北朝鮮で、高圧送電塔の鉄材が住民によって盗まれる事件が急増している。背景には深刻な経済難があり、当局の取り締まりにもかかわらず「命懸けの窃盗」が常態化しつつある。

平安南道などの山腹や稜線に設置された送電塔から、住民が夜陰に乗じて鉄製の支柱を切り取る行為が広がっている。厚さ6センチ、長さ2メートル前後の部品を外し、古物商に売り渡せば1メートル当たり約2.5ドルの現金になる。生活が立ち行かず「目が送電塔に向かう」と自嘲する声まで出ているという。

手口は1基の塔から5~7本を“調整して”抜き取る方式だ。しかし盗難が繰り返されれば構造そのものが脆弱化し、電力供給網の崩壊や大規模な事故につながる危険性が高まる。実際、昨年末には開城工業団地に電力を送るため南側が建設した鉄塔の崩壊場面が韓国軍に捕捉され、統一部が公開した。

事態を重く見た当局は、労農赤衛隊を動員して各機関・企業所ごとに12時間交代で警備を命じた。しかし険しい山道を登り下りする負担は大きく、監視体制は形ばかりに終わった。結局、赤衛隊は村の路地や新築の住宅を調査し、資材の出所を追及する取り締まりへと方向を変えた。だが現場の隊員ですら「守る側より盗む側が一枚上」とこぼし、実効性に疑問を呈している。

それでも盗難は止まらない。生計のため送電インフラを壊す住民の姿は、体制が民生よりも統制に力を注ぐ現実を浮き彫りにしている。

ある消息筋は「インフラを犠牲にしてまで生き延びようとするのは、生存の切迫度を示す証拠だ。生活改善に踏み出さない限り、盗みを防ぐ手立てはない」と語った。

飢えが国家の電力網すら食い尽くそうとしている。北朝鮮の危機は、もはや住民の生活水準だけでなく、社会基盤そのものを揺るがす段階に入っている。

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