個人投資家としての運用に区切りをつけ、新たなチャレンジの場に選んだのは、日本でもトップクラスの成績を誇る「ひふみ投信」の運用チームに加入し、機関投資家としてマーケットと対峙することだった。
「ひふみ投信」を運用するレオス・キャピタルワークスに入社した五月さんへの直撃インタビュー前編(個人投資家⇒機関投資家へ!元カリスマ投資家・五月さんが語るプロ転向の理由とは?)では、「五月さんが機関投資家になった理由」を探ったが、後編の今回は「機関投資家としてどのような活動をしていくのか」を掲載する。機関投資家は思った以上にプロの集団だった
さて、五月さんは「機関投資家としてイチから勉強」というが、個人投資家時代に機関投資家を遥かに凌駕するパフォーマンスを記録した五月さんは、これ以上、何を学ぼうとしているのだろうか。
「ネット時代になってどんどん企業情報の開示は進んでいて、個人投資家でアクセスできる情報の範囲は今までに比べればありえないくらい豊富になったと思うんですが、ただ最終的に会社の中で仕事をしている人たちにアクセスする方法はなかった。で、僕自身はその情報は『そんなに大したことではないだろう』と思っていた節があったんです。公開情報だけでも十分に勝てていましたし、逆に余計な情報はないほうがシンプルでいいんじゃないか、という気持ちもあった。ところが昨年、結構株を買っていた会社にメールで質問をしたら、会社の役員の方が説明に来てくれる機会があったので、僕も相当ネット上でリサーチをして、自分なりにまとめた情報を持って臨んだんですが、実際に話を聞くと、勘違いしている部分も相当あったし、知らなかった情報もあった。そして、ディスカッションする中でライバル企業に対する優位性はどうかという話を聞いてみたら、ライバル企業のほうが投資先としては魅力的だと気づいたんです」
そして、五月さんはそれ以上、その会社に追加投資を行わず、ライバル企業への投資を決めたのだという。
「そうしたら、やっぱりライバル企業のほうが儲かった。実際に話を聞いてみると、まったく想像もしてなかったような発見が生まれるんだなと、そこで初めて体感しました。そういう経験をすると、意外と機関投資家サイドに入るのも、すごく面白いんじゃないかっていう好奇心が沸いてきましたね」
個人投資家時代でも数多くの公開情報を基に、投資判断を下し、それを的中させてきたが、今後はその精度がもっと上がる可能性もある、ということか。
「会社に行って、話を聞いたからといって、それで本当のことが見えてくるとは言えないと思うんですけど、それでもやっぱり実際に会社の人に話を聞くのと聞かないのとでは、情報の密度には違いが出るのではないかと思いますね」
5月に入社して2カ月余り、実際に日本でも有数の成績を上げている「ひふみ投信」の運用チームに加入して、五月さんは日々、「チームで運用する」という強さを感じているという。
「機関投資家というのは、思っていた以上にプロの集団なんだなというのを毎日感じています。
個人投資家として驚異的な成績を残してきたにもかかわらず、まだまだ自身に成長の余地があったということか?
「いえいえ、まだまだ本当にこれからだと思います」アナリストとしての活動は個人投資家時代とほぼ同じ
しかしその一方で、日々の活動は個人投資家のときとあまり変わらないという。
「もちろん、週に2~3回は取材に行くので、それは個人投資家時代からは変わっているんですが、ただ基本的には僕は僕のやり方を今まで通りやるのが会社にとっていいことなんじゃないかとも思うんですね。それは今、チームプレーでそれぞれの個性があるといいましたけど、僕みたいに公開情報を徹底的に分析する方法で運用してきた人というのは社内にいないわけで、それを続けるというのが役割なんじゃないかと。だから、社内でネットで情報を収集したり、開示情報をみたり、というのは割と今まで通りですね。当初はいろんな制約が加わるんじゃないかと心配もしていたんですけど、いまのところこれまでのスタンスを続けて、自分の得意な部分を発揮するような形というのを尊重してもらっていますし、非常に自由にやらせてもらっているので、それはありがたいと思います。この会社じゃなかったら、たぶん違うと思うんですけどね」
五月さんの仕事はあくまで「アナリスト」。実際に買うかどうかは藤野さんたちファンドマネジャーの仕事になる。
「毎日、新聞を見たり、開示を見たり、ネットの情報を見たりして、自分の中で次はこういう銘柄が来るんじゃないかというのが、頭の中をぐるぐるしているので、その中で具体的に『この銘柄はどうだ?』というのを調べて、いい銘柄が見つかったら、とりあえずそれを消化する。
今年2月に「撤収宣言」をした際には「どの銘柄も高くなりすぎている」とも語っていたが、いい銘柄は見つけられているのだろうか。
「もちろんです。やっぱり個人の運用を考えたときには、一年で資産を3~4倍にするというのを続けてきたので、少なくとも株価が2~3倍になってくれる銘柄じゃないと買う気が起きなかった。狙っていたリターンが大きかったんです。でも、投資信託では一年で3倍になる運用を求められているわけではなくて、なるべく減らさずにリターンを出していくことが求められているわけですから、そういう観点で見たときには、割安な銘柄、パフォーマンスに貢献できる銘柄というのはいくらでもあると思っていますし、まだまだ投資のアイデアは出てきますね。まぁ、『高くなりすぎている』という発言は、当時はまだ個人投資家で、ものすごい損失を食らってフテくされていた部分もあったので(笑)。実際、すでにいくつかはポートフォリオに加えられていて、これから僕の分析が当たっていたかどうかが『裁かれる』ってとこですね」優れた個人投資家の運用技術が
活かされていないのは「もったいない」
しかし、藤野さんへのインタビュー(入社2カ月で早くも「第1号ホームラン」が炸裂!「ひふみ投信」アナリストとなった元カリスマ投資家・五月さんの仕事に迫る!)でも触れたとおり、すでに特大の「第1号ホームラン」をかっ飛ばしていることからも、五月さんの分析の鋭さは機関投資家となった今も変わっていないようだ。
ヘッジファンドのファンドマネジャーに言われた「機関投資家に向いている」という言葉は正しかったのか? 現時点での自己評価はどうだろう。
「向いているかどうかはわからないですけど、でも、実際に入社してみて、非常に刺激を受けたり、勉強になったりすることも多いので、やってよかったなと思いますね」
藤野さんが「誰よりも組織人」と評価していることを伝えると「それは多分、よっぽどそういう部分が欠如しているんじゃないかと思われていたハードルの低さの反動なんじゃないですか。ヤンキーが普通のことをしても褒められるみたいな感じで(笑)」と謙遜したが、一方で、藤野さんが「専業の個人投資家としてやってきたプライドを持っている」「社会的使命を自覚している」と評していた部分については、どのように考えているのだろう。
「個人投資家の代表というわけではないですけど、機関投資家サイドにいた人が辞めて、個人投資家になるというケースはあったと思うんですが、その逆に個人投資家から機関投資家に入るというケースはほとんどなかったと思うんですね。そうなると、もし僕が失敗して、『やっぱりプロの世界では通用しなかった』となると、自分以外の方々にも迷惑をかけてしまうので、やっぱりちゃんと結果を出し続けていきたい」他人の資金を運用するいい緊張感の中で仕事ができている
株式投資で100億円以上を稼いだBNFさんやcisさんのように、機関投資家が運用する投資信託などを圧倒的に上回るパフォーマンスを叩き出した個人投資家のことが報道されると、「成功した個人投資家に自分の資金を運用してもらいたい」ということを誰もが考えたことがあるだろう。
しかし、これまで成功した個人投資家は他人の資金を運用することはしてこなかった。もちろん、これまではその機会がなかったというのもあるが、彼らには他人の資金を運用しようという立場になろうというモチベーションは感じられなかった。常に結果を求められ、失敗すれば批判される可能性もあるのだから当然だ。
五月さんは他人の資金を運用するというリスクやプレッシャーをどう受け止めているのだろう。
「もちろん、これまで僕はとにかく自由に、自分が考えたアイデアを相場で表現したいと思うタイプだったので『縛られたくない』というのはあったんですね。でも、一定の制約があるなかで、そこで自分の能力を発揮していくという新しいトライは、それはそれで別の面白さというか、試されている感覚があって、いい緊張感の中で仕事ができているという実感があります。実際に僕自身も仕事をするまでは『人のお金で運用するとなると自分が痛みを直接被らないので、どこか運用に甘えみたいなものが出てしまうのではないか』と外から見ているときは思っていたので、逆に自分はそうならないように、ちゃんと責任を実感して、やれるだけ仕事はきちんとやりたいと思っています」
今回の「すごい成績を上げた個人投資家が投資信託の運用チームに加入する」という、前代未聞のチャレンジが成功すれば、五月さんに続く個人投資家が出てくる可能性もある。
「もし、やりたいっていう個人投資家がいればいいと思いますけど、ただ、それを受け入れることのできる場所がほかにいくつもあるかというと、現状ではそうではないと思います。
しかも、機関投資家の場合、発注する人は発注する仕事、アナリストは銘柄を見つける仕事というふうに、役割分担がきっちりしたプロフェッショナルな世界である一方、個人投資家の場合はそれらをすべて一人でやっていることが武器になりうる。なぜなら、その中でも優秀な個人投資家はプロなら分担されている役割のすべてを、高いレベルで実践することによって、より広い視野を手に入れることができる可能性があるからだ。
「専業の個人投資家で勝っている人というのは、トレーダーでもあるし、アナリストでもあるし、ファンドマネジャーでもあるし、ストラテジストでもある。それを全部一人でやっていて、その中から生まれてくる総合力はバカにできないと思うんですよね。だから個人的には専業投資家でうまい人というのは、機関投資家になったとしても十分通用する可能性があるんじゃないかと思うんです。しかも、僕なんかより遥かにうまい人が専業投資家の中にはたくさんいますから。だからこそ、すごく『もったいない』と感じるんです。直接、運用に携わるんじゃなくても、どういう運用をしているのか、投資がいかに面白いのかっていうのを知らせるような活動を担ってもいいと思うし、いろんな貢献の仕方があると思うんですけどね」
投資の面白さ、ポテンシャルを多くの人に知ってもらいたい そして、さらに五月さんにはもう一つ、彼自身が『ビッグマネー!』というドラマを通して株式投資を始め、それゆえに味わえた多くの経験を人に伝えたいという思いもある。個人投資家時代からニコニコ動画で「クソ株ランキング」という動画を発表したり、同人誌で投資に関する作品を発表したりする個人的な「創作活動」でもやってきたことだ。
「投資に出会うか出会わないかっていうところは運の要素が非常に大きい。僕は23歳のときに、たまたまドラマを見て『面白そうだな』と思って株を始めたわけですけど、もし、投資をしていなかったら、確実に今とはまったく違う人生になっていた。そう考えたときに、もし株と出会っていれば人生が変わったかもしれないのに、株と出会うタイミングがなかった人というのがものすごくたくさんいると思うんです。
五月さんが得た知識や経験、そして今後はその成績までを多くの人と共有することで、株式投資に少しでも興味を持つ人を増やしたいという思いは、数多くのセミナーを開催したり、本を執筆したりする藤野さんの活動方針と合致する部分があるのだろう。
「偉そうに『啓蒙』だとか『教育』だとか言うつもりはないんです。ただ、いろんな人にマーケットの面白さとか、そこから引き出せるポテンシャルを知ってほしい。それを知った上で『自分はリスクを取りたくないからやらない』と判断するのはいいと思うんですけど、毛嫌いしていたり、知らないままでいたりするのと、知っていてやらないっていうのは全然違うと思いますし、何十年という長い人生を考えたときに、株式投資を経験しているかどうかっていうのは、ものすごい差になってくると思うんですよ。そういうきっかけを増やしていければと思っています」二人のカリスマが「勝機」を感じたチャレンジが
日本の運用業界の常識を覆す!
今後、五月さんが運用チームに参加した「ひふみ投信」はどうなっていくのだろう。機関投資家としての目標は?
「基本的にはアナリストですから、今まで以上にパフォーマンスをよくして、お客様にリターンを享受していただくというのが大前提ですよね。チームとして運用していくので、自分一人で頑張っても限度がある。運用チームのメンバーそれぞれの得意なところを高めあって、チーム力を向上させていくというのが重要な課題だと思います。その上で、マーケティングに付随する活動などあれば、できるかぎりそれには積極的に関わっていきたいとは思いますけど、基本的には商品の質を高めるということ。いい運用をして、最適な広報活動などをやって、結果的に大きなファンドに成長させることができればいいなと思っています」
今回のチャレンジは、藤野さんにとっても、五月さんにとってもハイリスクであることは間違いない。
しかし、そのリスクを十分に理解したうえで、それでも日本の運用業界の常識を覆すチャレンジに「勝機がある!」と感じて踏み出した、二人のカリスマが作る今後の「ひふみ投信」伝説に期待したい。