東京・山谷、大阪・西成と並んで「日本三大ドヤ街」とも言われる横浜・寿地区。オシャレな港町のほど近くにあるそこでは、白昼堂々と違法賭博場が営業しており、ヤクザと思しき男性たちが闊歩している有様で、緊張を強いられる取材だった。
白昼の異境、横浜・寿地区
そこに一歩足を踏み入れたその瞬間から、空気が一変する──。
JR東京駅からだと約40分、JR横浜駅からだと約6分、大船方面を目指して電車に乗り、石川町駅を降りた横浜・中華街の近くに、東京の山谷、大阪の西成と並ぶ、“日本3大ドヤ街”の一つ、横浜・寿町がある。周辺の扇町や松影町を含めて「寿地区」とも呼ばれる。
寿地区は、戦前、横浜大空襲により一帯が焼け野原となった。戦後、米軍に接収され、1950年の朝鮮戦争勃発で米軍の軍需輸送が増えたことをきっかけに、日雇い労働者たちが集まってくるようになったと言われている。
寿地区を歩いていると、港町ということもあってか、港湾関係の企業の看板が目立つ。実際、集まってくる労働者たちも港湾作業に従事する人たちが多いという。ここが、建設作業員の集まる山谷や西成との違いだ。
山谷は今、行政が把握している「ホームレス・セブン」と呼ばれる「玉姫公園」(台東区)に寝泊りしている7人のホームレスと、「いろは商店街」を根城としているごく数人の人たちしか野宿者はおらず、年々、人も少なくなってきた(こちらの記事を参照)。
他方、西日本最大のスラム街といわれる西成は、行政による対策もむなしく、町を歩けばホームレスが今なお、たむろしている。まだ日の高い日中から、路上での飲酒、ケンカ、賭博といった行為が平然と行われ、いつでも、どこでも殺伐とした雰囲気が漂っている。だが、不思議なことに、カラッとした殺伐さ、とでも言うべきか、独特の明るさも持った街だ。
ところが、ここ横浜の寿地区では、ホームレスを見かけることはない。見かけるのは高齢者と港湾作業員、バックパッカーの外国人や、ごく一般のビジネスパーソンといった面々ばかりだ。しかし町の雰囲気は暗く重い。そして、ピリピリとした緊張感が辺りを覆っている。
それはそうだろう。路上に目をやれば、ピカピカに磨かれた高級車が数台止まっており、その周囲には仕立てのいい、一目で高級品とわかるスーツに身を包み、手入れの行き届いた短髪に眼光鋭い男たち2、3人が立っている。
“寿地区価格”である100円の缶ジュース自販機前で、地元民と思しき年配男性に聞いた。すると年配男性は怪訝な表情を隠さず、こう言った。
「そりゃあ“プロの人”だろ…。あんまり、そういうこと聞かないほうがいいよ」
地元民何人かの話によると、ここ寿地区では、いわゆる「ノミ行為」を行う違法賭博の店がいくつかあり、その関連で「“プロの人”がやってくるのだろう」ということだった。
堂々と違法賭博店が営業中「撮影すると面倒なことになるよ」
一般に、こうした違法賭博は、喫茶店やスナックといったところでひっそりと行われているものである。しかし、ここ寿地区では白昼堂々とオープンに営業している。
「兄さん、ここで買ったらダメだよ。警察に捕まるよ。それに写真なんて撮ったらダメだ。面倒なことになるよ…」
この男性がいう「面倒なこと」という物言いが、底知れぬ恐ろしさを掻き立てる。だが、なぜ、この男性は「警察に捕まる」ような店に出入りするのだろうか。近くには「ボートピア横浜」(場外舟券売り場)もある。こちらなら合法だ。誰に憚ることなく出入りできる。
「いや、いろいろつき合いもあるんだよ…。それに、こっちのほうが行き慣れてるから」
多くを語ろうとしない男性を引き止めて、さらに話を聞いてみると、男性は長年、港湾荷役作業の日雇い労働者として働いてきたが、現在は生活保護受給中。家族もおらず、寿町で1人暮らしているという。
「長年働いてきて、趣味らしい趣味も持たず…。もう人生、そんなに長くはないんだ。これくらい、いいじゃない」
男性は記者にこう語ると、足早に歩いていき、歩道から車道に向かって立小便をした後、ラーメン1杯400円だという中華料理店へと入っていった。その中華料理店の近くには、路上で空調の室外機を日よけにして寝ている人がいた。
違法賭博店周辺の路上には、駐車車両と放置車両が何台かある。駐車車両のなかには布団や食料品をどっさり積み込み、そこに人が寝ているものもあった。
記者が、警察からの警告書が張り付けられた放置車両を見ていると、地元民という男性から、「こういうの早く退かしてほしいね」と話しかけてきた。聞けば、半年くらい前からずっとそのままだという。こうした放置車両に立小便する人が多いのだという。
「横浜市内でも、この寿町一帯は、こうした放置車両を退かすにも時間がかかる気がする。ガラの悪い地域だから後回しなのかね。
トイレは共用で風呂はなし
事実、寿地区のイメージは変わりつつある。今、“ドヤ”と呼ばれる簡易宿泊所はホテルへの鞍替えが進んでいる。個室でプライバシーも保たれ、Wi-Fiなどネット環境も整っている。女性の宿泊もOK。1泊1800~2200円というリーズナブルな価格から、若いバックパッカーや就活生の間でも人気だ。
ただし、1泊2000円以下の低価格帯のところは、フリー客が1週間程度の短期間での宿泊したいと言っても予約が取りづらいという。港湾作業員を中心に長期間の予約が入っているからである。
実際、記者も前日に宿泊予約を入れたが、低価格帯のドヤはすべて「短期の宿泊」「空き室がない」との理由で断られた。結局、1泊2800円(朝食付きで3000円)という、この地域では「高級ホテル」の扱いである、ホテル化が進んだ簡易宿泊所に宿泊せざるを得なかった。
チェックインは15時からだったが、「掃除が終わっていれば昼からでもチェックイン可能」という。実際、13時にチェックインすることができた。
入ってみると、やはり簡易宿泊所。
トイレは共用。風呂はない。だが、代わりにコインシャワーがある。ただし、石鹸やシャンプー、タオルといったアメニティの類いは、すべて自前でそろえなければならない。
もっとも、時間制のコインシャワーだけでは疲れが取れないと思った記者は、10分程度歩いて中華街まで出向き銭湯を利用した。
寿地区には、かつては寿町総合労働福祉会館の2階に「扇湯」という名前の銭湯があったという。しかし、現在は閉鎖されていることから、風呂に浸かるには寿地区の外に出るよりほかはない。
それが面倒なら風呂は諦め、町の至るところにあるコインシャワーを利用するしかないようだ。