今年3月下旬、KDDIの社員がある大株主に宛てた内部告発状をめぐり、社内に激震が走っている。
告発状などによれば、KDDIは、2012年11月から、スマホの修理などを行うA社に対して、スマホ関連製品を計10億円以上、発注してきた。中でも、スマホ用の外付けメモリに至っては、13年8月に10万個、総額6億円もの発注が行われていた。
告発者らは、この取引の不可解な点をいくつか指摘している。
まず、発注量について。一気に10万個も発注されているが、「普通、この手の製品は、売れ行きに合わせて、多くても月ごとに数千~1万個を発注するもの」(内部関係者)という。しかもA社は12年5月に設立されたばかり。取引実績の乏しい会社に、相見積もりを取ることもなく、10万個もの一括発注が行われていると、告発状は明らかにしている。
仕入れ値についても適正さを欠いている。告発者によれば、このメモリの仕入れ値は6000円というが、同製品を扱うある大手携帯電話販売代理店幹部は「われわれの仕入れ価格は5000円を切る。KDDIは若干高い」と言う。
もちろん、これが売れれば問題ないのだろうが、内部調査で示された資料では「販売数は5000個」であるという。
しかも、余った9万5000個のうち、6万5000個は、すでに除却(廃棄)された。本来、除却の社内手続きは、そう簡単ではなく、「5段階の承認が必要で、上司のはんこをもらうたびに怒られ『なんなら自分で買い取って売り歩け』くらいの嫌みを言われる」(前出の内部関係者)という。購買から約半年で、早々に廃棄が実行されているのも不自然に映る。
前出の販売代理店幹部は「この手の商売は在庫管理が命取りになるため、システムで回転率をきちんと管理している。こうした在庫コントロールはKDDIならよく分かっているはずなのだが……」と首をかしげる。
商品調達力のあるはずのKDDIが、設立から間もない、しかもメーカーでもないA社を通して、他社よりも高く商品を仕入れた結果、大量の在庫と廃棄処分によって単純計算で4億円近い損害が出ている状況だ。これが果たして単なる“見込み違い”で済まされるのか。社内のチェック機能は、なぜ働かなかったのか。
告発者は「日々1円、2円のコスト削減を必死に努力している社員は、本当にばかばかしく、やりきれない気持ちでいっぱい」と述べている。
すでに始まっている内部調査では、当然、こうした不透明な部分を明らかにしていくことになるのだろうが、問題はこの背景に「モメンタム(勢い)をつくろうとした田中孝司社長体制の弊害が出てきている」(社内事情に詳しい関係者)ことにある。
販売競争が激化し営業系の権力が膨らむ
そもそも、KDDIの掲げるモメンタムとは、携帯電話事業の経営指標を表す、「純増数」「携帯電話番号持ち運び制度(MNP)の推移」「自社のオプションサービス加入者数」などを伸ばすことにある。
だが、販売競争が激化する中、田中社長はこれにこだわるあまりに、販売現場で強引な勧誘や、多額のキャッシュバックの横行を助長してきた。
例えば、スマホの販売競争が生み出したひずみとして、13年10月に明らかになった滋賀県野洲市の例がある。各種の契約を押し付けられたという市民からの苦情に、見かねた同市がKDDIに対し、販売の改善要望書を送るという事態に発展し、社会問題になった。
販売強化を重ねると、営業系の権限が強まる。業績も上向いたものだから、周囲も何も言えなくなる。そうした構図ができている。
実は、告発状の中で疑惑の当事者として名指しされている人物がいる。営業系の幹部候補のB氏だ。
告発状によれば、B氏は社内では恐れられ「今回の件でも『触らぬ神にたたりなし』といった雰囲気が社内にはびこっている」という。
もともと、B氏を引き上げたのは、KDDI営業系幹部のC氏である。C氏が今回の件に関わっている節はないが、C氏は「小野寺正会長が社長時代に一度降格にしたものの、田中社長がその力を認めて昇格させた人物とあって、社長すらあまり口を出せない」(元KDDI幹部)。そして、C氏の権力基盤が背景にあるだけに、B氏に対して社員が恐れるのも無理はないのである。
さらに告発状では、B氏とA社の関係に言及するほか、B氏の部下や他部署を含めた組織的な関与の疑いも指摘している。
なお、本誌がA社の社長を直撃したところ、取引履歴について認めたものの「(不正についての事実は)全くない。心当たりがない」と否定した。
また、KDDI広報部は本件について「現在調査中ではあるが、現時点でそうした事実は確認できていない」と述べる。
実はKDDIでは、小野寺社長時代にも同じような営業系の不正案件が発覚した過去がある。そのときは、関係者らに厳正な処分が下った。
KDDIは昨年、田中社長を中心に新たな経営理念「KDDIフィロソフィ」をまとめたばかりだ。そこでは、社是として、KDDI創業者の稲盛和夫最高顧問による次の言葉を掲げている。
「動機善なりや、私心なかりしか」
自分だけではない他者の利益にもなるような、確固不抜な考え方を持つこと──。今のKDDIにその精神があるのか。真相の解明が待たれる。
(「週刊ダイヤモンド」編集部・小島健志、深澤 献)