モスクワで今月9日、対独戦勝80周年記念式典が開催され、中国の習近平国家主席をはじめ、ロシアに近い約25カ国の首脳が参集した。クルスク州でのウクライナ軍との戦闘に派兵した北朝鮮の金正恩総書記が参加するか注目されたが、結局、見送られた。

金正恩氏はこれまでにもロシア・極東を訪れてプーチン大統領と会談しているが、モスクワを訪問したことはなく、また多数の国家元首と席を共にしたこともない。クルスクでの戦いについてロシアとともに勝利宣言した直後だけに、首脳外交でのデビューを飾るなら絶好とのタイミングだったとも思えるのに、金正恩氏はなぜ参加しなかったのだろうか。

巷間、金正恩氏の「経験不足」などがその理由として取りざたされているが、筆者はよりシンプルな事情が大きく影響したと考えている。金正恩氏の専用機の老朽化だ。

金正恩氏には「チャンメ(オオタカ)1号」という名前の専用機がある。これは旧ソ連で1960年代に開発された「イリューシン62」という機体で、北朝鮮が入手してからもゆうに50年は経過しているであろうシロモノだ。

それでも、大の飛行機嫌いだった父の金正日総書記とは異なり、乗り物好きで知られる金正恩氏は一時、国内での長距離移動や中国訪問などでこの専用機を使っていた。

しかし、2018年6月にシンガポールでトランプ米国大統領と会談した際には、金正恩氏は自分の専用機に登場せず、中国政府から借りた飛行機で現地入りした。翌年2月、ベトナムでの2回目の米朝首脳会談に際しては列車で現地入りし、その後のロシア訪問でも列車を用いており、国内を含め専用機に乗った形跡はない。

一時期までは騙しだまし使っていたものの、さすがに古すぎて最高指導者を乗せるのは怖くなっているのではないだろうか。

金正恩氏がモスクワに行かなかった理由としてはほかにも、ウクライナの動向が考えられる。

大量の武器弾薬を供給してロシアの継戦能力を支え、戦場に派兵までした北朝鮮は、ウクライナにとって明確な敵である。

トランプ氏の仲介で停戦に向けた努力が続けられている今、ゼレンスキー大統領がモスクワで、プーチン氏や金正恩氏を狙った破壊工作を決断するとは考えにくい。

しかし、ウクライナの軍や工作機関以外の勢力が、金正恩氏を狙わないとも限らない。少なくとも、ロシアのウクライナ侵略に加担する以前と比べれば、金正恩氏が狙われる蓋然性は高まっている。

飛行機も危ないし、ウクライナの存在も危ないとなれば、金正恩氏がモスクワ行きを選択する余地は相当に狭まっていたことだろう。また、このところは中国との関係が冷めていると見られているから、習近平氏のいるところにのこのこ出かけて、互いに気まずい思いをする必要はないとの判断もあったかもしれない。

編集部おすすめ