2020年、令和と元号を変えて2年目の幕開けとなった今年の正月、日本でも有数のディープスポットといわれる大阪・西成の近くにあるかつての遊郭、「飛田新地」は大勢の人で賑わっていた。だが、そこには一時限りの“恋人”を求めてやってくる男たちはもちろん、外国人観光客、そして、小さな子どもを連れたファミリーやカップルもいたから驚きだ。
ブームになった!?
「よっしゃ、これから皆で弾けるで!――今年の1発目や!!」
「運試しや!ええ娘に当たったら、今年1年、ラッキーやで!!」
飛田新地内にある駐車場横のたこ焼き屋では、老いも若きも男性たちが気勢を上げている。そんな「男の会話」に似つかわしくない子ども連れのファミリーが、横を通り過ぎる。そして引き戸が開き、開店し始めた新地内の店の様子を窺っている。その様子は、まるで歴史的な文化遺産を見物に来た観光客を思わせる。
「一度、観てみたかったんです。こんな建物や雰囲気、滅多に観られないでしょ。それに正月2日目です。ただ建物だけ観たかったんですが、まさか営業してるとは思わなかったので…。社会見学です。平日やったら難しかったかもしれませんね」
大阪府豊中市からやって来たという小学生の子ども連れのファミリー。夫は、あくまでも「歴史的な建物」の見学として、妻と子を連れてやってきたと言う。
「この子が大人になったときに、社会や歴史というものがわかってくると思うのです。だから、その時の知識の“引き出し”になればいいかなと。これも歴史探訪です」
こうした「社会見学」「歴史探訪」と称する家族連れ、若いカップルが、ここ飛田新地に大勢やってくるようになったのは、ここ2、3年のことだという。とりわけG20開催に伴って全店舗が一斉休業した昨年6月28日、29日以降、その傾向が顕著になったようだ。
飛田新地通い20年のキャリアを誇るという40代男性が、新地内では「男性たちの情報交換の場」として機能している公衆トイレ横のベンチで、缶ジュースを飲みながら、その様子を次のように語った。
「昔は、近隣に住んでいる人でも家族連れなんて、ここに来なかった。でも、去年のG20から、建物の写真を撮ったり、見学に来る人が増えてきた。それまでは“男のUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン、転じて「遊園地」という意味)”やったけど、これからはホンマに“USJ”やな。
「世界に誇る文化遺産」
かつて、この飛田新地を女性が歩くと、「やり手婆(ばばあ)」と呼ばれる客引き担当者から睨みつけられ、塩を撒かれることもしばしばあったそうだ。しかし近年、外国人観光客たちが、「歴史的建物」の見学に数多く訪れるようになってからは、そうしたことは行われず、ただ淡々と見送られるようになったという。
それから進んで、ここ最近は、「女性2人組」や「3人組」だと、やり手婆や店舗にいる「お運びさん」と呼ばれるホステスらから白眼視されるものの、女性のひとり歩き、カップル、家族連れであれば、温かな目で迎えられるようになったようだ。
かつて飛田新地で働いていたこともあるという女性は、その理由をこう明かす。
「女性のひとり歩きなら、ここで働いている人や、これから働こうという人かもしれません。でも、女性2人組、3人組となると、これは冷やかしです。いい気はしません。しかしカップルや家族連れなら、男性に付き添って来ただけだと思うので。気にしていません」
今では、家族連れの小学生女児が彼女らに手を振ると、これに応えることもあるそうだ。子どもたちは、料亭店舗の引き戸を開けた三和土に座っている「お運びさん」女性を、「お姉ちゃん、綺麗」と声を上げることもあるという。
「折角来てくれたのですから、気持ちよく帰って頂ければと…」
こう語る元「お運びさん」女性は、家族連れ客の場合、夫や父、息子が、そう遠くない将来、「客」としてやってくるかもしれないという期待もあると言う。カップル客なら、“歴史探訪”の後、彼氏が「客」として戻ってくる可能性も十分にあるというものだ。
「来て良かった。日本の素晴らしさを感じた。是非、また来たい――」
中国、韓国の近隣諸国をはじめ、アメリカ、ドイツ、フランスといった諸外国からやって来た外国人観光客もまた、この飛田新地の情景をこう賞賛する。
彼らは、この飛田新地を、「古い時代の日本の伝統文化を伝える場」と捉えているところがある。度々、日本を観光で訪れているという中国人観光客のひとりは、流暢な日本語で、その印象をこう語る。
「日本の歴史を今に伝える文化遺産として、日本はこれを誇るべきだ。世界で認めるべきだ」