■「テレスコピック機構」非採用の理由

N-BOXのステアリングには、満を持した6年ぶりのフルモデルチェンジでも採用が叶わなかったアイテムが2つある。現状で「軽自動車で断トツナンバー1」「日本一売れているクルマ」の商品力に影響を及ぼすものではないが、クルマ好きのなかには気になる人もいるだろう。


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まず、ステアリングホイールの前後位置調整が可能なテレスコピック機構だ。新型では採用を期待する声もあったが、フタを開けてみれば従来どおり上下調整のチルト機構のみとなっている。

現在、テレスコピックはチルトとともに、登録車(いわゆる普通車)のほとんどの車種に採用されている。しかし、コストの条件がもっとも厳しく、ドライビングポジションにこだわるニーズがそれほど多くない軽の場合は、いぜんチルトのみというのが業界標準になっている。

それなら、なぜN-BOXにテレスコピックが期待されたかといえば、2019年にフルモデルチェンジされたN-WGNが装備しているからだ(しかも全車標準)。このテレスコピックの採用はホンダ軽初で、当時の軽業界でも唯一。結果的に現在も軽の採用車はN-WGNだけである。

翌2020年には、N-ONEが現行の2代目にフルモデルチェンジされた。6速MTも選べる走りのRSをラインアップするものの、残念ながらテレスコピックの採用は叶わなかった。理由はコストをケチったのではなく、衝突安全性にあった。

開発陣によると、N-ONEにもステアリングホイールの前後位置に自由度を持たせるには、ボディパネルの形状を変更しないと必要な衝突安全性を確保できなかったのだ。N-ONEのフルモデルチェンジではプラットフォームが一新されたが、ボディパネルやガラスはすべて初代の形状が踏襲されている。


万一の衝突時、エアバッグを含めたステアリング系の部品も運転者に傷害を与える危険がある。ボディが最小サイズゆえ衝撃吸収ゾーンが少ない軽にとっては、なおさらだ。

そして、新型N-BOXの理由もN-ONEと同じ。N-BOXの場合、プラットフォームは基本的に先代を踏襲している。一方、ボディパネルはキャラクターラインの入れ方などが異なるものの、パネル全体の基本形状はこれも先代と変わっていない。それに伴う衝突安全性の理由によって、今回もテレスコピックが採用されなかったのだ。

■電動パワーステアリングも”ブラシレスモーター”ではなく

さて、もうひとつは電動パワーステアリング(EPS)のブラシレスモーターだ。軽の業界標準は、構造がシンプルで価格も比較的安価なブラシモーター。それを打ち破ったのは日産/三菱勢(基本的な設計・開発は日産)。2019年のデイズ/eKワゴン&eKクロスで軽で初めてEPSにコンパクトカー用のブラシレスモーターを採用した。

最大の狙いは先進運転支援システム(ADAS)の性能向上。軽初のプロパイロット(三菱名はマイパイロット)をウリとするため、高精度なステアリング制御に欠かせないブラシレスモーターの採用は必然だった。
また、パワーアシストがリニアですっきり上質な操舵感も、ブラシレスモーターEPSの大きな魅力だ。

ホンダの開発陣によると、新型N-BOXでもブラシレスモーターの採用が検討されていた。従来どおりブラシモーターとなった理由は、これも衝突安全性である。

ブラシレスはブラシ付きよりモーターのサイズが大きい。そのため、採用するにはプラットフォームやボディに相応の変更を加えないと、衝突安全性の確保が難しかったのだ。今回の見送りはコストとユーザーメリットを天秤にかけたうえでの判断だろう。

その代わり、舵角検出を従来のEPSシステムによる推定値からVSA(挙動安定化システム)の舵角センサーによるリニア値に変更した、舵角速度フィードバック制御を採用。実際の出来映えにも「ブラシモーターEPSを極める」(開発担当者)という目標がしっかり反映されている。

“守り”に徹した新型N-BOXに対して、テレスコピックステアリングやブラシレスモーターEPSを新たに採用する“攻め”の軽自動車は現れるのか!? 今後のライバル車の動向も楽しみなのだ。

〈文=戸田治宏〉
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