先進国のなかでもヨーロッパの一部の国は若年失業率がきわめて高い。15~24歳の失業率ではスペイン53.2%、イタリア35.2%、フランス23.8%など驚くような数字が並んでいる(2012年)。

 若者の4~2人に1人が職のない状態で、どうやって社会が成り立っているのか、私はずっと不思議だった。読者のなかにも、同じ疑問を抱いているひとがいるだろう。

 これについては経済学者の白川一郎氏が、『日本のニート・世界のフリーター』(中公新書ラクレ)でこたえている。すこしデータが古いが論旨は現在でもそのままなので、この謎をどのように考えればいいかを紹介しよう。

「新卒一括採用」の日本よりオランダのほうが若年失業率が低い

 2004年は日本で「ニート」が流行語になった年だが、表①はこの年の欧米諸国と日本の失業率だ。


 これを見てもフランス、スペイン、イタリアの若年失業率は際立って高い。

それに対して日本は、「新卒一括採用によって若者を効率的に労働市場に送り出しているから失業率がきわめて低い」というのが常識になっている。

 しかしこれは、「神話」とまではいえないとしても、一般に信じられているよりその恩恵は大きなものではない。

 2004年当時、15~24歳の失業率はアメリカ11.8%、ドイツ11.7%、イギリス10,9%と、日本(9.5%)とそれほど変わらなかった。オランダにいたっては8.0%と日本より低くなっている。もちろん、これらの国に新卒一括採用はない。

 若年失業率についても、基本的な「誤解」があると白川氏は指摘する。

 失業率というのは、「就業が可能で、働く意欲があり、実際に仕事を探しているひとたち」の割合のことだ。そうなると、身体的・精神的な障がいなどで就業が不可能だったり、専業主婦のように働く必要がなかったり、求職活動を断念してしまったひとはここから除かれる。

 ここまではよく知られているだろうが、だとしたら15~24歳の若者のなかで「働く必要がない」のは誰だろうか。それはいうまでもなく「学生」だ。

 若年失業率とは、若者のなかから学生を除いた人数を分母にして、職を探している者の割合を示した数字なのだ。

 国によって大学進学率が異なれば、大学生の少ない国では就業可能人口が多く、大学生が多いと就業可能な人数は少なくなる。

そしてこれが、若年失業率に影響する。

 どういうことなのか具体的に示そう。

 A国とB国にそれぞれ10人の若者がいたとする。どちらも、そのうち1人が失業していた。当然のことながら、若者人口(10人)に占める失業者(1人)の割合はどちらの国も10%だ。

 ところが、両国で大学生の数がちがうとどうなるだろうか。

 A国では大学生が2人、B国では8人としよう。すると、A国では「働く意欲のある若者」は8人で、そのうち1人が失業しているのだから、「失業率」は12.5%になる(1÷8=0.125)。それに対してB国では、「働く意欲のある若者」は2人で、そのうち1人が失業しているため、「失業率」は50%にもなるのだ(1÷2=0.5)。

 このかんたんな例からわかるように、仮に失業者の割合が同じでも、大学進学率がちがえば若年失業率は大きく異なってくる。それを表わしたのが表②だ。


 これは2002年時点でのヨーロッパ各国の若年(15~24歳)失業率と、その年齢層の全人口に占める失業者の割合を比較したものだ。

 若年失業率を見ると、オランダの5.2%からイタリアの27.2%まで5倍以上ものちがいがある。オランダでは若者の20人に1人しか失業していないのに、イタリアでは4人に1人以上が職にあぶれている。

 これだけを見ると、オランダの社会は安定しているのに、イタリア社会は大混乱に陥っているように感じられる。だが実際は、治安など社会の安定度にちがいはあるとしても、イタリア全土がカオスに陥っているようなことはなく、アムステルダムとミラノはどちらも旅行者が快適に過ごせる観光都市だ。

 この謎は、右の欄の「失業者の割合」を見れば解ける。ここでもオランダの3.9%からイタリアの9.7%までかなりの幅があるが、そのちがいは2倍強で、5倍以上もの開きがある若年失業率とはずいぶん印象が異なる。

「若者の3人か4人に1人が失業している」とされるイタリアやスペインでも、実際には、10人の若者のうち9人は学校に通っているか、働いている。これが、若年失業率が高くても予想外に社会が安定している理由だ。

ヨーロッパでは「大学進学率の低い国(労働参加率の高い国)ほど幸福度が高い」

 表③は、若年層(15~24歳)の労働参加率(2004年)と幸福度ランキング(2019年)の国際比較だ。

 労働参加率はそれぞれの国で若者がどれだけ労働市場に参加しているかの割合で、先進国(OECD諸国)の平均が49.9%、ヨーロッパ(OECDに加盟する欧州諸国)の平均が44.9%なのに対し、若年失業率の低いオランダ(72%)やイギリス(67.4%)は労働参加率が際立って高く、若年失業率の高いイタリア(35.6%)やフランス(37.5%)は労働参加率が低い。――ちなみに日本の労働参加率は44.2%と先進国の平均より低く、それにもかかわらず若年失業率が低い「特異」な国であることがここから確認できる。

 教育への幻想の強い日本では「大学進学率の高い社会がよい社会だ」と無条件に信じられているが、これが「神話」であることを示すために、国連の関連機関が毎年公表している「世界幸福度ランキング(2019)」を右欄に載せた。

 幸福の測り方はさまざまで、このランキングに対しても批判はあるだろうが、全体の傾向(幸福度ランキング1位のフィンランドの国民は、最下位の南スーダンの国民よりずっと幸福だ)を見るには有益だろう。

 興味深いことに、ヨーロッパの国々では、労働参加率(≒大学進学率)と幸福度ランキングのあいだにはっきりとした傾向がある。それは、「大学進学率の低い国(労働参加率の高い国)ほど幸福度が高い」ということだ。これは奇異に感じられるかもしれないが、「若年失業率の低い国ほど幸福度が高い」といい直せば納得するだろう。――ちなみに日本はここでも、「若年失業率は低く、幸福度はもっと低い」という例外だ。

 ここから推測できるのは、イタリア、スペイン、フランスなどの「高失業率」の国の若者は、勉学の志があって大学に通っているというよりも、職探しをしてもまともな仕事がないので、親の援助を受けながら(これらの国では「パラサイト・シングル」が当たり前だ)一種のモラトリアムとして進学しているのではないかということだ。

 逆にいえば、ヨーロッパの若者の多くは、ちゃんとした仕事さえあれば、費用のかかる大学で4年間をムダにしようとは思わないということだろう。オランダの若者は大学に行かずに働いているが、国の幸福度は日本に比べてはるかに高い。

 新卒一括採用という「現代の徴兵制」によって若年失業率を下げたとしても、それが幸福度の向上につながるわけではないのだ。

オランダのようなリベラルな「働き方改革」では「正社員」の既得権はすべて否定される

 『日本のニート・世界のフリーター』で白川氏は、欧米諸国の若者の就労対策についても紹介している。ここではそのなかから、成功例としてイギリスとオランダ、高い失業率に苦しむ国としてフランスとイタリアを取り上げよう。

 イギリスでは1970年代に「ゆりかごから墓場まで」といわれた手厚い福祉政策が破綻し、「ネオリベ」のサッチャー政権が成立し、雇用政策そのものが大きく転換した。こうして始まったのが「積極的雇用政策」で、失業保険の受給要件を厳格に運用する一方で、職探しを支援し若者を労働市場に参加させることが目的とされた。

 1997年に保守党から政権を奪った労働党のブレア政権もこの方針を受け継ぎ、25万人の若者を職に就かせるという「ニューディール政策」を掲げた。そこでは、「18~24歳で、6カ月以上失業保険を受給している者」を対象に、若者一人ひとりに職探しの専門家である「アドバイザー」が付けられる。

 それでも一定期間(ゲートウェイ期間)に仕事が見つからない場合は、①12カ月のフルタイムの教育・訓練を受ける、②政府からの援助を受けた雇用主の下でひとつの仕事を行なう、③ボランティアの仕事をする、④政府の環境保護活動に従事する、の選択肢が提示され、すべて断った場合は失業手当が一定期間停止される。ブレア政権は「リベラル」と見なされるが、「真正保守」の安倍政権下の日本と比べても失業保険の給付基準はずっときびしいのだ。

 その一方で2001年には、13~19歳のすべての若者を対象にしたコネクションサービスが始まった。この年齢層の「ニート率」が1割にも及んでいるという衝撃的な調査をきっかけに、「学校から仕事への移行」を支援することになったのだ。

 コネクションサービスは中央組織と47の地域に設立された機関からなり、専門分野をもったパーソナルアドバイザーが若者の直面する課題に対応する。その結果、3年後には若者のニート率が3%低下したとされた。

 イギリスの若年雇用政策は先進諸国のなかでは成果をあげたと高く評価されているが、それよりもすぐれた実績を達成したのがオランダだ。北海油田からの石油・天然ガス収入で国民が福祉依存に陥った80年代の「オランダ病」を克服するために大胆な「ネオリベ的改革」を断行したこの国では、全就業者数に占めるパートタイム労働者の割合が2004年には35%と、OECD平均(15.2%)をはるかに上回った。それでも大きな社会問題にならないのは、1996年にパートタイム労働とフルタイム労働の均等待遇が法制化され、「パート」は勤務時間が短いという以外、「フルタイム」となんのちがいもなくなったためだ。

 さらに2000年には「労働時間調整法」が施行され、従業員から労働時間の調整について要請があれば、使用者は原則としてこれを受け入れなければならなくなった。これによって労働者は、子育てや親の介護、社会人教育など人生のライフスタイルに応じて勤務時間を主体的に決められるようになった。

 こうした「平等」で「リベラル」な雇用制度がオランダの低い失業率と良好な経済パフォーマンスを支えたのだが、日本のマスメディアではほとんど紹介されなかった。それは日本社会の主流派(マジョリティ)が「正社員」であり、マスコミの記者の大半が「正社員」だからだろう。

 オランダのようなリベラルな「働き方改革」をやれば、正規と非正規のちがいはなくなり、「正社員」の既得権はすべて否定されてしまうのだ。

最低賃金引き上げは若者の雇用にマイナスの効果を及ぼす

 同じヨーロッパでも、若年失業率が高い国ではなにがうまくいっていないのだろうか。

 多くの経済学者が指摘するフランスの問題は、経済の実力に比べて最低賃金が高すぎることだ。世界の実質最低賃金ランキング(2017年)でも、フランスは11.2ドル(1230円)と第1位で、イギリスの8.4ドル(920円)はもちろん、ユーロ圏で「独り勝ち」をつづけるドイツの10.3ドル(1130円)よりも高い(日本は7.4ドル≒810円)。

 これは企業にとって、「経験のない若者を高い賃金で雇わなければならない」と法律で定められているのと同じだ。当然のことながら経営者にとっては、素人にいちから仕事を教えるよりも、経験のある労働者を同じ給与で雇うほうがずっと魅力的。

 日本にも、「貧困を解消するために最低賃金を大幅に引き上げるべきだ」と主張するひとたちがいる。最低賃金引き上げが雇用を減らすかどうかは経済学者のあいだでも議論がつづいているが、若者の雇用にマイナスの効果を及ぼすことについては確固とした合意がある。

 それにもかかわらずフランスでは、奇妙なことに、若者自身が最低賃金引き下げに強硬に反対するためどうしようもなくなっている。こうして公共事業などで雇用を創出しようとして失敗を繰り返し、ライバルであるドイツとの「経済格差」がどんどん開いていった。

 マクロン大統領は経済成長に向けて積極的な改革と規制緩和を目指したが、その結果は全国的な「黄色ベストデモ」の混乱だった。その対応策として、「2022年までに公務員を12万人削減する」という公約を取り下げ、中間所得層を主な対象とする約50億ユーロ(約6200億円)の所得減税を実施し、最低賃金をさらに「引き上げる」と約束せざるを得なくなった。

 次期米大統領選の民主党候補者選びで大きな影響力を持つとされる左派(レフト)のアレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員は移民出身の29歳で、若者層に絶大な人気があるが、最低賃金を15ドル(1600円)に引き上げるべきだと主張している。日本でも、最低賃金を時給1500円に引き上げるよう求める若者たちのデモが行なわれた。

 フランスの例を見るかぎり、こうした「若者のための」政策が実現すれば、若年失業率は大きく上がり、学歴や職歴のない若者は深刻な苦境に追い込まれることになるだろう。

全国一律賃金のイタリアでは「南」の失業率が跳ね上がっている

 フランスと同じく若年層の高い失業率に苦しむイタリアの問題は「北(ローマ以北)」と「南(ローマ以南)」の経済格差だ。

 本来であれば、経済が低調な「南」は賃金が安く、好調な「北」は賃金が高くなり、「南」の労働者はより賃金の高い仕事を求めて「北」に移動し、逆に製造業などは、人件費コスト削減のため積極的に「南」に投資して工場などをつくろうとするはずだ。

 ところがイタリアでは、労使で決まった賃金が全国一律で採用されるため、こうした市場原理がはたらかない。運よく仕事にありついた「南」の労働者は「北」に行っても賃金が上がらないからそのまま地元に留まろうとするし、「北」の会社にしても人件費が変わらない「南」に進出する理由はない。こうして「南」の失業率が跳ね上がることになる。

 全国一律の賃金決定方式を変えられないのは、イタリアがもともと歴史的・文化的に異なる地域を寄せ集めてつくったガラス細工のような「人工国家」だからだろう。ミラノなど「北」のひとたちは、ナポリやシチリアなど「南」を同じ国と見なしていないという。そんななかで地域別の賃金政策を採用すれば、脆弱な国家はたちまち瓦解してしまうのだ。

 さらにイタリアでは、日本と同様に社員の解雇がきわめて困難で、正規雇用は「そこに入り込むことは非常に難しいが、いちど入り込んでしまえば、それを失わせることも困難である」という意味で「要塞(fortress)」と呼ばれている。

 その結果、「北」と「南」では失業率にも大きなちがいが生まれる。地域別の失業率は古いものしかないが、1996年のデータでは、「北」の6.6%に対して「南」の21.7%と3倍にもなっている。

 これでは南イタリアの若者たちは、犯罪組織の下で働く以外に生計の道がなくなってしまう。家族の絆と闇経済で生活が支えられているという、新興国のような状況になってしまったのだ。

 近年のイタリアではポピュリズムの嵐が吹き荒れ、北部独立を掲げる“極右(右派ポピュリズム)”の「同盟」と、南を地盤とする“極左(左派ポピュリズム)”の「5つ星運動」が連立政権を組むという奇妙奇天烈なことが起こった。その背景には、市場原理を無視した非合理的な「岩盤規制」と労働市場の硬直性がある。

 このように同じヨーロッパでも国によってさまざまな事情があり、若年失業者対策でも、うまくいっているところと困難なところがある。

 それでもヨーロッパの国々は、どこも若者の失業を減らそうと苦心惨憺してきた。それに比べて日本の特殊性は、2000年代になって若年失業率の上昇が指摘されるようになっても、「働く気のない若者」の自己責任だとして政策的な対応に無関心だったことだと白川氏はいう。

 その結果がいま目にしている40代、50代のひきこもりの大量発生であり「8050問題」なのだが、20年も放置したあとにようやく「問題」に気づいたところで、もはや手遅れではないだろうか。

橘 玲(たちばな あきら)

作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『働き方2.0vs4.0』(PHP研究所)。

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