのでしょうが、ロングカクテルかビールを1~2杯。「1杯、いただいてもいいですか?」と水を向けても、自分が飲んでいる瓶ビールを少し分けてくる程度。何かやらかしたらこれ幸いと引導を渡してやる――機を窺っていたところ、ある時期からぱったりと来店がなくなりました。

 ほかにセクハラターゲットでも見つけたのだろうと、しばらくは存在自体を忘れ平穏な夜を過ごしていました。が、1年以上たったある日、性欲おじさんは再び姿を現したのです。





「ママひさしぶり。
俺のこと覚えてる? まあ、1杯飲んでよ」

 あのケチだった性欲おじさんが、自分からお酒をおごる……だと? 久しぶりの来襲にどう応戦しようかと身構えていたわたしは、完全に肩透かしを食らいます。いただいたウイスキー越しにおじさんの様子を観察していると、以前どす黒く彼を覆っていた性欲オーラが消え、明らかに温和になっていることがわかりました。しかも、ほかのお客さまと普通のテンションで会話をしているではないですか!

 いったい何が彼を変えたのか? 困惑した表情を察したのか、おじさんが口を開きました。

「俺、変わったでしょ? 実は1年前、脳の病気で倒れてさ。手術したら人格変わったみたいなんだ」

 衝撃の告白――ですが、どこか腑に落ちるところもあります。性欲おじさんは「手術したら人格が変わった」と言いましたが、異常なまでに性にアグレッシブで、他人の話を遮ってまで自分の話をまくし立てる以前のあの状態は、脳の疾患によるものだったのではないでしょうか。
病気が発覚し手術をしたことで、本来の穏やかな性格を取り戻したと考えるほうが自然です。

 かくして、あらためて常連となった性欲おじさん。かつての性欲ほどではありませんが、今もストリップ好きは健在(ダンサーさんを気遣いながら、しっかりお金を落とす良客になったようですよ)。当バーでは「ちょっとエッチなおじさん」として、そこそこ愛される存在となったのでした。



(隔週金曜日・次回は6月22日更新)



プロフィール
浮川紫帆(うきがわ・しほ)
東京都内の繁華街の一角でバーを経営する30代バツイチ女性。ママ歴は6年。
好きなお酒はマカストロングのお湯割り。

(イラスト=ドルショック竹下)