1泊500円。耳を疑うような激安宿が大阪・西成地区には存在する。
「1泊500円」のドヤ
この夏に開催される東京オリンピックを控えてホテル需要はうなぎ上り、宿泊費も高騰し続けている。ビジネスでの出張、プライベートでの旅行を問わず、宿泊費こそがもっとも懐の痛むところだろう。
今、ホテルといえば、安くても1泊当たり、室内に風呂・トイレ付きのビジネスホテルで7000円から1万円程度、カプセルホテルでも3000円以上といったところか。
近頃、はやりのホステル(宿泊客10名から30名程度を相部屋で収容する小規模の宿泊施設)でも3000円弱というのが相場だ。カプセルホテル、ホステルといえども、首都圏・京阪神地区といった都市部なら5000円程度といったところもあるくらいだ。
そうしたなか、にわかに注目されているのが木賃宿、いわゆるドヤだ。ホテルはもちろん、カプセルホテルよりも安価で、しかも広々とした個室が利用できるとあって、静かに深く、人気を集めているという。今回、そのドヤのなかでも、格安を誇ると話題の「旅館かなめ」(大阪市)に泊まってきた。
大阪の新名所・「あべのハルカス」から、西の方向へ、大人の足で歩くこと、およそ15分あまり。そこに、今や、古くて新しい観光スポットとして知られる「西成・釜ケ崎あいりん地区」がある。
歩いて数分のところには、天王寺公園もある。そこには大阪市立美術館や天王寺動物園もある。いわば文教地区だ。あべのハルカス、天王寺公園…繁華街と文教地区の狭間に、今や「日本一、ディープな場所」というキャッチが定着したあいりん地区があるのだ。かつてとは違い、治安の悪さはほとんど目立たない。外国人、日本人を問わず、若い観光客が目立つ。
あいりん地区内には、この「旅館かなめ」の系列店も含めていくつかあるという。いずれも激安で知られる。地元民の話によると、西成での宿泊費は、格安価格だと500円から800円、900円といったところだ。1000円でお釣りがくる。
もっとも、ここ大阪・西成をはじめ、東京・山谷、横浜・寿町にある、いわゆるドヤは、トイレは共同、風呂はない――というのが、ごく一般的である。
ただし、共同ながらもキッチンが備え付けられている。そもそもが労働者の長期間宿泊を目的とする施設なので、自炊のためのキッチンは欠かせないのだ。ここがホテルとの大きな違いである。今でも、労働者たちは、ドヤ選びで重視するのは、風呂の有無よりも、簡単な自炊ができる設備があるかどうかだという。
営業時間中に出向く独特の予約システム
大浴場など風呂の設備がなくても困ることはない。地元の人たちの間では知らぬ者はいない「入船温泉」や、関西人なら誰もが知っているだろう「美と健康の24時間快適空間」のキャッチで有名な「スパワールド 世界の大温泉」の割引チケットを提供しているドヤもあるからだ。
どちらも歩いて5分程度の距離だ。ドヤに宿泊するならば、銭湯通いを同時に楽しむくらいの気持ちでいれば、さほど気にならないだろう。
そのドヤへの宿泊は、ビジネスホテルなどのようにホームページからの予約、電話での受け付けを行っているところもあるにはあるが、一般的には、営業時間中に直接足を運び、受け付けてもらうことが望ましいと、地元民や西成で働く労働者たちは口をそろえる。
もっとも「旅館かなめ」には、そもそも公式ホームページがない。だから電話番号を探すにも一苦労だ。もちろんネットで、「旅館かなめ」のキーワードで検索すれば、いくつかヒットする電話番号もある。だが、そこにかけても通じないか、転送され、何コールかするとプツッと切れてしまう。なので、営業時間中、直接足を運ぶしかないのだ。
「旅館かなめ」の営業時間は16時半から20時までで、それ以外の時間は、フロントが開いていなかった。2月のある日の16時20分頃、フロントとおぼしき窓が開かれ、「低料金」と記された看板が掲げられた。「二帖・500円」「三帖・500円」という掲示もある。二帖にせよ、三帖にせよ、500円で宿泊できることは間違いなさそうだ。
営業時間となったことを見計らい、フロント係らしい男性に宿泊したいと申し出た。ごく一般のホテルとは異なり、その服装はセーターにジーンズ姿。
「何泊の予定ですか――?」
よく通る低い声でフロントの男性は聞く。1泊したいというと、「うちは1泊は受け付けていない」と言う。2泊以上でなければ宿泊できないとのことだった。ならばと、「2泊したい」と申し出ると、フロント男性は、畳み込むように聞き返す。
「仕事、何されてます?朝、早いです?ここは現場仕事の人が多いので、夜うるさくされると困るんですわ…」
こう尋ねるフロント男性に、記者は、「朝は早いです。私も現場仕事なので…」と答えると、フロント男性は記者に噛んで含めるように言った。
「朝早くから仕事に出る人が多いので、夜9時(21時)以降は、静かに過ごしてもらうこと。それが約束できれば、いいですよ」