「アフリカからもっとも近い、“黒人のいない”リゾート」モーリシャス [橘玲の世界投資見聞録]

フランス東インド会社によって開発が始まった

 17世紀半ばにオランダが植民を開始した頃は、モーリシャスはほとんど無人に近い島だった。1715年にフランス領になってから、フランス東インド会社による奴隷の輸入と農業(プランテーション)開発が始まったが、1735年の調査でも人口は838人で、それに2612人の奴隷がいるだけだった(当時は奴隷は人間以下とされていたから、人口には加えられていない)。

 モーリシャスを所有していたフランス東インド会社は、オランダやイギリスに対抗してつくられた国営商社で、北米のミシシッピ川河口にニューオリンズを建設し、大規模開発を行なったことで知られている(この開発計画が破綻し、ルイ15世が発行した紙幣が紙くずになったことがフランス革命の遠因になった)。

 それとほぼ同時期に東インド会社は、「3年以内に開墾を始める」という条件でモーリシャスの土地の払い下げを行なった。植民者には20人の奴隷が与えられ、その代わり毎年の生産物の10分の1を東インド会社に支払うことになっていた。これに応募した一人がフランスのノーベル賞作家ル・クレジオの先祖で、その邸宅は「ユーレカハウス」として公開されている。

 奴隷は主にアフリカ大陸とインド大陸から連れてこられた。このうちアフリカ系の子孫はクレオール(植民地生まれ)と呼ばれる。首都ポートルイスにある世界遺産アープラヴァシ・ガートは、1835年の奴隷制廃止後に、人手不足を補うためクーリー貿易によって送られてきたインド移民の受け入れに使われた建物群だ。


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2015年5月10日の経済記事

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