都内に住む山岡明恵さん(仮名)は今夏、不動産サイトに登録を済ませた。子どもを文京区の公立小学校に通わせようと、通学地区の物件を探すだめだ。
だが、地価の相場もそれなりに高く、夫婦共稼ぎでも新築マンションには手を出せない。
「子どもの教育環境のために引っ越しを考えているのですが、なかなかよい物件が見つかりません」。そう話す山岡さんの手は、おなかに当てられていた。実は山岡さんは年明けに初産を控えている。なんと子どもの小学校入学は、まだ6年以上先のことにもかかわらず、今の段階から教育環境づくりに余念がないのだ。
もともと文京区は、江戸時代に区内の大半が武家屋敷によって占められ、その跡地に教育機関などが建てられた街だ。小石川後楽園や六義園などの大名庭園も残っており、自然豊かな落ち着いた雰囲気が魅力でもある。江戸幕府の教学機関である「昌平坂学問所」の跡地には、教員養成の東京師範学校(筑波大学の前身)や東京女子師範学校(お茶の水女子大学の前身)ができるなど、歴史的に学問の街として名をはせてきた。
その土地柄もあって、教育に熱心な家庭が多い。公立小学校の卒業生の進路をみると、2018年に都内の中学等に進学した児童のうち、国立か私立に進学している児童が全体の45.3%に上る。
私立・国立のみならず、公立も進学先として根強い人気だ。中高一貫の都立小石川中等教育学校は進学実績が良く、その豊かな教育環境の割に費用がかからないことから「コスパが最強」とも称される。前身である小石川高校の卒業生は「親になると、子どもの教育環境のために、何とか文京区内のマンションを購入しようと無理をする卒業生も少なくない」と話すように、親子代々、この地にとどまりたいという希望が強いのである。
実際、文京区内には、公立小の中でも「3S1K」と呼ばれる有名校がある。これは、誠之小、千駄木小、昭和小、窪町小の頭文字をとった略字である。冒頭の山岡さんは誠之小学校を狙っている。同じように教育熱心な親は、子どもの教育環境を考えて、小学校のために文京区内への引っ越しもいとわないのである。
だが、この親の熱心さや小学校区の評判と、実際の学力とは本当に関係があるのだろうか。
そこで今回、われわれは東京都への情報開示請求によって、自治体別の学力調査結果を入手した。これは、都内1283校、全9万人以上の公立小学5年生を対象に、年に一度、基礎学力の定着度合いを測るために行われている全数調査だ。ここで、一部の町村地域を除く都内49区・市を対象に、国語と算数の平均正答率を「学力偏差値」としてランキング形式でまとめた。トップ5自治体を公開しよう。
ランキングを見ておわかりのように、文京区が偏差値72.7と都内トップだった。国語の正答率は76.1%、算数の正答率も66.3%で、いずれも1位である。東京都の平均(国語66.5%、算数53.8%)を大きく上回り、名実ともに文京区の強さが目立った。
ランキング2位は、偏差値68.1の武蔵野市だ。国語が74.4%、算数が63.4%といずれも2位である。武蔵野市は4路線に接続する吉祥寺駅や、井の頭公園に代表される自然豊かな地域であり、近年は各種「住みたい街ランキング」トップクラスの人気を誇る。人口約14.7万人と23区に比べると小さな自治体であるが、その存在感は大きい。
そのため、地方出身者も含めて高学歴の家庭が移り住むケースが多い。実際、国勢調査のデータ(2010年)を調べると、大学や大学院を卒業した「四大卒比率」が全体の34.7%に及ぶ。これは自治体の中でも都内1位であり、それだけ高学歴の親が多く住んでいる証拠である。
ランキング3位が千代田区(偏差値65.5)である。番町小学校から麹町中学校、日比谷高校、東京大学という国公立のエリートコースがあることで、かねてから羨望のまなざしが向けられてきた。
さらに4位の中央区(同64.5)、5位が目黒区(同62.8)と続く。これらの地域はいずれも、私立・国立進学率も、四大卒比率も高い。ほかにも地価の高さが共通することから、高学歴、高年収で教育熱心な親が多くいることがうかがえる。
このように地域によってその教育環境力はさまざまだ。特集「東京・小学校区『教育環境力ランキング』」では、これらのオープンデータを用いて小学校区ごとの教育環境力に迫っている。こちらもご参照いただきたい。