財政破綻の危機に瀕した自治体が税外収入を得るべく、自治体の名前から道路、公共施設まで、企業にネーミングライツ(命名権)を売り出す話が浮上し、話題を集めている。

 命名権販売を打ち出したのは、大阪府の泉佐野市。
千代松大耕市長が3月21日、市の名称を企業名や商品名に変更する代わりに企業から広告料を受け取る、命名権を販売する方針を表明したのだ。販売対象は市名だけでなく、市庁舎から道路まで、公共施設までを含むという。

 すでに同月27日には、市長が市議会(市議会全員協議会)で「有料広告の募集を請け負う業者の公募を行うと議会に報告した。広告募集対象は、市の命名権販売を排除するものではなく、ユニークで大胆なあらゆる提案を募っていく」(市民協働課)として、6月からを予定している命名権販売へと動き出している。

 企業名などを冠した市町村名といえば、愛知県の豊田市(1959年に旧・挙母市より改名)、奈良県天理市(1954年に3町3村が合併して誕生)が知られた存在だ。

 さらに町名や地名でいえば、東京都渋谷区の「恵比寿」の地名は1890年発売の「ヱビスビール」が名前の由来というのはよく知られている。また、宮城県仙台市青葉区ニツカ(ニッカウヰスキー)、 群馬県太田市スバル町(富士重工業)、大阪府池田市ダイハツ町(ダイハツ工業)、長崎県佐世保市ハウステンボス町(ハウステンボス)など、企業の社名やブランド名が冠されているケースも少なくはない。

 ただし、これらの名称はすべて、企業と地元自治体の長年の協力や、地元住民の企業への愛着があって初めて成り立つ話であって、無論、無償で行われたものだ。命名権、すなわち企業が自治体の名前をカネで買い取るなどといった話は前代未聞のことだ。

 確かに、泉佐野市が税外収入を得るためになりふり構わずという状況にあることは間違いない。

 昨年時点で、国の管理下で財政再建に取り組む「財政再建団体」は北海道夕張市だけ。それに次ぐ「早期健全化団体」が全国に6市町村あり、泉佐野市はそのなかの一つである。
つまりは、財政破綻目前というわけである。

 そもそも泉佐野市は関西新空港の対岸にあり、1994年の関空開港に向けた道路などの大型インフラ整備、さらには下水道整備(下水道普及率が府下でワースト2位)や病院充実などの大型投資がたたり、財政が困窮しているのだ。

 だが、市の命名権を売り出すにはいくつもの障壁がある。

 まず、命名権の売却、すなわち市名変更には地方自治法に基づいて大阪府知事の同意を得た上で、市議会で関連法案を通過させ、さらに総務大臣の認可を得る必要がある。すでに総務相は今回の命名権売却に疑義を表明している上に、地元市議会ひいては地元住民の納得を得られるとは思えない。

 先の市議会全員協議会でも、市議からは「泉佐野の恥」、「市民から苦情が殺到しており、(議案には)絶対賛成しない」という反対意見が続出している。

 泉佐野市と同じ、空港近隣立地だった愛知県の御浜町と南知多市は、中部国際空港の愛称「セントレア」にあやかって「南セントレア市」という新市名を掲げた合併構想を打ち出したが、地元住民の反発で合併自体が無くなっている。愛着のある自治体名の変更は極めて難しいということだ。

 さらに失礼を承知でいえば、「泉佐野市」のブランドとしての価値も疑わしい。

 過去半年間の全国紙の記事で、「泉佐野市」の文字が見出しに踊った記事は、関西新空港に関連する財政問題と低価格エアライン就航の記事を除けば、目に付くのは、ひったくりや地下水汚染、ひき逃げ、(市職員の)給与削減延長といったネガティブなものばかり。仮に「泉佐野市」をそのまま企業名に置き換えたら、マイナスイメージの記事が全国紙に氾濫することもありうるのだ。

 ちなみに、泉佐野市に本社を置く東証一部上場の大企業としては、唯一、不二製油があるが、「検討もしていないし、市から打診もない」(IR広報部)とつれないものである。


 また市名に支払われる命名権の価値も微妙だ。

 例えば、東京渋谷区が運営する渋谷公会堂は、2006年に5年間4億2000万円で命名権を取得した電通がサントリーに権利を転売し、昨年9月まで「渋谷C.C.Lemonホール」という名称だった。だが、契約継続希望も新規契約希望も無かったため、今は元の名に戻っている。「募集は昨年10月で終わった。応募者がいなかったので、現時点では命名権の募集は行っていない」(渋谷区企画部文化振興課)という状況にある。

 東京都民なら誰でも知っているであろう、渋谷公会堂でさえ年間8400万円で買い手が付かない状況にあって、泉佐野市にどれだけの金額がつくのだろうか。

 市名売却が、例えば香川県の「うどん県」のような自治体の愛称の売却にとどまるならともかく、「命名権販売により、住所や住民票、運転免許証の変更まで行う可能性もありうる」(市民協働課)というような大がかりなものになれば命名権収入よりも、名称変更に伴う費用が上回るだろう。当然、住民の理解も到底得られない。

 余談だが、ネット上では、外国資本が金を出して「独島(竹島)市」や「釣魚台列嶼(尖閣諸島)市」と命名したらどうするのか、という笑い話が飛び交う始末。

 果たして、泉佐野市の命名権売却は本当に実現するのだろうか。前代未聞の画期的な発想ではあるが、難航するのは確実である。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 小出康成)

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